日本の四大公害病の一つ「水俣病」を世界に伝えた写真家ユージン・スミス氏の写真集を題材にした映画『MINAMATA-ミナマタ-』が、9月23日から全国で公開される。
ジョニー・デップさんが主人公ユージン役を演じるほか、日本からも真田広之さんや國村隼さんをはじめ豪華キャストが多く出演し、早くも話題を呼んでいる。
映画の舞台は、1970年代の熊本・水俣だ。
水俣病の公式確認から65年。なぜいま、水俣病に光を当てようと考えたのか。映画に託した思いを、アンドリュー・レヴィタス監督に聞いた。
「自分たちこそこの映画にぴったり」
ユージン作品の長年のファンでもあるというレヴィタス監督。映画製作の声がかかった時、どう感じたのか。
「ユージンの写真を通して、10代の頃から水俣病を知り関心を持っていました。ジョニーとの最初のミーティングは、30分〜1時間ほどでアイデアをブレストする予定だったのが、実際には9時間におよびました。映画の細かいことを話すというよりも、『なぜこの映画を作らなければいけないのか、誰のために作るのか、世界の環境問題の現状を見た上でこの映画にどんなインパクトを持たせたいのか』といったことをじっくり話し合ったのです。最後には、私たちはこの映画を作るのにぴったりであり、良いパートナーになり得るんだと感じました」
<水俣病とは>
メチル水銀により中枢神経を中心とする神経系が障害を受ける中毒性疾患。「新日本窒素肥料(後のチッソ)」水俣工場が海に流した排水にメチル水銀が含まれ、食物連鎖で魚介類に蓄積された。汚染を知らずにこうした魚介類を食べた人たちに病が広がった。
主な症状に、手足のしびれ、感覚障害、言語障害、視野狭窄などがある。
1956年5月1日、水俣湾の近くに住む5歳と2歳の姉妹が原因不明の病にかかり、水俣保健所に報告された。この日が水俣病公式確認の日とされている。
水俣の物語がつなぐ未来
水俣病の公式確認から2021年5月で65年を迎え、ユージンが亡くなってからも40年以上がたつ。
ユージンの遺作となった写真集「MINAMATA」にいま、光を当てる意味をどう考えているのか。
「水俣病の被害者たちが、いまだに患者認定されず苦しみの中にいること、救済を受けるために闘い続けなければならない現実に驚いています。加えて、僕にとってすごく恐ろしいのが、水俣病の問題が明るみになってからもなお世界中で産業公害が起き続けているということです。私たち人類が地球の一員なんだということに、私たち自身がまだきちんと気づけていない。それが何よりも怖い」
「幸いにも、若い世代が世界の各地でたち上がり、若者自身の声を届ける準備が整い始めているとも感じています。水俣の人たちの闘いは、まだ続いています。ですが彼らのコミュニティーが立ち上がり、政府や企業といった権力側に自分たちの事実を突きつけ、信じることのために闘い、社会を変えてきた。水俣の人たちのそうした物語が、特に今の若い世代にとってインスピレーションになるんじゃないか。だからこそ、この映画を今届ける価値があると思うのです」
「私たちのストーリーを語って」と望んだ理由
映画が扱うのは、ユージンや水俣病患者らの事実に基づく物語だ。
正確な描写を追求するため、ユージン作品のアーカイブや水俣病に関する映像、400ページにおよぶ資料をキャストやスタッフと共有したと監督は明かす。
「患者さんたちや、水俣のコミュニティーの人々の精神を正しく捉えることに何よりも腐心しました。映画を超えて皆さんの心の中に残っていく部分だと思うし、ユージンや(当時ユージンの妻だった)アイリーンのキャラクターの描き方は、実際の本人たちとは違う解釈の余地があったとしても、患者さんたちのコミュニティーはしっかりと正しく描かなければいけない、と感じたからです」
レヴィタス監督は2018年9月、製作チームとともに水俣を訪問。胎児性水俣病患者(胎児期に母親のおなかの中でメチル水銀の汚染被害を受け、発症した患者)や、患者家族らと対面した。
「患者の方々は皆さん、ほぼ同じことをおっしゃいました。『この映画をつくるのであれば、自分たちと同じような経験を、世界中の他の人々がしないためにも、私たちのストーリーを語ってください』と。なんてタフな言葉なんだろうと思いました。他の人の助けになるために、自分たちの物語を使ってくださいと、そう言われたんです。ものすごく利他的で、本当にすごいことだと思いませんか」
「水俣の人々と一緒に時間を過ごして、深い痛みと共に、ものすごく明るい光も心に持っていることを知りました。どんな逆境の中でも諦めない、悲しい思いだけにとどまらない。それは人間の魂の証拠のような気がしました」
感じた責任と誇り
アフリカ全土で野生生物の保護を推進するために設立された非営利団体Tusk Trustの大使を務めるなど、環境問題に関わってきたレヴィタス監督。映画に託した思いを、次のように語った。
「新鮮な水、空気、健康的な生活を送る権利が全ての人にあります。大企業や政府の欲に滅ぼされてはいけないのです。けれども水俣病が明るみになってからも、私たちはそれに気づかずに過ごしてきてしまった」
「水俣の人々や、水俣病と同じように公害の被害に今も苦しんでいる人たちのためにも、助けとなるような作品を作りたかった。大きな責任とプレッシャーを感じるとともに、こうした映画に関われたことを誇らしく思っています。世界中の人々に、水俣病患者の方々や水俣のコミュニティーのことを知ってもらい、共感やインスピレーションを感じてもらいたい。あらゆる公害問題の変化のきっかけになることを願っています」
今回の映画をめぐっては、製作体勢について一部で波紋を呼んだ。
患者たちの運動の先頭に立つヤマザキミツオ役を演じた真田広之さんが、2020年の朝日新聞のインタビューで、セットなど映画の細部にわたって日本文化の監修をボランティアで担っていたと述べた。ネット上では、製作側に対して「搾取だ」「文化を軽視している」といった批判が上がっていた。
こうした指摘に対し、レヴィタス監督は「日本文化の監修を担当したコンサルタントは多くいて、きちんと契約料を支払っていた」と主張。その上で、「ジョニーや真田さん、若手の役者さんをはじめとして、それぞれが持てる力や才能、心を注いでこの作品を作ろうという現場だった」と説明した。
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
<アンドリュー・レヴィタス Andrew Levitas>
1977年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。ニューヨーク大学を卒業後、画家・彫刻家として活躍。映画制作会社メタルワーク・ピクチャーズを設立し、『Lullaby』(2014年)で長編監督デビューを果たす。『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』(18年)、『Georgetown』(19年)のプロデューサーを務める。現在はニューヨーク大学で教鞭を執るなど幅広く活躍している。