人工知能(AI)の技術を使い、女性芸能人がアダルトビデオに出演しているかのように見せかける「ディープフェイクポルノ」動画の被害が深刻化している。9月2日、ディープフェイクポルノ動画の作成者が女性芸能人への名誉毀損などの罪に問われていた事件の判決公判が東京地裁であり、被告に懲役2年(執行猶予3年)、罰金100万円の有罪判決が言い渡された。
技術の進化によって動画の作成が容易になり、多くの女性が被害にあっているものの、規制は進んでいない。ディープフェイクポルノの問題や、求められる対策は何なのか。
ディープフェイクとは? 女性が悪用のターゲットに
ディープフェイクとは、動画に登場する人物の顔にAIを使って別の人物の顔を合成加工し、あたかも本人そのものであるかのように見せかける技術のこと。
ここ数年で技術は精巧さを増し、偽動画を作成してデマや犯罪に悪用するケースが増加している。過去にはオバマ元大統領もその被害にあった。
政治的に悪用するケースに注目が集まりがちだが、ディープフェイクの主なターゲットは女性たちだ。
そもそもの始まりが、海外の女性芸能人の偽ポルノ動画だった。2017年、匿名のネットユーザーが掲示板Redditに女性芸能人の顔を合成したポルノ動画を投稿。ユーザーは「deepfakes(ディープフェイクス)」というハンドルネームを使っていたという。
それ以降、多くの女性芸能人がディープフェイクポルノの脅威に晒され、被害は一般人にも広がっている。米サイバーセキュリティ会社が2019年に行った調査によると、ネット上に1万4000件以上のディープフェイク動画が公開され、そのうち96%がポルノ動画だったという。
日本では2020年に初の逮捕者 作成者に有罪判決
国内では、2020年にディープフェイクポルノに関する初の逮捕者が出た。
警視庁と千葉県警は同年9月30日、女性芸能人がアダルトビデオに出演しているかのように見せかけるディープフェイク動画を作成し、ネット上に公開した当時大学生の男ら2人を名誉毀損などの容疑で逮捕した。さらに11月には、まとめサイトにフェイクポルノ動画を視聴できるURLを掲載し、芸能人の名誉を傷つけたとして複数のサイト管理者らを逮捕した。
京都府警も10月2日までに、フェイクポルノ動画を公開した大分県の男を名誉毀損と著作権侵害容疑で逮捕している。
2021年9月2日には、動画を作成した当時大学生の男に対する判決公判が東京地裁であった。
判決によると、元大学生は女性芸能人の顔をアダルトビデオ出演者の顔に合成した偽動画を自身が運営するサイトに掲載。有料の会員登録者に向けて動画を公開していたという。
東京地裁(楡井英夫裁判長)は動画について、「(女性芸能人が出演していると)違和感を生じさせない精巧なもの」と判断。「芸能活動において極めて重要であるイメージを傷つけるもの」と指摘し、女性芸能人らに精神的苦痛を与えたと認定した。
さらに、「一度インターネット上に掲載されると際限なく拡散されるおそれがあることをも考慮すれば、犯行態様の悪質さは明らかである」とも指摘。元大学生に対し、懲役2年(執行猶予3年)、罰金100万円の有罪判決を言い渡した。
「問題を放置すれば被害は広がる」業界から声明も
横行するディープフェイクを悪用した犯罪に、音楽・エンタメ業界からも危機感を訴える声が上がっている。
芸能プロダクションが加盟する「日本音楽事業者協会」(音事協)は2020年10月2日、動画作成者の逮捕を受けて声明を発表。同協会は事件をめぐり、警察の捜査に全面的に協力してきたという。
音事協の錦織淳顧問弁護士は声明で、「この問題を、『一部の著名人のことだから』とか、『自分たちには関係のないことだ』と安易に放置するならば、やがては、このディープフェイクによる被害は世界のあらゆる分野に拡がっていくことになる」と指摘。
摘発者が出たことについて、「社会全体にディープフェイクの危険性についての警鐘を鳴らすものとして大きな意義」があるとコメントした。
一般人も被害、しかし規制はない
ネット上には、芸能人の顔を別の静止画に貼り付ける「アイコラ(アイドルコラージュ)」が以前から存在していたが、デジタル技術の発展によって、より被害は深刻化している。
アイドルコラージュやフェイク動画を作れるアプリやソフトウェアなどが登場し、技術を持っていなくても、誰でも簡単にフェイク動画を作れるようになったためだ。
デジタル性暴力の被害者支援に取り組むNPO法人「ぱっぷす」理事長の金尻カズナさんは、「第三者がぱっと見てわからないような精巧なフェイク動画が広がり、深刻な被害が広がっている」と指摘する。ぱっぷすには、フェイクポルノの被害に遭ったという相談も増えてきているという。
一方で、ディープフェイクポルノの規制は進んでいない。
今回の事件で加害者は著作権侵害と芸能人への名誉毀損の罪で立件されたが、ディープフェイクポルノそのものは法規制の対象となっていない。アプリや動画の作成者、閲覧者などの匿名性も高く、「作ったもの勝ち」になっているのが現状だ。
金尻さんは、「性的な権利侵害に関して被害者救済の法整備が進んでいない」と指摘する。
「リベンジポルノも同じ特性を持っていますが、一度ネット上に公開された動画や画像は削除されたとしても流通されつづけ、いたちごっこになってしまう。脅威となっているディープフェイク技術の悪用そのものを規制する必要があります」
また、動画や画像が投稿されるプラットフォーム側にも、対策が求められている。
「フェイクポルノを容認しない規制が必要」
被害にあった場合、刑事責任を問う以外にも、民事訴訟を起こして加害者に損害賠償を求めることもできる。しかし、被害者の負担は大きい。
加害者側が「動画に映っている人物は別人だ」と主張した場合、被害者側は、動画の人物が自分自身だと第三者から誤信されるほど精巧であることを証明しなければならないからだ。
「裁判所に認めてもらうために映像を確認しなくてはならないなど、被害者側に大きな負担がかかり、泣き寝入りせざるを得ないケースが大半です。被害防止のためにはディープフェイクポルノそのものを容認しないための規制が必要です」
金尻さんが理事長を務める「ぱっぷす」では、リベンジポルノなど、ネット上の性暴力に関する被害の相談を受け付けている。画像や動画の削除要請の代行なども行っている。
「被害にあったときは、一人で解決しようとしないでほしい」と金尻さんは訴える。「相談できることなんだということを多くの方に知ってほしいですし、被害にあったときは迷わず支援団体に相談してほしい」と呼びかけている。