「親ガチャ」という言葉が話題になっています。
どんな親を持つかで人生が決まってしまうことを指し、生まれ育った家庭によって、いくら努力しても厳しい生活を強いられるままであることを「親ガチャに外れた…」などと憂う。
貧富の差が激しくなる中で、弱い立場にますます追いやられる人々の悲痛な叫びの一つとして、ネットスラング的に使われ、広く知られるようになりました。
しかしこの「親ガチャ」への嘆きに、ネットでは「親のせいにしないで努力をしろ」「生活が苦しいのは自分の責任だろ」といった声が浴びせられます。
保護者の収入が多く学歴が高い家庭ほど、子どもの成績が良く、子どもを大学まで進学させたいという意向が強いことは、実際に文部科学省の調査や複数の研究結果からも明らかですが、それでも尚です。
親ガチャだけではありません。生活保護、ワーキングプア、失業…。恵まれない立場、不遇な環境などで社会的弱者になってしまった人々に対する冷たい自己責任論はやむことがないどころか、強まるばかり。
なぜこれほどまでに「あなたがしんどいのは、あなたのせい」という考え方が社会に巣食っているのでしょうか。
ハーバード大のマイケル・サンデル教授と考えます
この問いを考えるのにヒントになる一冊の本があります。
日本で100万部を突破した著書『これからの「正義」の話をしよう』や、『ハーバード白熱教室』(NHK教育テレビ・現Eテレ)で知られるマイケル・サンデル教授の最新刊『実力も運のうち 能力主義は正義か?』です。
ハフポスト日本版では、10月13日(水)夜8時からマイケル・サンデル教授へのインタビュー番組を配信することになりました。
聞き手として対談に参加するのは、最新刊『本心』が話題の小説家・平野啓一郎さんです。
《番組概要》
■配信日時:2021年10月13日(水)夜8時〜8時50分(予定)
■配信URL :
(視聴は無料です)
サンデル教授の著書『実力も運のうち』が扱うのは、血筋や家系で人生が決まるのではなく、個人の努力と結果がものをいう実力本位の「能力主義=メリトクラシー」。
現代の民主主義国家において、ある程度当たり前に定着している考え方で、誰しも努力次第で未来を切り拓くことができるというのは、一見フェアで平等な仕組みのように思えます。
しかし、果たして本当にそうでしょうか。
能力を発揮しようにも家庭の経済状況によってスタートラインにすら立てない人、努力すれば報われると思える環境にいない人が実際にはいます。何をもって「平等」なのか。
格差と分断が加速する現代社会における能力主義の功罪を緻密に分析し、未来への提言をした一冊です。
コロナ禍で迎える総選挙が迫っている今だからこそ、冷たい自己責任論を克服し、よりよい社会を構築するために何が必要か、考えてみませんか。
【番組予習編】
「努力はきっと報われる」の罠
「5人を命を助けるために1人を殺すのは正しいの?」
「お金持ちに高い税金を課して、貧しい人に再配分するのは公正なことなの?」
「前の世代の犯した過ちを、現世代が償う義務はあるの?」
こうした明瞭かつ哲学的な問いを通じて「正義=justice」について考えさせる対話型の講義スタイルで知られるハーバード大学のマイケル・サンデル教授。
対談を見る前に、サンデル教授が指摘する、能力主義のほころびを少しだけ予習しておきたいと思います。
私たちはこれまでの人生で、
「継続は力なり」「努力はきっと報われる」……
などといった、一生懸命がんばる人を鼓舞する慣用表現を、何度も当たり前のように耳にし、口にしてきました。
しかし、これらは時に誰かをひどく傷つけ、社会の分断を加速させる危うい側面がある。それがサンデル教授が著書で指摘しているポイントの一つです。
「がんばれば報われるんだ」と信じて努力した結果、成功を勝ち取った人々が「私が成功できたのは、私が努力したからだ」と感じるようになる。
これは反転させると、困難を抱える人たちへの「あなたが辛い状況にいるのは、努力が足りないからだ」という眼差しになりえるからです。
2019年4月。東京大学の入学式で上野千鶴子名誉教授が祝辞で、以下のように述べ、大きな話題になりました。
“あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。(略)がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください”
“あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください”
能力主義社会で勝ち上がってきた新入生たちに「驕り」を許さず、力を社会に還元してほしいと鼓舞するスピーチは、会場にいた人々だけではなく、より広く社会全体に対して向けられたものであったでしょう。
今回の対談番組を見る前に、読み返しておきたいスピーチです⇒https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.htm
少しでも愛せる自分がいたならば… 分人主義はヒントになるか?
サンデル教授の対談相手は、小説家の平野啓一郎さんです。
京都大学在学中に『日蝕』で芥川賞を受賞して以来、小説家として数々の作品を生み出してきたかたわら、「分人主義」という独自の考え方を提唱し、世に広めてきました。
「分人」とはひとりの人間の中にあるさまざまな顔のことを言います。職場での自分、恋人といる自分、家族といる自分、Twitterでの自分…。個人を複数の「分人」の集合体としてとらえれば、もっと自分を肯定できるのではないか。
もし学校や職場でうまくいっていなくても、自分が気に入っている分人が一つでもあるならば、そこに居場所を見出すことができる。人はもっと生きやすくなるんじゃないか。
平野さんはそう呼びかけます。
行き過ぎた能力主義社会で傷ついた人々に「分人主義」は救いとなるのでしょうか。
ぜひご視聴ください。
《番組概要(再掲)》
■配信日時:2021年10月13日(水)夜8時〜8時50分(予定)
■配信URL :
(視聴は無料です)
マイケル・サンデル教授 プロフィール
1953年生まれ。ハーバード大学教授。専門は政治哲学。ブランダイス大学を卒業後、オックスフォード大学にて博士号取得。2002年から2005年にかけて大統領生命倫理評議会委員。1980年代のリベラル=コミュニタリアン論争で脚光を浴びて以来、コミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的論者として知られる。類まれなる講義の名手としても著名で、中でもハーバード大学の学部科目“Justice(正義)”は延べ14,000人を超す履修者数を記録。あまりの人気ぶりに、同大は建学以来初めて講義を一般公開することを決定。日本ではNHK教育テレビ(現Eテレ)で『ハーバード白熱教室』(全12回)として放送されている。著書『これからの「正義」の話をしよう』は世界各国で大ベストセラーとなり、日本でも累計100万部を突破した。他の著作に『それをお金で買いますか』『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』、編著に『サンデル教授、中国哲学に出会う』(以上早川書房刊)がある。2018年10月、スペインの皇太子が主宰するアストゥリアス皇太子賞の社会科学部門を受賞した。
平野啓一郎さん プロフィール
小説家。1975年愛知県蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在した。
著書に、小説『葬送』、『決壊』、『ドーン』、『空白を満たしなさい』、『マチネの終わりに』、『ある男』、『本心』等、エッセイ・対談集に『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『「カッコいい」とは何か』等がある。