社会課題解決のため、政策を「起業」する時代が到来しています。官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響を与える個人のことを「政策起業家」と呼びます。
しかし、日本の「政策起業家」の層はまだ厚いとは言えず、ノウハウも可視化・蓄積されていません。そのような課題に取り組むため、独立系シンクタンクである一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブは、政策起業に関するノウハウの可視化・蓄積を目指し、「政策起業の当事者によるケーススタディ」を行う新しい試み「PEPゼミ」を開始しました。
第9回のテーマは、企業が取り組む政策起業の例についてです。一見、脱炭素に関係がなさそうに見えるIT企業のヤフーですが、実は脱炭素社会の実現に向けて様々なアプローチをとっています。
民間企業が社会課題の解決に取り組む上で鍵となるのは、行政やアカデミアなどと連携しながら政策起業力を発揮していくこと。例えば、「企業版ふるさと納税制度」は、社会課題に取り組む企業と外部の協力を得たい自治体を結びつける重要なツールになり得る潜在力があります。
今回のPEPゼミでは、ヤフーの脱炭素に向けた取り組みを、常務執行役員の宮澤弦さんなどに聞きました。
CO2排出元の大半は「データセンター」
世界的な喫緊の課題であるカーボン・ニュートラル。IT企業であるヤフーはこの課題解決に向け、どう取り組んでいるのでしょうか?
全国地球温暖化防止活動推進センターによると、2018年に地球の大気に排出されているCO2約335億トンのうち、日本の排出量は10.8億トン。そのうち、ヤフーの所属するZホールディングスは約11万トンを排出しており、日本のCO2排出量の1万分の1程度を占めています。
ZホールディングスのCO2排出元の95%は、データセンター。サーバーを安定的に、かつ大量に動かすためにCO2が排出されています。
ヤフー社は、自社の使用する電力の100%を再生可能エネルギー由来にして、2023年度にカーボン・ニュートラルを達成することを目標に掲げています。
具体的には、まずデータセンターに対して環境配慮型であることを認定する証明書を発行し、環境配慮型への転換を促しました。米国の水力発電由来の電力を使用するデータセンターでは、既に24時間365日、再生可能エネルギーでの稼働を実現しています。2021年には環境問題解決に使用するための社債(グリーンボンド)を発行するなど、投資家にも環境重視の姿勢をアピールしています。
さらに、ヤフーは約1億人のユーザーを抱えていることから、脱炭素の大きな推進力となるのが「消費行動」です。
何かを買うときに、輸送の負担が少ない製品を消費者が好んで買うようになれば、脱炭素社会に向けての取り組みが大きく進みます。例えば、CO2排出量に配慮した輸送を行う商品購入時のポイント還元、eコマースで発生する段ボール量の削減など、ユーザーの活動を通じたCO2削減にもヤフーは今後取り組んでいきたいとしています。
自治体を巻き込む方法とは?
自社のCO2排出量の削減や、サービスを通じた脱炭素化以外の方法で企業が社会の脱炭素をリードするためのツールとして、宮澤さんは「企業版ふるさと納税」の活用を挙げます。
企業版ふるさと納税とは、自治体などが行う地方創生の取り組みを支援するために企業が寄付した際、法人関係税を税額控除する制度です。ヤフーではこの仕組みを活用し、脱炭素に向けた自治体の取り組みの支援を始めました(詳細はこちら)。
例えば、かつて炭鉱で栄えた北海道三笠市は、現在も石炭採掘のために掘られた空洞が地下に数多く残されています。同市は室蘭工業大学と連携して、その空洞に大気中のCO2を流して固定化するための技術開発を進めています。成功すれば、炭鉱で栄えた他地域にも横展開することができるので、大きなインパクトを生みます。また、ヒノキで有名な三重県尾鷲市は、CO2の吸収量を底上げする森林再生の取り組みを支援しています。
いずれも、自治体が実績不足で予算を確保しづらい取り組みを、ふるさと納税制度を通じた資金援助で展開しやすくするのが狙いです。2021年度に寄付を実施したのは10自治体、納税額は合計約2.7億円。ヤフーは初年度の成果を検証して、より多くの自治体への支援を拡大していくことを計画しています。
企業版ふるさと納税を活用する際の成功の鍵について、宮澤さんは「制度を有効活用するには、ただ寄付するのではなく、社会をより良くするために一緒にプロジェクトを進める意識を持つのが重要です」と語ります。
主体である自治体も単独でのリソースには限界があるので、知見やプロジェクトの推進に長けている人を求めているケースもあります。そこに対し、ヤフーはプロ人材の紹介を行うなど達成を目指し協力します。
「自治体が住民を巻き込んでサステナブルな取り組みをすることで、そこから草の根的に日本全体が良い形に深化することを目標としています」(宮澤さん)
企業連携による規制の変革を
「脱炭素問題を話すときに、『電力会社などのCO2を排出している会社が対応すればいい』と指摘されることがあります。ですが電力会社がやらなくても効果が大きい施策はたくさんあり、『自分ごととしてCO2を削減する』というユーザー行動の変革が今後重要になってくるとみています」
先端技術の面から脱炭素をリードしている田中謙司・東京大学大学院准教授も、消費者を巻き込んだ行動変容の重要性を強調します。
「かつては電力会社が電力を作り、それを全体に分配する形でした。21世紀の今は末端で風力・太陽光発電ができるようになり、この人たちがプロシューマー(生産も行う消費者)として作りながら消費し参加してくれています。こうした分散したリソースを協調させつつ人を巻き込んでいくことが大事になります」(田中准教授)
今まで集中インフラ型のバックアップで安定供給を実現してきた構造が、AI技術などの発達で、分散型の実現を目指せる段階にきています。アカデミアの立場から企業や地域と連携し実証実験を行う田中准教授は、実装に向けて企業連携による規制の変革にも期待を寄せています。
「電力システムのプロジェクトをやるには、電力会社だけではなく幅広い業種の企業の協力も必要です」
地域住民が主役の脱炭素
再生可能エネルギーの普及を進めてきた「自然電力」の磯野謙代表は、再生可能エネルギーの導入も自治体と連携することが重要と話します。
「再生可能エネルギーの導入では、メガソーラーや風力発電の風車が地域の景観と合わないといった理由で近隣の人たちの支持を得られないケースがしばしば起きます。導入にあたって地域の方との関わり合いや相互理解の取り組み、地域で主体化する流れが少ないままだと、再生可能エネルギーの導入は技術的・経済的には可能でも社会的に不可能となってしまいます」
磯野代表は、再生可能エネルギーを今後マジョリティにしていくには、「各地域が主体となって再生可能エネルギー事業を行う」ことが唯一の解決策であると指摘します。「脱炭素を自治体で行うということは、『美しい街をつくるためには、自分たちの電気を自分たちでつくり、それは脱炭素であるべき』という意思表示でもあります」
地球規模での気候変動が私たちの生活に甚大な影響を与えるなか、脱炭素社会に向けた取り組みは、民間や消費者の取り組みが重要となってきます。
そのためには、ふるさと納税などの制度の活用、自治体との地道な連携、消費者を巻き込んだ行動変容といった様々な手段を通じて実現していくしかありません。
一つの企業や自治体だけではなし得ないような連携を実現していくのが政策起業力。企業の主体的な目的意識とコミットメントは、効果的な結果を生み出すきっかけとなりそうです。