待ちに待った赤ちゃん。
しかし、そのわが子が「ダウン症」と宣告されたら、その事実を受け止めきれず、ほとんどの親が混乱するのではないだろうか。
そんな不安でいっぱいのダウン症児の親たちに、「わが子と自分の未来に少しでも明るい兆しをみつけてもらいたい」と、ダウン症児を育てるママ12人が集まって本を作った。
制作・配布費用をクラウドファンディングで募っている。
ダウン症児のママたちのメッセージを1冊の本に
本の制作をするのは「1stBirthdayMessage製作委員会」。住む場所も子育ての環境も違うダウン症児のママたちが、Instagramを通じて知り合い、集まって結成したプロジェクトだ。
それぞれが、わが子の1歳の誕生日に送ったメッセージを1冊の本にまとめ、全国各地の病院や医療関係者、家族団体などに無料配布することを目指している。
プロジェクトの中心メンバーである石山裕未さんは、3歳になるダウン症の女の子のママだ。
「32歳で社内結婚。多忙なインターネット情報配信会社では子育ては難しいと、結婚と同時に退社するほど子どもが早くほしかったんです」という石山さん。結婚から3年、不妊治療を経て、ようやく待望の赤ちゃんを妊娠した。
順調だった妊娠生活に不安の影が訪れたのは、6カ月目のときだった。
「心臓に穴が開いているかもしれないと、医師から言われました。もちろん、不安でしたが、リスクに備えて万全の体制を準備できたし、生まれてから手術をすれば治る病気だからと、あまり不安になりすぎないようにしていました」
安産で出産した赤ちゃんは、泣き声もしっかりしていて心臓の状態も緊急を要するものではなかった。出産後、ほっとひと安心して病室で体を休めていた石山さん。
夫と赤ちゃんを待つ石山さんの元にやってきた医師から告げられたのは、「ダウン症の疑いがある」という一言だった。
何の涙か、自分でもわからなかった
「妊娠中は心臓のことばかり心配していて、ダウン症のことなんてまったく想定外でした」という石山さん。35歳未満での妊娠・出産で、妊娠中に出生前診断について医師から聞かれることもなかったという。
「ダウン症の知識もまったくないから、ただひたすらびっくりして、パニックになるばかりでした」と当時を振り返る。
ポロポロと涙が流れるが、それが何の涙か自分でもわからない。いきなり水たまりに突き落とされたような気持ちで、「私の赤ちゃんは正常じゃない、どこかおかしいんだ」という思いだけがぐるぐると頭の中を駆け巡っていたという。
「でも」と石山さんは続ける。
「その日の午後に娘に初めて会ったとき、素直に“小さくて、かわいいな”って。子どもへの愛おしさがあふれてきました」
心臓の病気を抱えていた娘は、NICUからGICUへ移った。石山さんも病院に付き添って寝泊まりする日々が続く。1カ月後にようやく退院するが、生後3カ月で初めての心臓手術。「わが子がダウン症」という事実を受け止める暇もなく、慌ただしい時間が過ぎていった。
Instagramがつないだ、ダウン症児のママ友
そんな中でも、ダウン症について情報を集めようとするが、「インターネットで『ダウン症』と検索すると噂やデマなどマイナスの情報の多さに圧倒されて、気持ちが折れてしまいそうで。情報収集はネットではなく、もっぱら書籍に頼るようになりました」。
しかし、本に載っている情報は限られている。こんなときはどうしたらいいの? どんなことに注意したらいいの? というような、かゆいところに手が届く情報はなかなか手に入らなかった。
「そもそもダウン症というのは病気ではなくて、遺伝子の特性なんです。鼻が高いとか、そういう特徴と同じだと思っています。ただ、いろいろな病気を抱えているケースが多いので、その病気によって、対応が全然違ってくるんです」
子育てに不安と孤独を感じていたとき、石山さんが見つけたのがInstagramの「#ダウン症」というハッシュタグだ。そこは、ダウン症児の子育てをしている親たちが投稿した楽しそうな写真であふれていた。
「心を突き刺すような文字情報もなく、子どもとの日常を明るくつづった写真とコメントにすごく救われました。大人に成長したダウン症の人のアカウントもあって、将来への不安もすっと落ち着くような気がしました。ここなら嫌なマイナスの情報を拾わずに、楽しい気持ちで子育ての情報が共有できる、って」
いつしかInstagramで知り合ったママ友は、一緒に子育てを楽しむ仲間となっていった。
娘の1歳の誕生日「感謝の気持ちしかありませんでした」
思いもよらない「ダウン症」の宣告から1年。娘が1歳の誕生日を迎える頃には、初めての子育てがうれしくて楽しいことばかりだと思えていた自分がいた。
「1歳を迎えるときに、それまでの子育てを振り返って、子どもにメッセージを書いたんです。そこには、生まれてきてくれた子どもや周りの人たちへの感謝の気持ちしかありませんでした。もちろん、いろいろな苦労はあったけれど、それは多かれ少なかれ、初めての子育てに戸惑う親なら同じなんじゃないかと思うんです」
幸福感にあふれた1年間の子育てを振り返ったとき、生まれたばかりの子どもを前に不安しかなかった自分に、「心配しなくても、大丈夫だよ」と声をかけてあげたい気持ちでいっぱいになった。
「私は娘が生後1カ月くらいまでの記憶があまりないんです。そのときの自分の感情はプラスでもマイナスでもない、まったくの“無”の状態でした。絶望なら這い上がってプラスにできるけれど、何も感じていないというのが一番怖いですよね」
「あのとき、生まれたての赤ちゃんのかわいい笑顔をもっとちゃんと見ていればよかったな。一番子育てが楽しいときなのに、なんてもったいないことしたんだろうって、今は思っています」
「心配しなくても大丈夫だよ」と伝えたい
ダウン症の娘の子育てをして3年。今の自分たちの幸せを「出産直後に赤ちゃんがダウン症と診断されて、泣いている親たちに伝えたい」と考えるようになった。
もちろん、これまでダウン症の子育てをする中で、いろいろな壁にぶつかることはたくさんあったと、石山さんは語る。
「そんなときには、Instagramで見かけた心に残るフレーズを集めてプリントしておいたものを読み返すようにしていたんです」
自分を励ましてくれた宝物のようなフレーズを、今、必要としているダウン症の子どもの親たちに届けたい──。Instagramでつながったママ友たちに声をかけて、ダウン症の子どもを出産したばかりの親たちに贈る本のプロジェクトが動き出した。
「ダウン症だからといって、せっかくの子育てのスタートを悲しい気持ちばかりで過ごしてほしくない。あまりのショックに外にも出かけず、友だちにも会えないでいる親たちも多いと思うんです。暗い闇に沈み、不安や恐怖と戦う親たちに、『そんなに心配しなくても大丈夫だよ。きっといつか、あなたも自分の子どもが愛おしくなるよ』と伝えてあげられたら。経験者である私たちからの言葉には、きっとその力があると思うんです」
そんな想いがつまった本を出産直後の親たちに確実に届ける。そのためには、病院や看護師、保健師、自治体などにポスターやチラシを配布して、知ってもらうことが最初の一歩となる。
「デザインにもこだわって、不安や恐怖、迷いなど様々な葛藤の渦の中にいる親たちにそっと寄り添ってくれるような本になりました。今はダウン症を受け入れられなくて、幸せな未来を想像することができない親たちに、少しでも笑顔と安心を届けられたらいいですね」
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支援はクラウドファンディングサイト「A-port」で4月16日まで受け付けている。詳細はこちら。
(工藤千秋)