中国共産党は2021年7月1日、創立100年の記念式典を開く。改革開放政策が牽引した経済成長や、2020年に達成したとする農村部などの「脱貧困」など、共産党政権の正統性を大々的にアピールするものとみられる。
その一方で、香港では政府に批判的な論調で知られた「アップルデイリー」が発行停止に追い込まれるなど、国際社会が重視する自由や民主といった価値観からは遠のく。
中国はこれからもいびつな発展を続けるのか。また、どのようにすれば変化を促せるのか。東京大学大学院の阿古智子・教授(現代中国論)に話を聞いた。
■香港「元に戻らない」
中国政府に批判的な論調で知られた香港紙「アップルデイリー」は、6月24日付を最後に発行停止に追い込まれた。同紙の主筆や発行会社の幹部らも国家安全維持法違反の疑いで逮捕され、報道の自由が失われたことを香港社会に知らしめた。
共産党創立100年を目前にした動きだが、阿古教授は「共産党100年だから、といった時期は気にしすぎない方が良い」としたうえで、歴史的な文脈が背景にあると指摘する。
「2000年代初め頃、ソーシャルメディアで色々な意見が自由に発信できるようになり、社会運動も中国国内で盛り上がりました。ジャーナリストや研究者、草の根で活動をする人らがつながり、環境問題や権利擁護運動などが起こりました。人権派弁護士もここで活躍しました。
社会が多元化し、それが実際の政策に反映されることもあったのです。
それに対し、ビッグデータなどを活用して国民を監視・管理する体制が作られ、監視社会化の中で、引き締めが緩まずに強化されています」
急速に引き締めが進むのが、返還から50年間の「一国二制度」を約束したはずの香港だ。
2020年6月30日に国家安全維持法が施行されると、アップルデイリー創始者の黎智英(ジミー・ライ)氏や日本でも知名度の高い民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏らが次々に逮捕された。
さらに選挙制度も改変され、「愛国者による香港統治」を名目に、立候補段階で民主派を排除できる仕組みを作り上げた。2047年まで続くとされた一国二制度は、報道にも「失われた」などの表現が並ぶ。
阿古教授は、香港が元の状態へ戻るのは「中国政府が変わらない限りは不可能」だと指摘する。
「今の中国政府のスタンスであれば、高度な自治を認めるという香港独自の制度を維持する方向には戻りません。今の共産党の一党独裁体制を緩やかに変えていけば香港も変わると思いますが、近い将来は起こり得ないでしょう」
■「内政干渉」突っぱねる中国政府
こうした状況に国際社会は批判を強めている。6月13日に発表されたG7(主要7か国)共同声明では、香港について人権や自由、高度な自治の尊重を求めたほか、新疆ウイグル自治区や台湾海峡にも言及するものになった。
中国はこうした動きに対し、外交部(外務省)記者会見などの場で「内政干渉」と反発する。一連の強気な外交姿勢は「戦狼」とも呼ばれる。
阿古教授は「一番受け入れられない言説だ」と批判する。
「(内政干渉は)中国政府がいつも言うことです。しかし、文化や人権も国によって区切られているわけではありません。
私たちはビジネスや旅行などで移動しますし、居住する場所を選ぶにしても、中国人だから中国に住んでいるわけではありません。人権や生活に関わる権利は国には関係がないのです。
内政干渉と言いますが、香港で働いている日本人もたくさんいますし、旅行中に国家安全維持法違反で捕まる可能性もあるわけです。内政干渉というのであれば、他の国の人権に口を突っ込むのはおかしい。言っていることとやっていることが違います」
事実、国家安全維持法は他の国に適用可能な設計だ。例えば同法38条には「香港特別行政区の永住権を持たない者が、香港以外の場所で罪を犯した場合でも適用する」と明記されている。
つまり、永住権を持たない者(日本人など)が香港以外の場所(日本など)でした行為なども含まれると解釈でき、対象となった外国人が香港に立ち寄った場合に逮捕される可能性などが危惧されている。阿古教授も「なぜ法律を他の国にまで適用するのでしょうか」と疑問を呈する。
さらに阿古教授は、広域経済圏構想「一帯一路」も、中国政府による内政干渉にあたると指摘する。「一帯一路」は途上国のインフラ整備のために積極的な融資を続けてきた。一方で、融資を受け入れた国が多額の債務を返還できない「債務の罠」にかかっているとの報告もある。
「他国の経済に対して著しい影響力を持つということは、その国の政治や生活、労働環境に強く関わることです。それは全て内政干渉ではないですか。
自分たちが閉鎖的な経済活動に終始し、外界に干渉しないならば良いですが、経済と政治は分けられません。(他国を内政干渉と批判するという)自分勝手な論理は通りません」
■「全て敵対」ではない
では、中国政府に、どのようにして「変化」を促せば良いのだろうか。
注目したいシーンがある。2021年3月にアメリカ・アラスカ州で開かれた米中外交トップによる会談だ。
中国の外交部門トップ、楊潔篪(よう・けつち)・共産党中央政治局員は冒頭、アメリカのブリンケン・国務長官らにおよそ16分に渡って中国側の立場を説明した。
「アメリカにはアメリカ式の民主主義があり、中国には中国式の民主主義がある」や、「自国流の民主主義を他国に押しつけるのをやめることが重要だ」などと、西側諸国の価値観に迎合しない姿勢を示したのだ。
「西側と中国を明確に区別するのもよくある言説です」と阿古教授は話す。
「中国も文化は変わっていきますし、若い人たちも色んなところに留学して新しい知識を身につけていくわけです。『中国のモデルがあって、西側はそれに対立している』と、二項対立的に考える必要は本来ありませんが、敵か味方かという枠組みを作ってしまう。そこを崩す必要があります」
阿古教授は、中国政府と協調できる分野に可能性があるとみている。
「『人権』は西側の概念だと捉えられがちなため、『労働者の権利』という問題設定で一緒にやっていく方法があると思います。中国は社会主義国家なので、労働者の問題は最重要です。
それぞれの国で労働者の問題はあるので、お互いに共同研究や調査をできるところから一緒にやっていけば良いのではないでしょうか。
アメリカも中国の全てを敵対視しているわけではありません。環境問題や気候変動ではルール作りを一緒にやりましょうと持ちかけています。環境は国境で区切られません」
日本も、中国が力を入れるEV(電気自動車)などの分野で企業が共同開発に踏み切る事例が出てきた。
中国はこれからも、2022年の北京冬季五輪・パラや共産党大会など重要なイベントが並ぶ。阿古教授は、メディアの報じ方も含めて多面的な理解が必要になると説く。
「(メディアの)分かりやすさは大事ですが、反面、過度な単純化は良くありません。一言で『中国が』といっても、役人や外交部のスポークスパーソンと、日本に来ている留学生ではかなり違います。
『中国は中国でも、こういう人たちにはこういう傾向がある』と主語を明確にし、具体的に想像できるようになれば、もっと細分化した議論ができるようになると思います」