妊娠中絶の権利、日米どう違う? 9月28日は国際セーフ・アボーション・デー

9月28日は国際セーフ・アボーション・デー、「安全な中絶を選ぶ権利のために、行動を起こす日」です。アメリカでは政治利用される妊娠中絶の権利、日本ではどうか。ライアン・ゴールドスティン弁護士が解説します。
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テキサス州オースティンのテキサス州議会議事堂に集まる中絶権活動家ら=2021年9月11日
Jordan Vonderhaar via Getty Images

9月28日は国際セーフ・アボーション・デーである。耳慣れない言葉かもしれないが、「安全な中絶を選ぶ権利のために、行動を起こす日」だ。     

WHOによると、毎年、世界で妊娠した人の約半分(1億2100万人)が意図しないものだという。だからと言って、いかなる場合でも中絶手術を受けられるわけではなく、各国の法律によって期限などが定められていることから、手術を受けたくても受けられない人もいる。 

2010年から4年の間に全世界で行われた人工妊娠中絶のうち、3人に1人は安全性の低い、または、危険な状態で人工妊娠中絶が行われたという調査がある。

残念ながら、妊娠する可能性があり、妊娠中絶を求めるすべての個人が、自らの健康や権利について、決定を下すことができないのが現状である。  

 

テキサス州で「過激な法律」施行

こうした中、アメリカでは中絶の権利を巡って社会が大きく揺れている。

テキサス州では9月1日、妊娠6週目以降の中絶を禁止する州法が施行された。この法律は「ハートビート(心臓音)法」とも呼ばれ、中絶反対派が主張する「胎児の心臓音を検知することが可能な時期」妊娠6週目以降の中絶を禁じる。

しかし、この時期には多くの女性が妊娠の自覚がないという。法の施行によって、多くの女性が中絶を選択することができなくなることから、権利擁護団体などが連邦最高裁に差し止めを請求したが、最高裁はその日の夜にそれを棄却した。

バイデン大統領は州法を「過激な法律」であると表現し、「公然と」権利を侵害するもので、女性の医療へのアクセスを「著しく侵害している」と批判し、憲法に違反するとしてテキサス州を提訴した。また、ガーランド司法長官は、他州がテキサス州に倣って同様の法を施行した場合、提訴に踏み切る考えを示している。

バイデン大統領が憲法上の女性の権利を守ると約束したように、合衆国憲法では中絶の権利が認められている。

アメリカでは、1973年の連邦最高裁判所におけるロー対ウェイド判決確定以降、人工妊娠中絶は合法であり、この判決において女性の妊娠中絶権はプライバシー権に含まれ、憲法上の権利として保護されると判示されている。

一般的なアメリカ国民が認知している最高裁の判決は数少ないと思われるが、ロー対ウェイド判決は例外で、多くのアメリカ国民にとって大きな意味を持っている。にもかかわらず、判決から約50年、今日でもアメリカでは中絶を巡り、様々な問題が巻き起こっている。

 

政治利用される女性の権利

これには、アメリカ女性の妊娠中絶における権利を阻む様々な文化、宗教的な背景が一因としてある。そのスタンスによって政治が大きく左右されるのだ。

簡単に言えば、妊娠中絶の権利について共和党員の大半は反対派、民主党の大半は賛成派である。選挙のたびに中絶に関するスタンスを掲げ、支持者獲得にも利用している。

また、過去にも記事にした通り、アメリカの最高裁判事9人の内訳は保守6、リベラル3とかつてないほど保守に偏り、妊娠中絶の権利について否定的な状況にあり、国家のスタンスが変わるのではないかと懸念する声もある。 

さらに、憲法上の権利であるにもかかわらず、その実現を妨げようとする様々な州法が制定されている州もある。

前述のテキサス州のハートビート(州法)もその一例で、妊娠中絶の権利は認めつつ、妊娠6週目という多くの人が妊娠に気づかない時期に制限を設けるというやり口である。このような制限は、女性が中絶の権利を行使することを事実上妨げるため、中絶の権利そのものを意味のないものにしてしまう。

余談ではあるが、テキサス州知事はコロナ禍にあってマスク着用を義務化したものの、共和党から批判され、今年5月「マスク着用の是非は個人の権利である」と主張し、着用義務化を禁止する行政命令を出した。個人の権利である中絶を禁じる州がマスクの着用は「個人の権利」と声高に言う…何たる矛盾かと首をかしげたくなる。 

 

なぜ日本は妊娠中絶後進国と言われるのか

報道で知る限りではあるが、日本の人口妊娠中絶の方法の主流はWHOが「安全な中絶」として推奨しない掻爬(そうは)法のため、妊娠中絶後進国と言われているという。

しかし、この7月、厚生労働省はWHOの推奨する電動式吸引法と手動式吸引法を周知するよう通知し、諸外国で主流である妊娠中絶薬の承認に向けて治験が実施された。アメリカの政治利用とは違い、妊娠中絶における技術や治療の承認の遅れによって、女性の権利が十分に保たれてこなかったともいえるだろう。

このように確かに憲法で定められている個人の権利を、宗教、文化、政治利用、そして政府の対応といった様々な要因によって阻むことは許されるものではない。

私は法を扱う立場として、また一人の人間として性別や環境に限らず、人権は尊重されるべきであると強く思う。  

(文:ライアン・ゴールドスティン)