夫婦同姓を定めた民法の規定は「合憲」――。
最高裁大法廷が6月23日に出した決定を受けて弁護団らが開いた会見で、申し立て人の一人、高橋彩さん(仮名)は声を詰まらせた。
高橋さんの手には、数日前に事実婚の夫、水沢博司さん(仮名)と都内の自宅で書いた婚姻届があった。
「今日、役所に出すつもりでした。私にとって大事な気持ちがこもったもの。それを破られた気持ちになりました」
「婚姻後の夫婦の氏(姓)」の欄は夫婦ともにチェックを入れ、その横に「夫は夫の氏、妻は妻の氏を希望します」と手書きで書いた。2018年に不受理となったものと同じ体裁だ。夫婦別姓での婚姻届の受理を役所に命じる「違憲」決定が出たら、その足で役所に出しに行こうと思っていたが、不受理の判断が確定した。
「国会に何度ボールを投げればいいんだろう」
最高裁大法廷は今回、2015年の合憲判決を踏襲し、「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」として申し立て人の主張を退けた。だが国会ではこの5年あまり、保守派議員の反対に阻まれるなどして選択的夫婦別姓の導入に向けた大きな進展はない。
水沢さんは「何度ボールを投げればいいんだろう」と落胆を隠さなかった。高橋さんと水沢さん夫婦の間には小学生の子どもが1人いる。「子どもが大きくなって結婚したいとなったときの選択肢を作るのが、私たちの世代の役割」と水沢さんは言う。
高橋さんは「非常に残念だけれど、これで終わるつもりはありません」と、司法判断が出ていない別の夫婦別姓訴訟への期待を語った。新たに書いた夫婦別姓の婚姻届は「希望をつないで、取っておく」と話した。
「社会の変化に合わせて法律や制度を変えていけない国は、衰退していく」
「日本はガラパゴスから脱するチャンスをまた逃した」
申し立て人の一人、駒沢大学法学部教授の大山礼子さん(67)は険しい表情だった。「社会の変化に合わせて法律や制度を変えていけない国は、衰退していくほかない」と最高裁の合憲決定を痛烈に批判した。
コロナ禍が浮き彫りにした懸念「どちらかが重症化したら」
新型コロナ禍は、夫婦別姓が認められない事実婚夫婦に深刻な懸念も浮き彫りにした。
事実婚だと、入院時に面会できなかったり、治療や手術の同意書に署名ができなかったりする場合がある。事実婚のパートナーの相続人にもなれない。
申し立て人の一人、真島幸乃さん(仮名)は、緊急事態宣言が東京都に出された2020年4月、夫婦に万一の事態があった場合に法律婚に移行するための婚姻届を改めて用意した。
「どちらかが重症化して命にかかわる状況になったら、元気な方が出しに行く」と夫婦で決めた。
事実婚では夫婦の共同親権が認められないため、3人の息子の親権者は夫だけだ。夫にもしものことがあれば親権者がいなくなってしまう。「他人である自分たちが、社会で法的に扱ってもらうために婚姻届は大きな効力を持つ。私たちを法的な家族として認めてほしい」と話した。
弁護団長を務める榊原富士子弁護士は、無念さをにじませながらも、違憲判断を支持した裁判官による手厚い反対意見を評価した。
「与党から改正案が出たことはないが、実際には(国会の)委員会での質問が年々、活発に行われ、法務大臣の答弁にも変化が出ている。(選択的夫婦別姓制の導入へ)国会は動くと信じているし、必ず到達すると思う」と期待を込めた。