「若者の投票率が1%下がると、若者は約7万8000円損をする」ーー。
世代別の投票率の差と、若い世代の財政的負担と受けられる利益について分析し、導き出されたこんな試算がある。
2019年7月に実施された参院選の直前に算出されたものだが、どうして投票率が下がると損をするのか。なぜこうした試算を出そうと思ったのか。
試算をまとめた、高齢社会の経済分析を専門とする東北大学大学院経済学研究科の吉田浩教授に話を聞いた。
投票率と国債の発行額・若い世代向けの社会保障支出の関係を見てみると
吉田教授はまず、1975年〜2017年の国政選挙における50歳以上の世代の投票率と49歳以下の世代の投票率をまとめた。この投票率の差は年々大きくなる一方、同じ期間の国債の新規発行額は増加傾向にあることがわかる。
その上で、次の2つの要素について、統計を用いて試算した。
■政府の支出を賄うための資金調達を「税金」で行うか、将来世代の負担につながる「国債」で行うかについて、世代別の選挙の投票率が影響しているかどうか
■政府の「年金・高齢者医療・老人福祉などの高齢者向けの社会保障支出」と、「児童手当・児童福祉・育児休業・出産関係費など子育て若年世代向けの社会保障支出」に及ぼす投票率の影響
政府の借金である国債は、大災害など不測の事態に対応する際にも政府が発行する。ただ、財政再建への道筋をつけないまま発行を重ねれば、「財政危機」にも陥りかねず、将来世代への負担につながる。
この試算の結果、国債による負担と、社会保障による受益の2つの要素を総合し、「若年世代の投票率が1%下落すると、合計78,049.1円経済的な地位が損なわれる」とまとめた。吉田教授に、思いをたずねた。
「高齢者と若者の政策のバランスを考えることは、若者の将来を考えること」
ーーどうして、投票率と国債・社会保障支出の関係を調べようと思ったのでしょうか?
まず、次のような仮説を立てました。
政府は与党となって政権を維持するために、国会で多数を占める必要があります。そのためには、選挙で多くの票を入れてもらう必要があります。有権者も、自分の望みを実現してくれる政党を選びます。
そこで、政府側は投票率の高い世代、高齢者に支持してもらえる政策を提示することが集票上効果的となり、有権者も自分にとって満足のいく政策を提示してもらえる政党に投票します。
投票率の高い高齢者向けの社会保障支出は年々増大し、歳入に関しても、目の前の増税よりも、投票率の低い若者の将来の負担となる国債の発行を増加していく政策が行われることになるのではないか、というものです。
この計算は投票率が政府の予算編成に影響を与えるというあくまで「仮説」に基づいてデータを集めて試算したものです。決して世代間の争いをあおるものではなく、1つの可能性として参考としてご理解いただけるとありがたいです。
ーーなぜこうした試算をしようと思ったのでしょうか?
ゼミの学生たちと「若者の投票率を上げるために何をしたらいいか」と考えたなかで、経済学部であれば、選挙に行く価値や棄権する価値を、金額で示すという経済的な視点で示したらわかりやすいのではないか、というところから始まりました。
ーー若い世代が投票に行く意義についてはどのように考えていますか?
現在の社会では、「経済的な格差」が問題となっています。日本では一定の経済成長と長寿化や社会保障の整備が進み、昔のような同じ年齢世代の中での貧富の差の問題より、高齢者と若者という世代間の格差が問題となってきました。
超高齢社会の進展に向けて、高齢者と若者の政策のバランスや持続可能性を考えることは、若者世代の将来の自分の姿を考えることにもつながります。
選挙に投票に行くということは、そのような広い意味と大きな価値を持っているということを認識して、1票を行使してもらいたいと思います。
ーー若い世代に向けてメッセージをいただきたいです
この試算は、「投票をすることの価値を数字で表してみたら…」というわかりやすさに焦点をあてた結果です。
しかし、『損をするから、得をするから』という狭い観点だけではなく、『日本や自分たちの現在と将来を自ら選ぶ』という大切さに注目して、政権選択をしてもらいたいと思います。