受験に勝ち残った子だけが優れた子なのかー。
「『学校に馴染まない子』と話すと、いろいろな才能がある。勉強に向かない子がいるなら、その子のための『学び』を作ろうと始めたのが『ROCKET』でした」(中邑賢龍教授)
―-
異才発掘プロジェクト「ROCKET」は、東大先端科学技術研究センター中邑研究室と日本財団が、イノベーティブな人が生まれる社会の実現を目指し、2014年にスタートした学びの場だ。ROCKETという名前は、“Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents(志ある特異な(ユニークな)才能を有する子どもたちが集まる部屋(空間))”の頭文字から付けられた。不登校傾向にある全国の小中学生を選抜し、継続的な学習と生活のサポートを行ってきた。
―-
「ROCKET」の5年間をまとめた『学校の枠をはずした』(どく社、東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室編)の発売を記念して、代官山 蔦屋書店で6月、中邑教授と料理研究家、土井善晴さんの対談が行われた。土井さんは、東大先端研の客員研究員として中邑研究室にも関わっている。対談は、中邑教授がROCKETで目指した教育について話すところから始まった。
「芋の時間」と私の時間
中邑:思い切って、学校の枠を外してみたんです。「教科書なし、時間割なし、目的なし、共同学習なし」。そうしたら、子どもたちが元気になるんです。
「実は字が書けなかったんだ」「仲良くしなくていいの?人と話すの苦手なんだ」「時間割ないの?自分のペースでできる」と、子どもたちにとって良いことばかりでした。
例えば、ある学校で図工の時間、2時間で車の絵を描く課題があった。ある子が、2時間かけてタイヤのホイールだけをすごく精巧に描いた。学校の先生は「ダメじゃないか、ちゃんと仕上げなさい」と。つまり、仕上げるための教育をやっている。そうすると、本当に子どもが表現するのが狙いなのか、わからなくなっていく。
もし10時間かけたら、必ず良い車の絵が描ける。でも時間制限があるから評価が低くなる。そこに馴染まない子たちが、それだけで学校をドロップアウトするのは、もったいない。ゆっくり考え、じっくりできる。そういう世界を作っていきたいと思いました。
土井:全く同感です。料理でも、自分の都合で1時間しかないということでは、芋は煮えないわけです。でも「芋の時間」を中心に物事を考えると、自分という者は鍋を眺めていないと仕方がない。芋の時間と人間の私の時間、あるいは彼の時間は全部違うということなんです。
中邑:土井先生のお話で、一番学校教育と通じるなと思ったのが、「塩の分量をなぜ測らにゃいけないんですか?」と言われたこと。
土井:前提条件が違いますから。自然はいつも違う、野菜は鮮度も大きさも違う。対応する塩加減も、火の通る時間も違う。それなのに人間の都合だけで塩の量を決めてしまうと、全部、中ぐらいの物になってしまうんですね。相手を見て、素材を見て、こちらが反応するということ。それが料理なんですよ。
そして大事なのは、食べてみて「どうかな?」って思うこと。
「どうかな?」というのは、「考える」ということとは違うんです。転んだ時に思わず手が前に出るような、無意識の自分。
「無意識の美意識」と時々言っていますが、「こうでなければならない」ではなく、いつも違う。経験の中から出てきた無意識の判断が、一番正しい。自分を信じる、自分に頼るということを、直感や勘という色々な言葉で言っているんですが。それを見つけてしまう。
中邑:直感を養うためには、自分でやり続けなくてはいけない。それを、最初から止められて「こうしなさい」「こうすればいいんですよ」と言われてしまう、レールを敷かれてしまっている子どもたちがたくさんいる。
土井:大人たちもいっぱいいますよ。
中邑: 土井先生はいつも「同じ味にならないことを楽しみながら食べましょう」と言われる。教育でも「いやぁ面白い子になったな」って思えばいいんだけど、親自身が、世の中のスタンダードに近づけることを徹底的に教えられているから「子育てに失敗した」なんて言うんです。子どもが可哀想。今の学校教育の先生たちを責めることはできません。だけど、そこから外れた子供たちに同じ教育をしてもしょうがない。それが「ROCKET」だったんです。
変に手を加えると不味くなる
中邑:授業で土井先生が「お鍋で炒めた物をお皿にビューっと注げばいい。重力に従っていい盛り付けになります」と話されたことがありましたね。
土井:重力には作為がない。とても健全な姿になります。重力に従って転がったり落ちたり寄ったり。それは、秋に、風に吹き寄せられて木の葉が散るというような、自然の美しさを料理に取り込むということ。
中邑:自然観を取り込んだ教育を実現しようとしたのが、私たちかなと思うんですよ。違うことを前提にした教育というのは、ある意味で自然ですよね。
―-
2人は北海道白老町で秋鮭を釣るプロジェクトを実施したことがある。結局釣り上げることはできなかったというが、美しい森の中で新鮮な鮭を下ろして食べたという。
―-
中邑:先生と一緒に行くからもうちょっと料理をされるのかなと思ったら、鱗も取らずにぶつ切りで、「これを火の中に入れてください」って。
土井:それが最高だということ。大抵、変に手を加えると必ず不味くなるんです。
中邑:子育てにも通じるなと思いました。放っておけば、その子は自分の特性にあったように動き出すし、歩き出す。だけど「それじゃダメ」と言われたら、「もういい、やらない」と内側に籠もっていく子がいますよね。
それともう一つ、対応力が上がってくるのは、何か変化が起きた時です。だから「ROCKET」は計画的にはやらないんです。
土井:それが生きる力。自然を受け入れる、縁を受け入れる。今までの人生で私は「空振り」ってないですね。畑で大根一本引き抜いて、土を洗ったら真っ白だった。それだけでも元気になる。自然は、自分の知らないことが必ず起こっているんですよ。だから美しい森という環境の中で、釣りたての鮭を、調理して食べる。それを非常に美味しく感じた。その経験に、感動しました。
ROCKETの「看板を下ろします」。その先は…
―-
ここまで「ROCKET」の理念、そして料理と通じる部分について話をしてきた2人。しかし、中邑教授には「ROCKET」では成し遂げられなかった部分にも目を向けていた。そして、次の計画があるのだと話す。
―-
中邑:そんな風に今の学校と違う教育を子どもたちに徹底してやってきたんですよ。
「ROCKET」の「K」は志の「K」と言いました。 特別な志や才能を持った子を選抜してきました。すると、学びって面白いなと思って学校に帰る子もいます。とことん自分でやる子もいます。でも、残り3分の1ぐらいの子はなかなか。それは僕たちの教育方法が合わなかったのかなって。
やってよかったことはたくさんあるし、今でも大事だと考えていることは『学校の枠をはずした』の本に凝縮されているんです。
しかし、志がない子、表現できない子もいます。「僕、そんなに才能ないんだ」って言う子もいます。それを無視して教育してきたのかもしれないな、というのが僕たち「ROCKET」での反省なんですよ。
だから僕たちは、「ROCKET」の看板を下ろすことにしたんです。
僕たちが考えたラインとは違うところにもっと面白い子がいる。そういう子をもっと集めてみたいと思いました。「それでいいのだ」という教育をしたいんだなと最近思ったんですよ。
2021年2月に、誰かに評価されるためではない、自分がやりたいことをひたすら描いた作品を集めようという趣旨で、『やり続ける先に見えるもの展』(実行委、shibuya-san主催)という展覧会を開催しました。100作品以上の応募があって、展示する作品を選べなかった。そこで結局、僕たちは全部を飾ることにしました。
でも、ある人が見にきて言ったんです。「なぜ選べないんだ、自分は選びたい。それは多数決じゃないんだ」と。確かにそういう視点って大事だなと思いました。
世の中で「優れたもの」の基準って、多数決で、みんなに選ばれるものが良いという風になってしまっている。そうではなく、突き抜けた基準、優れた基準は個々の人が持っているんだなと気づいたんです。
土井:なぜか分からないけど、自分が良いと思った。そこから、なぜそう思ったのかという問いに答えが出るまで考えるということができたら、その人の「選ぶ」ということは作品にもなりますよね。
中邑:もっと自由に選べる世界が必要です。人と違うものを選ぶのが恥ずかしいのではなく、好きなんだからそれでいいじゃないかという。
今、会社で働く人を採用するにしても「使えるか使えないか」で選ばれる。経済の原理で仕方がない部分もあるが、そうじゃない人をプロデュースする力を育てていけば、もっと世の中は、楽しくなると思うんです。
もっと僕たちがアクセスできていない、面白い子どもたちにリーチしたい。 「ROCKET」で掲げていた「志」とか「Extra-ordinary」のある子だけが価値ではないと思って、僕たちは新たに「LEARN」というプロジェクトを始めるんです。
多様な学びを応援するために様々なプログラムを開始します。(株)ニトリホールディングスとの共催で、学びに意欲を失った子や興味がマニアックな子どものプログラムLEARN with Nitoriや、ポルシェジャパン(株)との共催で、意欲的に学びを追求する子どものためのLEARN with Porscheなどを通じ、この先5年で日本全国から面白い子を発掘したいと思います。
知的障害の子、 医療的ケアが必要な子、大人のためのプログラムも含めて、これからは「LEARN」で未来の教育を探していきたいと思っています。