自動車メーカーの「ボルボ・カーズ」が全世界で24週の有給の育休制度(※)を導入。
さすが、スウェーデンの会社!この制度は職場のムードをどう変えるのだろう?マーティン・パーソン社長に直接聞きに行きました。
スウェーデン出身のパーソンさん。ご自身でも当然育休を取ったのでしょうね…と思っていたら、意外な答えにビックリ。
(聞き手は、男性の育休取得などを推進する「みらい子育て全国ネットワーク」代表の天野妙さん、執筆・編集:林慶、泉谷由梨子)
天野:「ファミリーボンド・プログラム」はスウェーデンの制度を踏まえた制度とのことです。スウェーデンの育児休業の現状について教えてください。
パーソン:「育児休業先進国」と呼ばれる理由の一つは、スウェーデンに共働きの世帯が多いことでしょう。女性の8割以上はフルタイムで働いています。もちろん、それは社会が育児を支援するシステムが整っているからで、育休に限らずチャイルドケア(保育)に関しても長い間、スウェーデンは力を注いでいるんです。
そもそも、スウェーデンでの育休推進の始まりは「女性が育児をして、再び仕事に戻る環境をつくる」という目的の経済政策でしたが、後に「女性だけが家で育児をする」という前提が問われはじめるようになりました。特にここ20年ほどは、男性も育児にもっと参加していくべきだという社会の流れが強まりました。
現在は育休取得を日数で比較すると約30%が男性、約70%が女性です。2005年頃には男性の割合はたったの11%でした。
天野:短期間で劇的に状況が改善していますね!この変化には何かキッカケがあったのでしょうか?
パーソン:「飴とムチ」と言うのでしょうか。制度的な取り組みとインセンティブの両方から進められてきました。
例えば、制度的な取り組みとしては、以前は両親のどちらかが育休期間を全て使い切ることができたのですが、現在はもう一方のパートナーに90日間の育休を分担させることを制度として義務付けたんです。そのように「取らなくては損」という状況を作ることで、男性も育児に参加する割合が増えました。
一方のインセンティブの部分では、男性が育児に参加することで得られる、男性自身や子どもへのメリットに関する知識を積極的に普及させました。育休取得後は、ビジネスにおいても生産性や協調性が向上することも研究などでわかってきているんですよ。
天野:日本の義務教育・高等教育では子育てについて詳しく教える機会は少ないですが、スウェーデンでは教育の場面でも何か取り組みがありますか?
パーソン:私が小学校に通っていた40年前の時点で、既に「Child Knowledge(子どもに関する知識)」という名前の授業がありました。内容は「どうしたら子どもが作られるか」という性教育から子育て、そして子どもの精神的・肉体的な成長まで様々です。
同調圧力や“気まずさ”を解決できるのは、リーダーたち。
天野:パーソン社長は日本だけでなくロシア、中国、スウェーデンでお仕事をされてきましたが、その経験を踏まえて、日本の育休取得に関してどのように感じていますか?
パーソン:「仕事に対するマインドセット」が鍵になっていると思います。日本はひたむきに仕事に取り組む人が多い一方、それが裏目に出て同調圧力になってしまう現状がありますよね。同調圧力は国や地域を問わずにあるものですが、日本では特にそれが強い感覚があります。
私自身、ボルボの日本法人の現地採用で、日本人と共に就職し働いていました。2001年と2004年に子どもが生まれましたが、周囲に育児休業を取っている男性は一人もおらず、休みを取りたいとはとても言い出すことができず、1日も取りませんでした。
天野:えっ育休取ってないんですか!?意外ですね。スウェーデン人のパーソンさんでも言い出すことができなかったのですね。
パーソン:そうなんです。当時は、同調圧力に屈してしまいました。
なので、まずは職場のリーダーが率先して育休を取得したり「育児は優先すべきことだ」「育児休業はちゃんと承諾されるよ」と積極的に推奨していく必要があると考えます。同調圧力や“気まずさ”に最も抜本的なアプローチができるのはリーダーたちなのです。
この「ファミリーボンド」も、ボルボのCEOであるホーカン・サムエルソンが大々的に打ち出したものです。彼自身は71歳なので育休を取る年齢ではありませんが、それでも「育休は大切だ」「育休の取得は当然の権利だ」と積極的に推奨しているのです。
なぜグローバル規模で「ファミリーボンド」を導入するのか。
天野:この制度を、日本を含むグローバル規模で導入した意義はなんでしょうか?
パーソン:ソーシャルレスポンシビリティ(社会的責任)が根底にあります。
日本に限らず、先ほどの同調圧力や、育休を取りづらい雰囲気がある国は世界中にあります。なので、例外なくグローバル全てに同じ制度を導入することで、企業として世界に育児休業の重要性を示す必要性があります。
例えば「育休について、日本の支社ではこうして、こっちの国ではこうしよう」と制度を細分化してしまうと、結局は「この国では男性の育休取得は難しい」という結果に落ち着いてしまう可能性が大いにあります。そういったことにならないためにも、トップから「これをやりますよ」とある種の圧力をかけることはとても大切なんです。
もちろん、ビジネスとしての側面もこの制度を打ち出した背景にはあります。このような制度をしっかりと設けていくことで、若く能力のある人々に「魅力的な会社だ」と思ってもらうことも大切な目的です。また、自動車産業は男女比率が男性に偏っている産業なので、この業界に興味のある女性にもメッセージが届いてくれたら嬉しいですね。
天野:本社のホームページで視聴できる動画では、冒頭に男性同士のカップルが出てきますよね。
パーソン:はい。この制度は、正社員として1年以上勤めている人であれば「誰でも取得できる」のもポイントです。
これは世界各国の工場で働いている社員にももちろん適用されますし、もちろんジェンダーも問いません。日本で同性カップルが育休を取得することも可能ですよ。
ボルボは多くの国で展開していますから、中にはLGBTQ理解がまだ十分に進んでいない国もあります。日本でもまだ同性婚は認められていませんよね。国や地域ではなく、ボルボが掲げる価値観を広めることの大切さを感じているからです。
「リーダーの多様性」が企業を強くする
天野:日本には、縦にキャリアを積んでいく風潮が根強く残っていて、リーダーとなる人の多くは40歳以上です。「リーダーが積極的に取得する」というアプローチを実現するには、育休取得を希望する人が多い若い世代がリーダーになれる環境も必要になるのではないでしょうか?
パーソン:もちろんです。ボルボが大切にしている「多様性」の中には性別や人種はもちろん、年齢の多様性も含まれています。ボルボでは若い人でもしっかりと出世できるキャリアパスのシステムを作っています。
これまでは「部下を何人抱えているか」という部下の「数」が出世や地位の基準でしたが、現在のボルボではプロジェクトベースの基準も設けています。率いているプロジェクトのメンバーが3人だとしても、そのプロジェクトが会社にとってものすごく重要なもので実際に業績も出していれば、それは5000人の部下を抱えている人と同等のランクとして位置づけられることもあります。
自動車業界でもEV化など時代の転換期に来ています。クリエイティビティが求められる今の時代において、異なる視点を持った多様な属性の人たちがリーダーとなって、チームを引っ張っていくことはとても心強いことです。
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マーティン・パーソンさん(ボルボ・カー・ジャパン代表取締役社長)
1971年3月24日、スウェーデン生まれ。1999年にボルボ・ジャパン入社。その後、ボルボ・カー・チャイナ・アフターセールス部門責任者、スウェーデン本社・グローバル・アフター・セールス部門責任者、ボルボ・カー・ロシア社長、などを経て2020年10月から現職。1996年〜7年、明治大学に交換留学した経験を持つ。
天野妙さん(女性活躍推進コンサルタント)
Respect each other(リスペクトイーチアザー)代表。働き方改革、女性活躍推進コンサルタント。女性活躍を推進する企業の組織コンサルティングなど、日本企業の働き方改革のトリガーとして活躍。市民ボランティア団体「みらい子育て全国ネットワーク」を設立し、子育てをしやすい社会の実現を目指して活動している。共著に「男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる」(PHP新書、2020年)。ハフポスト日本版でインタビュー企画「タエが行く!」連載中。