アディダスが「サステナビリティ」を成長戦略の柱にする理由とは。ライバルとコラボし、定番商品を再生素材に変えたグローバル企業が描く未来

「サステナビリティ(持続可能性)」をビジネスの中心戦略に据えるグローバル企業アディダス。アディダスが考えるスポーツブランドの未来とは何か。アディダスジャパンのトーマス・サイラー副社長に聞いた。

世界的スポーツブランドのアディダスは、「サステナビリティ(持続可能性)」をビジネスの中心戦略に据えている。機能性を追求した新たな再生素材の開発や、本来はライバルであるはずの他企業とのコラボにも熱心だ。アディダスが考えるスポーツブランドの未来とは何か。アディダスジャパンのトーマス・サイラー副社長(51)に聞いた。

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アディダスジャパン副社長のトーマス・サイラーさん
ハフポスト日本版

■トーマス・サイラー Thomas Sailer

1970年、ドイツ生まれ。1998年アディダス入社。ドイツ・ヘルツォーゲンアウラハの本社でサッカー部門などを担当する。2014年にマーケティング事業本部長として来日し、2015年に副社長に就任。2021年よりゼネラルマネージャーKey City Tokyoを兼務。

サステナビリティをCSRではなくマーケティングのコア戦略に

――アディダスは「2030年までにCO₂排出量を2017年比で30%削減、2050年までにカーボンニュートラル実現」という目標を掲げています。サステナビリティに取り組んだきっかけは何だったのですか。

原点は、私たちが何のために存在し、従業員は何をモチベーションに働くのかという、私たちのブランド目標にあります。

アディダスのブランド目標は「Through sport, we have the power to change lives.(スポーツを通じて、私たちには人々の人生を変える力がある)」ですそして「人生を変える」という意味には、人間だけでなく「地球の運命」という側面もあると考えます。

そこには当然サステナビリティが含まれ、ひと言で「サステナビリティ」といっても内容は多岐に渡ります。そこで、私たちはまず、その意味するところを絞り込むことにしたのです。

2015年、私たちはプラスチックごみをなくすことに着目し、海洋保全に取り組むことにしました。当時のCMO(Chief Marketing Officer)のエリック・リッキー(Eric Liedtke)氏の発案で海洋保全NGOの「Parley for the Oceans(パーレイ・フォー・ジ・オーシャンズ)とパートナーシップを結び、回収した海洋プラスチックごみから新素材を生み出し、商品化することにしました。

アディダスは1980年代からサステナビリティに取り組んでいましたが、消費者やメディアにほとんど知られることもなく、製造過程の裏側でひっそり行われてきました。ファッション雑誌に載ることも、人々の話題に上ることもありませんでした。

ところが、2015年にパーレイとの提携を国連で発表したところ、ニュースになり、消費者の関心が高まって、アディダスの取り組みを加速させることになったのです。

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アディダスCMO(当時)のエリック・リッキー氏(左)とParley for the Oceans創設者シリル・グッチ氏
Mike Pont via Getty Images

――多くの企業で「サステナビリティ」は、企業の社会的責任ととらえたCSR部門が所管していますが、アディダスはビジネスの中心戦略に据えました。なぜでしょうか。

アディダスジャパンでも以前から小さなCSRチームがあり、サステナビリティとは別の事案を扱っていました。2011年の東日本大震災の際には岩手県陸前高田市と協力し、パートナーとして様々な事業を手がけています。

一方、サステナビリティは2020年までの成長戦略と、最新の2025年までの成長戦略で柱に位置づけられました

これは、人々の人生をよりよいものにして、海洋プラスチックごみをなくすというアディダスの企業理念を実践するのはもちろん、原料の調達方法から商品の製造法、輸送法、販売法、顧客サービスのあり方、リサイクルに至るまで、バリューチェーン全体に影響を及ぼします。

つまり、私たちが何者かを定義することは、ブランドとしても、また市場で競争に勝つための強み(USP)としても重要と考え、それをバリューチェーン全体と戦略的提案に取り入れたのです

―― 消費者の意識の変化を受けてのことだったのですか。

パーレイと組んだ2015年当時、日本ではまだサステナビリティの意味や重要性への理解が広がっていませんでした。欧米でのアディダスほど声高に訴えてこなかった私たちの落ち度でもあります。

当時はコンビニで小さな商品一つ買っても店員がプラスチックの買い物袋に入れてくれました。本当は必要がないのに。そうした行動が環境に影響を及ぼすかもしれないとは、人々は思いもよらなかったのです。日本は資源のリサイクルがうまくいっているから、リサイクルに出せば大丈夫と誤解している人もいたでしょう。

日本の人たちが、自分たちが地球環境の一部で、どんな些細な行動も関わりがあるんだという考えを持つまでやや時間がかかりましたが、日本らしいというか、ひとたびその考えが広まり人々が理解すると、他の国々よりもすばやく進んでいくと感じており、とてもうれしく思います。

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海洋保全啓発のグローバル・ランニングイベント「Run For The Oceans」
アディダス提供

――日本に暮らして7年以上になるそうですが、日本の環境意識の変化を目の当たりにしてきたのですね

その通りです。正直に言えば、もっと変わってほしいと願っています。

日本に暮らしていると、24時間をプラスチック製品なしに過ごすことはほとんど不可能ですよね。スーパーに売られているバナナだってプラスチックで包装されています。コーヒーをテイクアウトしようとすればプラスチック製のふたが付いてきます。でも、容器をプラスチックから紙に変える動きも出ていて、企業側も、ゆっくりとですが前向きな変化が起きていると思います。 

日本の人々は新しい事物にとても理解があると感じています。

証拠が二つあります。一つは、2021年5月にアディダス会員を対象にサステナブル素材のスニーカーの試作品をプレゼントする抽選会をしたら、(人気Kポップアイドルの)BLACKPINKのプレゼント抽選の時と同じくらいの人が応募してくれたことです。

もう一つは、毎年パーレイと共催しているサステナビリティ啓発のためのランニングイベント「Run for the Oceans(ラン・フォー・ジ・オーシャン)」で、日本は参加者数や走行距離数が全世界で必ず上位10か国に入っていることです。

日本の人々は、海と地球のためによいことをしたりイベントに参加したりすることに喜びを感じていることの表れだと思います。

 

取引先は「売れない」と猛反発。定番スニーカーを再生素材に変更

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サステナブルになった定番スニーカー「スタンスミス」
アディダス提供

――人気のあるスニーカーの定番モデル「スタンスミス」に、2021年からリサイクル素材を使用すると発表しました。反対の声はありませんでしたか。

会社としても勇気ある決断でした。素材の変更を日本の取引先に連絡した当初、直面したのは大いなる「疑念」でした。アディダスといえばスタンスミス。スタンスミスといえばアディダス。日本市場で一番人気のアディダスモデルなんだぞ、と。

大手取引先からは、「だめだめ。私たちの顧客が求めるのは従来のスタンスミスなんだから変えてもらっては困る」と言われました。社内に持ち帰って議論しましたが、やはり私たちが正しいという思いは変わりませんでした。

ただ取引先に当社の理念を押しつけるわけにもいかないので話し合いを重ねて、売れなかった場合の当社の対応を決めるなどして決着しました。その結果はどうだったでしょう。お客様は喜んで手に取り、非常によく売れたのです。

ディズニーともコラボしました。軽やかに楽しいトーンで「環境にやさしく『グリーン』に生きることは簡単じゃない。けれど実現できる。ほらスタンスミスだってサステナブルになったんだ」と打ち出したのです。

サステナブルになったスタンスミスの売上は落ちるどころか上がり、キャンペーンは大成功でした。

信念を曲げず、時間はかかるかもしれないけれど消費者はきっと評価してくれるという確信のもとに、変更に踏み切ったことを誇らしく思います。

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デザイナーのステラ・マッカートニー氏
Pascal Le Segretain via Getty Images

ーーステラ・マッカートニー や、環境にやさしいスニーカーメーカー「allbirds(オールバーズ)」など、本来はライバルともいえる企業とのコラボにも熱心です。コラボがアディダスにもたらすものは何ですか。

ステラ・マッカートニー氏は興味深いパートナーです。半年前のグローバルの社内会議にも登壇し、私たちにポジティブなプレッシャーをかけていきました。彼女はサステナビリティに本当に熱心で、素材だけでなく製造方法も持続可能であることや、製造過程で出るごみも減らすよう求めています。いつも「アディダス、あなたならもっとできるはず」と発破をかけてくれます。

他社とのコラボで得られるのは、多くが素材と製造にかかわるイノベーションです。私たちも知見の蓄積がありますが、すべてを知っているわけではありませんからね。

新たなイノベーションを追求すると、その分野に非常に特化し、提携に値するスタートアップに出会います。オールバーズと知見を交換し、商品を生み出した先に何が待っているか、わくわくします。コラボは、彼らや私たちの利益のためではなく、スポーツ用品の枠さえ飛び越えた業界全体のインスピレーションになるでしょう。

 

サステナビリティは消費者に選ばれる条件になる

ーーサステナビリティに関心を持つ消費者が増える一方で、「価格が高い」「かっこよくない」「機能性が低い」などの意見もあります。

消費者がそのように考えているとは私は思いません。アディダスの商品を手に取った消費者には、なおさらはっきりと伝わっているでしょう。私たちはサステナビリティを追求したいと思いますが、機能性を犠牲にするつもりはありません。

私たちは結局のところスポーツメーカーであり、デザイン企業です。

サステナブルな素材を使い、CO₂排出量を削減した工程で作られ、サステナブルな方法で売られることと、人々が楽しんで運動でき、見た目がかっこいいことは矛盾しません。

デザイン、機能性、パフォーマンス、サステナビリティはうまく連携する必要がありますし、実際の商品開発サイクルでは、デザイナーはサステナビリティ担当エンジニアと協力します。一つの要素がほかの要素の犠牲の上に成り立つわけではないのです。

さらに、私たちのサステナブル商品は、そうではない(自社や他社の)商品に比べて決して高くないし、むしろ数年のうちに、商品がサステナブルに作られることを消費者が当然のこととして要求する「ハイジーン・ファクター(衛生要因)」になるでしょう。

消費者を説得するには、何と言ってもスポーツにおける信頼性を高めるしかありません。スポーツとは勝つことであり、自己記録を更新することです。だから信頼性を高めるために、アディダスのウェアとシューズを身につけた選手が次回の東京マラソンやサッカーの国際試合で勝ってほしいと願っています。イノベーションと技術、そこにサステナビリティの価値が加わって、自分のパフォーマンスを向上させたい消費者の心を動かしたいと思っています。 

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アディダスは「End Plastic Waste」を掲げる
アディダス提供

市民とトップを動かすグローバル企業のミッション

――ファッションの未来をどう見ていますか。

あなたが身につけるファッションはあなた自身を表現するものであり、あなたの主張を表すものだと思います。そこに未来があると思います。

人々はもはや「ファストファッション」を求めていません。数カ月おきに新しいシャツを買わせるファストファッションは、大量の売れ残りを生みます。

より大きな中古品経済に備える必要があると思います。中古品の回収と再販には私たちも注目しています。例えばアウトドアブランドに素晴らしい先駆者がいます従来とは異なるビジネスモデルで収益を上げ、消費者により多くの選択肢を示すことは、ごく当然のことだと思います。

また、レンタル市場にも関心を持っています。特別な運用が必要ですから簡単ではないでしょうが、スキー業界ではすでに普及しています。日本の人は他者に気遣いをするし、ものをとても丁寧に扱いますから向いていると思います。

――あなたにとってサステナビリティとは?

私にとってサステナビリティとは、どのようにものを消費して、ごみを出すかということです。そして、これに頭を悩ませています。

飲み物を買ったりコンビニに行ったりすると、いつも必要のない、余計なプラスチックがついてきます。断ったのに、ついてくることもあります。ごみを増やしてしまうことがあまりに苦痛で、一時期、外で食べ物を注文するのをやめたくらいです。今ではコーヒーのテイクアウトは紙コップだけで十分で、プラスチック製のふたは断ります。オフィスに帰り着くまでに多少こぼれますが、しかたのないことと考えています。

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アディダスジャパンのトーマス・サイラー副社長
アディダス提供

――サステナビリティへの取り組みが遅れていた日本は、政府のトップダウンでようやく動き始めたところです。アディダスのようなグローバル企業がサステナビリティの問題解決やSDGsの達成に果たす役割とはなんですか。

最初のステップは、企業が戦略プランを公開することだと思います。公にすることで責任が生じます。私たちにとってサステナビリティとは年に1度のキャンペーンではありません。毎年5月に実践して、残りの11カ月は沈黙する、というものではありません。継続して365日、どう伝え、何をするか、なのです。それがメッセージを強く打ち出すことにつながると思います。

さらに、ほかの団体や行政とも協力します。

私たちは東京都渋谷区と緊密に連携していて、どうすれば渋谷区の人々の理解が進んでサステナビリティが加速させられるか話し合っています。

そして、トップが始めることもまた大切だと思います。日本では政府がサステナビリティを重視する姿勢を打ち出すことで、物事がすばやく進みます。ですから、サステナビリティがいかに喫緊の課題として浮上し、政府が推し進めるようになるかが鍵を握ります。

私たちの「ラン・フォー・ジ・オーシャン」も、1日限りのイベントではなく、政府を巻き込んだりしながら、サステナビリティと海洋保全への意識を高める「ムーブメント」として盛り上げていけたらと願っています。