細田守監督の映画『竜とそばかすの姫』では主人公・ベルの衣装デザインを担当、現在開幕中のドバイ国際博覧会では日本館のユニフォームを手がける「ANREALAGE(以下、アンリアレイジ)」のデザイナー、森永邦彦さん。ドバイ万博のユニフォームは、万博史上初となる男女同型のジェンダーレスなデザインが注目を集めている。
また、コロナ禍で苦境が続くファッション業界にありながら、大手アパレルメーカーのオンワード樫山とタッグを組み、新ブランド「ANEVER(以下、アンエバー)」をローンチするなど、話題が尽きない。
パリコレの常連で、日本を代表する次世代ファッションのクリエイターとして第一線を走り続ける森永さんには、コロナ以後におけるファッションの変化はどのように映っているのだろう。
さらに、ファッションとジェンダーの関係についても意見を聞いた。
緊急事態宣言が変えた服づくり
森永さんがデザイナーを務めるブランド「アンリアレイジ」の服づくりには、コロナ以降、大きく変わったことがある。
発端は、2020年4月、1度目の緊急事態宣言発令の時だった。
「ショップは営業自粛でクローズすることに。アトリエでの服づくりは、スタッフ同士が会わないスタイルを標準化しようと、思い切って“服づくりのすべてを3Dデジタルで行う”ことにチャレンジしました」
それまでの日常が日常ではなくなったことによって「新しい挑戦」がはじまったと、森永さんは当時を振り返る。
「通常はアトリエにモデルを呼んで対面でフィッティング(仮縫いの調整)を行い、トワルという仮縫いを数十回繰り返す工程を経てコレクションの服は作られますが、僕たちがトライしたのは、パターンメイキング(型紙に起こす作業)からフィッティングまで、すべての工程を3Dデジタルで行う方法でした」
アンリアレイジがコロナ禍で発表したコレクションは3シーズン。2021春夏の『HOME』、2021秋冬の『GROUND』、2022春夏の『DIMENSION』だ。
「3Dデジタルで服を作り、オンライン配信で発表する━━。3シーズンともコロナ禍の状況だからこそやれることをやったコレクションでした」
「服づくりのすべてを3Dデジタルで行う」挑戦を成功に導いたのは、「CLO」というソフトの存在だ。韓国で開発され、日本ではまだあまり実用化されていなかったこのソフトは森永さんにとっても想像以上の成果をもたらした。
映画『竜とそばかすの姫』の衣装デザインもこのソフトを使って行った。
「細田監督から映画のお話をいただいたのは、新型コロナ感染拡大が始まってすぐのころでした。主人公・ベルの衣装デザインを手がけさせてもらいましたが、僕が3Dソフトで制作した洋服のデジタルデータをアニメーションチームに送り、そのデータをもとにアニメーションCGに仕上げていただきました」
万博史上初のジェンダーレスなユニフォーム
2021年10月、ドバイで開幕した国際博覧会の日本館の公式ユニフォームでは、万博史上初となる革新的なユニフォームをデザインした。メンズ・レディースの区別がなく、さらにどんな体型の人にもフィットする、サイズも問わないユニフォームだ。
「ジャケットは球体の形からできていて、その球体に様々な体型の人が入り、体に合わせてボタンを留めて着ます。基本の形は1つです。ファッションにおいて、過度な選択肢の多さは環境にもブランドにも負荷が大きく深刻な問題です。そうした無駄がなくなれば、生産ももっとスムーズになります」
球体からできているといえば、「ボールシャツ」というアイテムがアンリアレイジにはすでに存在している。やはりユニセックス仕様のシャツだ。
「性別や年齢、肌の色、体型の違い、社会的な属性によって、人と人が隔てられてしまう垣根のようなもの、それを飛び超えられるのがもしかしたらファッションなのではないか。そんな問題意識がアンリアレイジの服づくりの中にあります。
万博のユニフォームのデザインでは、あらゆる垣根を超えてつなげていくことを意識して、和服と洋服の中間にあるような服を想定しました。
ボトムスも袴(はかま)のようになっていて、スカートのようにもパンツのようにも着られます。生地の白い部分は特殊な素材でプリントしていて、光を当てると、視点によって色が変わって見えます」
コロナ禍で自然と共生した物づくりの尊さを実感
アンリアレイジといえば、テクノロジーでファッションを追求する一方、その対極にある自然と向き合うことによって物づくりを実践してきた。
また、サカナクションの山口一郎さんや建築家の隈研吾さん、アニメーション監督の細田守さんなど、様々なジャンルのアーティストや作り手たちと、あるいは国内外の企業とタッグを組むことによっても多様なプロジェクトを実現させてきた。
今年春には、オンワード樫山とパートナーシップを組み「アンエバー」がスタート。モデルに平手友梨奈さんやTravis Japanを迎えたこの新ブランドは「花が最も美しく咲く瞬間を永遠に閉じ込めた」アクセサリーやバッグを展開する。
コロナ禍でファッション業界の苦境が続くなか、新ブランドをはじめたのにはどのような理由があったのか。また、その狙いとは。
「プロジェクトはコロナ以前から立ち上がっていて、量産の中でも、それぞれに違う一点ものを届ける量産のあり方を模索してきました。途中で新型コロナの感染が広がったのですが、ただそれによってファッションで何ができるかとか、洋服とは何かを、より深く考えることができました。
ひとつには、ファッションも花も、ちょっと着替えたり飾ったりするだけで、日常を少し変えてくれるものだということ。
そして、もうひとつには、これまでの仕事において『テクノロジーが自然を超えられない』と感じる瞬間があり、コロナ以降、より自然と向き合い共生して物づくりすることの尊さを深く感じるようになっていて、花とファッションを結びつけるブランドをやるのは今しかないと思いました」
ドライフラワーを樹脂に閉じ込めたアンエバーのバッグやアクセサリーは、アンリアレイジが過去のコレクションで発表した「折れた針や糸くずなどを樹脂に閉じ込めた」ボタンがインスピレーションの源だ。
手作業で樹脂に入れていくので、量産だけど、どれも「一点もの」。そこにはこんな想いが込められている。
「ファッションは寿命で考えると短いサイクルなので、20年間同じ服を着続けることはなかなかないですし、何百年も時を超えて服が残るのも難しいことです。
でもこの花のプロダクトなら、100年後でも人に届けられる。樹脂の中の花は、未来の人からしてみれば過去の情報。それを閉じ込めているということは、このコロナの一年余りの時間を閉じ込めていることにもつながるのかなと」
かつて思い描いていたのとは真逆の未来に
最初の緊急事態宣言からこの2年余りについて、森永さんはこう振り返る。
「結果としては、2003年のブランド立ち上げから続けてきた服づくりの世界が、3Dデジタルでの新たな挑戦によって、まったく違う感覚で開ける感じがありました。加速する一方だったスピードは緩められ、原点を見つめ直す機会にもなりました。
デジタルやテクノロジーは新たな感情や体験を生み出すきっかけになると思いますが、どんなにテクノロジーが発達しても、服を着た時の感覚というのは、やはりリアルでないと伝えられないと思っています。同じようにコレクションを間近で見た時の感動もまた、デジタルはリアルを超えられないと思っています。
オンラインやデジタルは、コロナによって急速に発展はしましたが、必ずこの反動でオフラインやフィジカル回帰の時代もまた来ると思っています」
プライベートでは初めてのお子さんが誕生したばかりの森永さん。訪れる未来について、インタビューの最後をこんな言葉で締めくくった。
「コロナ以後のいま、僕らがかつて思い描いていた未来とは、真逆になっていく気がしています。テクノロジーの未来とは真逆の、自然と人のコミュニケーションがある未来。
そこでもやはり服は必要とされ、どんなに未来になったとしてもファッションの物質的なアナログ性というのは残るのではないかと思っています」
森永邦彦(もりなが・くにひこ)
1980年、東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中にバンタンデザイン研究所に通い服づくりをはじめる。2003年「ANREALAGE(アンリアレイジ)」設立。2005年、東京タワーを会場に東京コレクションデビュー、2014年よりパリコレクションに参加。2019年、フランスの「LVMH PRIZE」のファイナリストに選出。2021年、ドバイ国際博覧会の日本館の公式ユニフォームを担当。