肌の色やドレッドヘアーといった、人種や民族に関わる要素を理由とした差別的な職務質問が行われている問題。
こうした職質をしないよう警察内部でも注意を呼びかける動きがあるものの、現場では徹底されていない実態が、ハフポスト日本版のアンケート結果から浮かび上がった。
元警察官僚の専門家は、「人種差別だと言われても仕方ない」と苦言を呈する。
過去には、職質の際に「外国人ふう」の見た目などから外国人と判断され、日本人が誤認逮捕される事案も起きている。
「経験則」の落とし穴
「私の経験則として別にドレッドヘアーが悪いわけではない、悪いわけではないですけど、ドレッドヘアー、おしゃれな方で結構薬物を持っている方が私の経験上今まで多かった、そういうことです」
2021年2月、バハマと日本のミックスルーツの男性に対し、警視庁の警察官が「ドレッドヘアー」を理由に職質したという趣旨の発言をする動画がSNS上で拡散した。
ドレッドヘアーは黒人の伝統的な髪型であることから、「人種差別だ」と批判する声も上がった。
海外にルーツのある人を対象にハフポスト日本版が実施した「人種差別的な職務質問に関するアンケート」で、329人が人権侵害だと思ったり、嫌だと感じたりした職質の体験を寄せた。国籍や「外国人ふう」の見た目を理由に犯罪の疑いをかけられた、との証言が相次いだ。
警察庁の元官僚で中央大教授の四方光氏(刑事政策学、社会安全政策論)は、上述の動画の件に触れ、「警察官は苦し紛れにドレッドヘアーが職務質問の理由だと言ったのでしょうが、髪型や肌の色を基準に質問を行っているのであれば極めて不適切」と断言する。
「警察官が人種差別しようと意図して言ったとは考えにくい」とみる反面、「発言からは人種差別だと言われても仕方ない」と指摘する。
当時警察官は男性に対し、ドレッドヘアーで薬物を持つ人が自身の「経験上多かった」と話していた。
四方氏は、「これまで自らが取り扱った事案の延長線上で単純に考えてしまうことに問題がある」と主張する。どういうことか。
「特定の地域で外国人に関連する事件が目立つことや、国籍ごとに犯罪の傾向が異なることはあり、その情報は警察組織の内部でも共有されます。ただ、そうした傾向を同じ国の出身者や、海外にルーツのある全ての人に適用してしまうのはまさしく偏見であり、差別になります。国籍や人種を根拠に『過剰な職質をして良い』理由にはなりません」
職務質問の根拠となる「警察官職務執行法」は、「警察官は異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断」し、犯罪を犯しているまたは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由がある場合に、相手を停止させて質問をすることができる、と定めている。
挙動や周囲の事情と関係なく、肌の色や人種のルーツを理由に職質することは法律上の要件を満たしていない。
教育の不徹底
ハフポストのアンケートでは、職質で「在留カードの提示を求められた」という声も相次いだ。
在留カードを確認するのは、主に出入国管理法違反に当たる不法残留などの摘発を念頭に置いているとみられる。
実際に、不法残留者は増えているのか?
法務省の『犯罪白書』(2021年)によると、不法残留者数は1993年に過去最多の29万8646人を記録した。その後減少傾向が続き、2021年には8万2868人で、ピーク時の3割以下となっている。
「不法滞在は1990年代ごろには大きな問題でしたが、現在はかなり改善されています。職務質問は、必要性とそれによって社会にもたらされる不利益のバランスを考えて行うべきです。単に外国人に見えるからといって、犯罪の疑いをかけるのは不適切です」(四方氏)
差別的な職務質問が起きる背景について、四方氏は警察組織内の「教育の不徹底」が要因の一つとみる。
「職務質問のやり方は警察学校で学びますが、あらゆる場面を全て想定して訓練しているわけではありません。外国人の人権に関する教育も行われてはいますが、どのような発言をしたら人種差別だと相手が感じるか理解できず、差別に当たりかねない言葉をかける警察官が一定数いるのが現状です。繰り返し人権教育をしていく以外にありません」
一方、警察内部で、外見で対象者を決める職質をしないよう注意を呼びかける動きもある。
ハフポストが警視庁に開示請求をしたところ、「ドレッドヘアーの人は薬物を持っていることが多い」という警察官の発言が明るみになった翌月の2021年3月、警視庁が次のような通知を出していたことが分かった。
「職質対象者を、容姿(髪型等)や服装など外見だけで選別していませんか!不用意な言動はトラブルのもとです!」
「近年、人種や国籍、LGBT等に対する偏見や差別が世界的に問題となっています。安易に外見のみで職務質問を実施した場合、『差別を受けた』などの抗議を受ける場合があり、大きな社会問題に発展する可能性があります。」
「不審点はなんですか?合理的な理由はありますか?」
「容姿(髪型等)、服装だけでは、職務質問の合理的な理由とはなりません。」
<『職質指導班だより』警視庁地域指導課、令和3年3月12日付>
「国籍や容姿等の見た目を捉えて差別的な発言は、絶対にしない。」
<『職務質問実施要領』警視庁地域指導課、令和3年3月>
四方氏は「地域警察官による職質での検挙は、特に薬物犯罪などでは重要な位置を占めています。検挙活動は警察の本業です」と強調。
その上で、「警察活動は市民からの信頼がないと成り立たず、外国人のコミュニティと協力関係をもつ必要もあります。日本の警察は差別的だという認識が広まれば、防犯にしても捜査にしても協力を得られにくくなります」と警鐘を鳴らす。
「外国人と思い込んだ」誤認逮捕
過去には、外見や日本語のアクセントを理由に外国人だと判断され、日本人が誤認逮捕されるケースも起きている。
埼玉県の女性(当時28歳)が2006年2月、入管法違反(旅券不携帯)の疑いで県警に逮捕された後、日本人であることが判明して釈放された。
解放されたのは、職務質問から約24時間後だった。
毎日新聞と朝日新聞の当時の記事によると、川口市内を歩いていた女性に対し、パトロール中の警察官3人が職務質問をした。女性の外見が東南アジア系の外国人に見えたことから国籍を尋ねたところ、女性は「日本人です」と答えたきり何も話さなくなったため署に任意同行したという。
署でも女性が何も話さないことから外国人だと判断し、パスポートを所持していないことを確認して逮捕した。
その後、女性が家族の名前を紙に書くなどして身元が判明し、日本人であることが分かったという。
女性の母親は当時、「娘は人前では緊張して話ができなくなる」と県警側に話していた。
読売新聞の記事によると、警察官は「目が大きく、彫りが深かったため、外国人だと思い込んだ」という。
この女性と同じように、日本国籍を持つ人が外国人と判断され、誤って逮捕される事案は2014年にも起きている。
茨城県内で、当時20歳の男性が同年8月、入管法違反(旅券不携帯)容疑で誤認逮捕された。男性は約7時間後に釈放された。
読売新聞などによると、マンションの管理人から「付近に不審な外国人がいる」との通報があり、駆けつけた警察官が男性に職務質問した。
男性の外見や言葉遣いから外国人と判断し、旅券を持っていなかったことから現行犯逮捕した。その後、通訳を介して調べると、男性は父親が日本人、母親がフィリピン人で、両方の国籍を持っていることがわかったという。
2016年3月には、東京都板橋区に住む外国籍の10代の少年が、入管法違反(旅券不携帯)の疑いで誤って逮捕されている。
旅券を携帯する義務のない16歳未満であるにもかかわらず、外見が20代に見えたなどの理由で署に任意同行され、旅券を持っていないとして現行犯逮捕された。
このほか、2011年と14年にも外国籍の人が不法残留の疑いで誤認逮捕される事案が起きている。
■四方光(しかた・こう)氏■
1987年警察庁入庁。神奈川県警刑事部長、警察庁情報技術犯罪対策課長、警察大学校刑事教養部長、警察庁長官官房国際課長などを歴任。2018年に警察庁を退職、同年4月から現職。共著に『警察の進路:21世紀の警察を考える』(東京法令出版、2008年)、『社会安全政策論』(立花書房、2018年)、『サイバー対策犯罪』(成文堂、2021年)など多数。
<レイシャル・プロファイリング(Racial Profiling)とは?>
警察などの法執行機関が、人種や肌の色、民族、国籍、言語、宗教といった特定の属性であることを根拠に、個人を捜査の対象としたり、犯罪に関わったかどうかを判断したりすることを指す。アメリカ大使館は2021年12月、「レイシャル・プロファイリングが疑われる事案で、外国人が日本の警察から職務質問を受けたという報告がありました」などとして警告を出した。
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ハフポスト日本版は、「日本のレイシャル・プロファイリング」についてシリーズで報道を続けます。情報をメール(machi.kunizaki@huffpost.jp)でお寄せください。
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)