私たちの生活に身近なものの“値上げラッシュ”が続いている。
2021年から続く原材料の価格高騰と、原油価格の高騰による物流費や包装資材の価格上昇などが主な原因だが、ロシアのウクライナ侵攻の影響で、原油価格や小麦などのさらなる値上がりが懸念されている。
賃金がなかなか上がらない中、私たちはどうすればいいのか。第一生命経済研究所の首席エコノミスト・熊野英生さんに、その対策と心構えを聞いた。
【熊野さんに聞いた、日本経済の展望についての記事はこちら】
個人も企業も「投資」を意識しよう
ーー値上げが続く一方、賃上げがなかなか進まない状況で、ロシアのウクライナ侵攻の影響も見通せません。私たちはどのようなマインドで、どう対応していけばいいのでしょうか?
「個人」と「企業」で違いますね。
個人としては、自分の賃金が増えないのであれば、インフレに強い企業の株を買ったり、物価と金利が上がりやすい海外の国の外債を買ったりするなど、資産運用をすることも一つの手です。
国内企業については、新しい商品や新しいサービスを開拓するなど、新しい取り組みに挑戦することによって利益率を確保していく。これも一つの生き残る手段だと思います。
ーー個人については、資産運用の他にできることはありますか?
「副業」ではなくとも、仕事で身につけたそれぞれの技能を使って、新しい仕事をしてみるのはいいと思います。「ダブルワーク」のようなイメージです。
これは、自分に対する「先行投資」なんです。
企業による賃上げはとても重要ですが、個人は個人で、人的なネットワークを広げるべきだと思います。趣味の世界でも、仕事の世界でも、まさに多様化の世界で、付き合うネットワークを複数持つことで、自分のチャンスにつながるのではないかと思います。
資産運用についても、マーケットの動向などを自分で研究していかないとうまく行きません。そうした研究や経験を糧にしながら、教養を高めることも「自己投資」だと思います。
自分の「無形資産」を増やして荒波に対抗しよう
ーーウクライナ危機の影響も見通せず、さまざまなものの値上げが続くと、悲観的な気持ちになってしまいますが、そんな時だからこそ企業も個人も「投資」を意識していくべきだということでしょうか?
経済というのは、裏と表があります。「値上げ」というと、個人にとってはマイナスなんですが、値上げをして利益を得る企業もあるわけです。だからそうした利益を株式投資による配当という形で受け取るという考え方もできますよね。
国は必要な対策をすべきですが、個人も企業も、世の中がどう変化したとしても強く生きていけるような耐久性をつけることも一つの手だと思います。
企業の場合は、設備投資をすると資産のストックが増えます。個人の場合は、住宅を持つというようなモノへの投資もあるのですが、自分の能力を高めるための投資もあります。教育に時間とお金をかけることで、知識や知見が蓄積しますよね。これを「無形資産」といいますが、自分の無形資産を増やすことが、世間の荒波に対抗していく手段になると思います。
企業は従業員への教育にお金を回すべき
ーーその一方で、政府には賃上げなど有効な対策をとってほしいと思うのですが、今後どのような政策が求められますか?
まずは、春闘における賃上げ率を高くしてほしいですね。その上で、もう少し視野を広げると、「企業にお金を使ってください」と促すことです。
例えば、一般的に円安になると企業は収益が増えますが、円安で増えた収益を企業は賃金には還元しないんです。なぜなら、円安になって収益は増えたんだけど、また円高になったら収益が消えるかもしれない。そういう不安定なものを財源にしながら、賃上げはできないという理屈です。
でも10年、20年と、円高を怖がって賃上げをしてこなかった企業は、だんだん「金余り」になってきています。
政府はどうやって企業の「金余り」の部分を、投資や研究開発といった、人的な投資に回せるかに力を入れていただきたい。
従業員に対して、学校に行ってもらうとか、出向して経験を積んでもらうとか、そうした訓練投資、人的投資に回して、従業員の能力を上げるためにお金を使うべきです。
日本は、OECD諸国の中でも企業がOJT以外の人的投資をしない国になってしまっています。企業内教育の後進国である日本の汚名をそそぐことが課題になるのではないでしょうか。
日本は、主要国の中でも企業に対する忠誠心が低い国なんです。会社が人を育てれば、育てられた人は会社に恩を感じますよね。人的投資を進めると利益率が高くなり、給料も上がる。そうしたウィンウィンの関係を築いていかないといけません。
つまり、従業員の賃金を削減し、“財務リストラ”で利益を上げていこうという発想に凝り固まった企業のマインドを変えていかないといけないのです。
口ばっかりで人を大切にするという企業はたくさんありますが、きちんと人的投資に力を入れている企業を評価し、世の中にPRすることも政府にできることだと思います。