ハフポスト日本版では2021年8月〜11月、「差別に居合わせた『第三者』は何ができるのか?バイスタンダーとしての経験・意見を募集します【アンケート】」を実施しました。135人からの回答を頂き、ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。
アンケートのきっかけは、ある人が外国人差別を受けている場面に筆者が第三者として遭遇したことでした。何も行動を起こせなかった自分に情けなさを感じていたところ、「バイスタンダー」という言葉に出合いました。
「バイスタンダー」とは、ハラスメントや暴力などの被害を受け、被害者が嫌な思いをする状況に遭遇した第三者を示す言葉です。バイスタンダーが行動することで、状況の悪化を防いだり、被害者を適切なケアにいち早くつなげたりすることができると知りました。
他者が差別を受けるのを目の当たりにしたことがある人は、どんな気持ちを抱え、どんなふうに行動しているのか。二度と差別を見過ごさない「バイスタンダー」になるために何が必要なのかーー。そのヒントを知りたく、体験した人や専門家に取材しました。
ハフポストで実施したアンケートでは、バイスタンダーとして差別に遭遇した時、「何らかの行動を取りましたか」との質問に、「はい」と回答したのが135人中65人、「いいえ」と答えたのが135人中70人という結果になった。具体的な回答例には以下のようなものがあった。
【行動を取った人】
・インターン先の上司に友達がお尻を触られる、お酒を無理矢理飲まされる、恋愛に関することを過度に聞かれるなどのセクハラを受けていました。差別を受けた相手をかばい、必要な助け(病院、警察、第三者など)を呼びました(20代女性、学生)
・コンビニでレジ打ちしていた外国人技能実習生に対して中年女性客が、あからさまな嫌悪と態度を示した。差別を受けた相手をかばいました(50代男性、自営業・フリーランス)
・同僚が結婚、出産を理由に自主退職を迫られた。遭遇した後に、差別を受けた相手に寄り添った(60代女性、会社員)
【行動を取らなかった人・取れなかった人】
・小学3年生の時、アフリカにルーツを持つクラスメートがいじめに遭っていた。当時はその行為が差別だと知らなく、またいじめていた相手が友達だったので介入法が分からなかった(20代男性、学生)
・学生時代、痴漢を受けた女子クラスメートに対して別のクラスメートが「あんな格好しているから痴漢に遭うんだ」と発言し、笑いが起きた。介入することが怖かった。その行為を差別と認識できる知識がなかった(30代女性、自営業・フリーランス)
・新入社員として入社した外国人スタッフの日本語を、別のスタッフたちが馬鹿にしていた。酷いと思ったが、介入するのが怖かった。自分も新入社員で先輩に意見を言える立場でないと思った(30代女性、パート・アルバイト)
また、「行動を取れなかった人」の理由として、「介入することが怖かった」(25人)「対処法を知らなかった」(23人)が多く挙げられた。
「女子には無理」
大学4年生のりかさん(仮名)は、所属する武道系の部活で性差別の現場に居合わせた。部活では男子・女子部員が一緒に稽古をしているのにも関わらず、「性別により扱いに明らかな違いがある」という。
例えば、主将には男子部員しかなれないという伝統がある。女子部員は女子主将にはなれるが、主将と女子主将では主将に委ねられる権限の方が圧倒的に大きい。このほか、練習メニューに関する女子部員の意見は聞き入れられず、「女子には無理」と性別を理由に練習内容を勝手に変えられるという。
女子主将の先輩が、性差別的な扱いを指摘したことがあった。すると、男子部員から「女子はうるさい」「女子は気が強い」などの発言があり、りかさんはその男子部員に反論した。次にも似たような場面に遭遇したら「声をあげる」と語る。一方で、「バイスタンダーとして行動をすることで状況が悪化するかもしれない」という心配もあると明かす。
「こんな仕事しなくていいのに」
一般社団法人日本障がい者スイミング協会の代表を務める酒井泰葉さんは、これまで複数回にわたりバイスタンダーとして差別の現場に居合わせている。
そのうちの一つは、酒井さんがアルバイトのヘルパーとして働いていた大学生の頃に起きた。当時、担当していた車いすユーザーの利用者と外出していると、道で見知らぬ男性に声をかけられた。
「あなた若いんだから、こんな仕事しなくて良いのに。車椅子の仕事して大変じゃない?」
学生だった酒井さんは一瞬ドキリとして固まってしまったが、「いやいや、私がやりたくてしている仕事なので辛くないです」と返したという。男性は「大変でしょ」「この人歩ければ良いのに」などの発言を繰り返してきたため、急いでその道を離れたという。
二つ目の体験は、現在働いているスイミング協会での出来事だ。発語が困難な生徒が、「あー」「うー」などと声を出してプール後の「楽しかった」という気持ちを表現しようとした。その様子を見た別の子供が、その生徒のことを「犬みたい」と言った。「犬みたい」と発言した子供は母親と一緒にいたが、子供の母親は何も言わなかった。その言葉を聞き、酒井さんも生徒の母親も固まってしまったという。
「言い方を間違えたら状況が悪化したり、怒りを買ってしまったりする可能性がある。差別的な発言をした相手にうまく伝えるのは難しいです」と酒井さんは打ち明けた。
行動できる第三者とは?
アンケート結果と同様に、インタビューに応じてくださったりかさんと酒井さんも「行動したくても状況の悪化が怖い」という思いを抱えていました。状況を悪化させることなく、被害者の支えになるにはどのような介入をしたら良いのでしょうか。
行動できる第三者としてのバイスタンダー育成を目指しワークショップを開催している、ジェンダー総合研究所共同代表の安藤真由美さん、濵田真里さんに聞きました。
ー行動できる第三者としての「バイスタンダー 」について教えてください。
濵田さん:バイスタンダーという単語は直訳すると「傍観者」という意味です。医療用語としてよく使われ、緊急の場面に居合わせた人のことを「バイスタンダー」と呼びます。私たちがワークショップで使っているのは、ハラスメント、性暴力、差別などが起きた時にその場に居合わせた第三者という意味でのバイスタンダー。誰かが被害を受けている時・受けそうな時に周りの人が介入することで事態を悪化させない・予防するといった効果があります。
ーワークショップでは、どのような活動を行っているのですか?
濵田さん:差別やハラスメントは突然起きます。そういう時に動けるようにするためには、練習することが必要です。ワークショップでは参加者の方々にロールプレイを行ってもらいます。被害者、加害者、バイスタンダーの3役を演じていただき、実際のシーンでどう動くかを体感してもらいます。このワークショップのメリットは、介入の練習ができることに加え、自分だけでは気づけなかったような介入方法を他の参加者から学べる点にもあります。
安藤さん:ワークショップでは介入方法を知識として理解した後に、3つの場面でのロールプレイをします。実際に経験することで、「どういう軸で動けば良いか・判断すれば良いか」というポイントを知ることができます。また、ロールプレイは「恥ずかしい」「緊張する」と心配される方もいらっしゃいますが、役割やセリフはすべて台本で決められているので、誰でも気軽に参加可能です。
-バイスタンダーとして行動する上で重要なことを教えてください。
濵田さん:バイスタンダーとして行動する上で練習と同じくらい重要なことは、「差別・ハラスメントを認識」できることです。差別やハラスメントは悪意があって起きることだと思われがちですが、多くの場合は無意識や認識の欠如によって生じています。だからこそ、差別やハラスメントに気付けるための知識を学ぶことが重要です。あとは「この場面だったら自分は何ができるか?」ということを事前にシミュレーションしておくことで、行動が起こしやすくなります。防災訓練や避難訓練と同様に、平常時の練習がいざという時に役立つはずです。
安藤さん:バイスタンダーとしての介入方法に正解はありません。そして、ひとりだけで介入する必要もありません。例えば、自分が直接立ち向かうのではなく、加害者が話を聞き入れそうな人から伝えてもらったり、他の人と連帯して行動したりすることもひとつの方法です。状況に応じて、効果がありそうな方法を選択できればと思っています。
-実際に被害者に寄り添う時、どのようなことに気を付けるべきでしょうか?
濵田さん:行動する時に、「相手のため」を最大目的化するのではなく、「自分が介入したいか・したくないか」で考えることが重要です。もちろん相手のためを思って行動することも重要ですが、それをメインにしてしまうと、相手から感謝されなかったり断られたりした時に、「せっかく自分が〇〇してあげたのに」となりがちです。まずは、目の前の出来事に対して自分が「見過ごしたくないか・見過ごしたいか」で判断することをおすすめしています。
また、「相手が助けを必要としているかわからない」とおっしゃる方がいますが、実際に介入が必要な場面が起きた時に、毎回「助けが必要ですか?」とその場で聞けるかはわかりません。突然目の前でハラスメントや差別が起きることが圧倒的に多いので、その時に行動するかを判断するためには、前述したようにハラスメントや差別に対する知識を持っていることが重要だと思います。
安藤さん:スマホの普及によって、自分が目撃したハラスメントや差別の場面を動画や写真で撮りやすくなっていますが、その際に注意すべきは、撮った情報をインターネットやSNSに勝手に掲載しないということです。なぜなら、それがどこまで拡散されるかわからないからです。まずは被害者に確認を取ってから、情報をどのように使うか判断しましょう。そして、実際にバイスタンダーとして行動する時は、ご自身の身の安全を確保した上で行ってください。ワークショップでは、実際の場面を想定しながらどうすれば安全に介入できるかも考えていきます。
濵田さん:これまでにワークショップに参加した人のうち92%の方が、今後目の前で何か起きた時に介入できそうだと回答されました。介入する時に、もし周りの人が一緒に声をあげてくれたら心強いですよね。「自分が行動したら、周りもきっと続いてくれる」と思って行動できるように、私たちはこのワークショップを通じて、バイスタンダーとして行動できる人を引き続き増やしていきたいです。
インタビューを終えて
アンケートを通じて、「行動できた人」「行動できなかった人」の双方のエピソードを知ることができました。「行動できた人」の事例では、「それは良くないよ」と加害者に声をかけたり、被害者のために証拠写真を撮ったりと具体的な介入方法を教えていただきました。差別に直面した時に立ち上がった人たちの経験談を知ることで、自分が次に同じような場面に遭遇した時に行動したいと勇気づけられました。
「行動できなかった人」の体験では、「この人と同じ現場・同じ立場で居合わせたらどうするか?」を考えました。「介入することが怖かった」「行動したくても状況の悪化が怖い」という回答も多く寄せられ、共感しました。
一方で、「差別やハラスメントは突然起きます。そういう時に動けるようにするためには、練習することが必要」との専門家の言葉を聞き、ロールプレイなどを通じて事前に現場を想定することで、介入へのハードルがぐっと下がるのではないかとも思いました。
「見過ごしたくない」と思った時にすぐに行動に移せるバイスタンダーになるために、私自身も差別やハラスメントをきちんと認識できるよう学び続け、様々な場面を想定しベストな介入方法を探していきたいと思います。
(執筆:原野百々恵@momoeharano、編集:國崎万智@machiruda0702)
【訂正】2021年12月4日午後3時30分
酒井泰葉さんのコメントの一部を訂正しました。