自民党が今国会でLGBT法案とよばれる「LGBT理解増進法案」の提出を断念したことを受け、弁護士らが6月8日、直ちに提出を求める緊急声明を出した。
声明には全国から1200人以上の弁護士や法学者らが賛同。呼びかけ人には菊池祐太郎・前日弁連会長や鬼丸かおる・元最高裁判事の他、同性婚訴訟の代理人やビジネスロイヤーなど幅広い法律家が加わった。
自民党本部では三宅伸吾参議院議員、宮崎政久衆議院議員、井出庸生衆議院議員らが面談に応じ、声明文を受け取った。野田聖子幹事長代行にも直接申し入れをしたが、党としては受け取らなかった。
宮崎議員は「国会の説明には党の色々なものがある」「お気持ちは受け止めさせていただく」などと話した。
大きな一歩になりうる法律
緊急声明の提出後、弁護士らは今国会でLGBT法案の提出を求める理由を語った。
中川重徳弁護士は、法案には不十分な点もあるとしつつ、困難に直面しているLGBTQ当事者にとって「大きな一歩になりうる」と話した。
「この法案は私たち法律家から見ると、実効性という面では不十分な点があります。しかし、法の目的と基本理念に『全ての国民が、その性的指向又は性自認にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重される』、あるいはそれらによる『差別は許されないものであるとの認識』と明記されています」
「その理念のもとに国や自治体、事業所などが施策に取り組むのが『努力義務』という点で不十分ではありますが、この法案が与野党で合意をしたものと考えると、これは不可欠な重要な一歩になりうると考えています」
法案をめぐる自民党内の会合では、「LGBTは種の保存に反する」といった差別発言が出席議員から相次いだ。
中川弁護士はこれも問題視し、「与党として役割を果たしてほしい」と話した。
「自由民主党の党内手続きの中で、性的少数者の困難を無くそうという法律の審議をしているのに、LGBTQの人々に対する偏見や差別的な言葉があった。そのことで頓挫していることが本当に残念です。当事者の方々は深く傷ついています」
「私たち法律家が何より重要だと思うのは、国民の中で困っている人がいれば、国会はそれを法整備で解決するということ。これは党派や会派を超えた、民主正義の基本だと思います。自民党には政権与党として、国民の状況と声を受け止めて役割を果たしていただきたい」
差別を未然に防ぐためにも必要
寺原真希子弁護士は、性のあり方を理由に生きづらさを抱えるLGBTQ当事者たちの相談を幾度も受けてきた。
「性的指向や性自認に対する差別や偏見に基づいて、職場から解雇され、または退職を余儀なくされた方、日常生活の中で心ない言葉を浴びせられて外出ができなくなってしまった方、学校でいじめられて不登校になってしまったお子さんなど、具対的な被害を目の当たりにしてきました」
「差別や偏見が根深い日本社会の中で、今この瞬間ももがき苦しみながら、一日一日を必死で生きている方々が数多くいらっしゃいます。性的マイノリティの人たちが求めているのは特別扱いではありません。ただただ安心して仕事をし、日常生活を、あるいは学校生活を送りたいのです。そのために必要なことは、性的指向や性自認に基づく差別が許されないということが、社会において周知されるということです」
寺原弁護士は今後の被害を未然に防ぐためにも、法制化が必要だと話した。
「差別が許されないというのは憲法が基本原則として定めているので、もともと法律がなくても許されないものです。しかしこれまでも国は『男女雇用機会均等法』や『障害者差別解消法』など、法律で明記することによって社会の認識を高めてきました。法律で明記されることで、それが規範となって、差別や偏見に基づく構造が未然に防ぐことができるというのは法律の大きな存在意義だと思います」
企業もLGBT法を求める理由
「LGBTとアライのための法律家ネットワーク(LLAN)」は今回の声明に団体として賛同した。藤田直介共同代表理事は、企業にも法制化を求める理由があると説明した。
「社員にとって安心な職場環境を構築することは、最低限のコンプライアンスと危機管理です。また、個々の社員がフルにその実力を発揮できるような環境を作る最低条件でもあることを実務をおこなう上で実感しています」
「残念ながら最近の調査が示す通り、性的少数者にとってそうした職場環境はまだまだ実現されていない状況にあります。法案は努力義務ベースではありますが、全ての事業主にそ職場環境の整備を求めるということは、極めて重要な動きだと思っています」
LLANには多くの外国弁護士が所属しているという藤田弁護士。海外の企業では、職場におけるLGBTQ施策といった「ダイバーシティ&インクルージョン」はもはや企業戦略上で必須のインフラになっていると感じていると話した。
「日本で法整備をすることは企業戦略としても重要で、それは人材の誘致にとどまりません。少子高齢化を迎える中、日本の企業が海外のマーケットにおいて商品を販売し、かつサービスを提供していくには、マーケットにおける顧客、そして社会におけるレピュテーション(信頼)というのもとても重要だと思っています」
「日本が国際的に見て、政府が遅れていると評価されることについて大変懸念しております。この法案は国、自治体、そして全ての事業主に対して理解を示す施策に取り組むことを義務付けていて、そうした意味では非常に重要だと考えております。この法案が成立することで、国際的な評価も大きく変化するのではないかと私は確信しています」
「裁判が増えて混乱」は実態からかけ離れている話
「LGBT理解増進法案」は超党派の議員連盟がまとめた。
しかし合意案に「差別は許されない」という文言が入ったことに自民党の保守派が反発し、議論は紛糾。反対派の自民党議員からは「差別を理由にした裁判が増えて混乱する」という主張もあった。
中川弁護士はこの発言に言及し、「まったく実態からかけ離れた話」と話した。
30年前、同性愛者の団体が東京都が管理する施設で宿泊を拒否されたことをめぐり都を訴えた裁判「府中青年の家事件」訴訟で、中川弁護士は代理人をつとめた。
団体には提訴前に都と交渉を重ねた結果、処遇の改善が見込めず身を引いたメンバーもいた。団体側が勝訴した高裁判決が下されたのは、提訴から6年後だった(都は上告せず、確定判決)。
これらにふれ、当事者にとって差別をめぐる裁判は気軽に起こせるものではないと中川弁護士は強調した。
「今の日本では、職場であれ、行政であれ、差別の問題で裁判を起こすのは本当に大変なこと。法律に差別という言葉が書いてあるからといって、不満があるから気軽に裁判を起こすことはありえません」
「ありえない議論を持ち出して、ごく当たり前の法律の邪魔をしている。国会議員として恥ずべきことだと私は強く思います」