『その女、ジルバ』が描いた、女性たちの絆。また一つ「呪い」を解く名作ドラマが生まれた

池脇千鶴さん主演ドラマ『その女、ジルバ』。40〜80歳の女性たちの人生を見て改めて感じたのは、シスターフッドは同時代の人々の間だけではなく、歴史という縦軸にも広がっているということだ。
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『その女、ジルバ』
東海テレビ提供

東海テレビ制作、土曜の深夜放送のドラマ『その女、ジルバ』。手塚治虫文化賞で大賞を受賞している有間しのぶさんの同名漫画が原作だ。

各テレビ局、豪華な出演者や人気脚本家が揃った冬ドラマの中で、決して派手ではない本作が、熱い支持を受けているのはなぜだろうか。

ドラマの舞台となる「BAR OLD JACK & ROSE」という路地裏のバーを中心に、40歳の主人公・アララたちは、擬似家族のような関係を築いている。

そこに集うのは、40〜80歳の女性たちで、その境遇は実に様々だ。本作が、現代と戦後を行き来しながら映し出すのは、時代を超えて継承されてきた女性たちの絆だ。彼女たちは、それぞれの「違い」を尊重しながら互いの「声」を聞き合って、寄り添いながら生きている。

 

「まだシジューだし」を新たな口癖に。日本ドラマの年齢の偏り

『その女、ジルバ』の主人公は、池脇千鶴さん演じる40歳のアララ。路地裏にある高齢の女性が働く「BAR OLD JACK & ROSE」の最年少ホステスだ。

もともとは東京の大手百貨店でアパレル店員として働いていたアララだが、「姥捨て」と呼ばれる物流倉庫に左遷される。そこで、「泥の中にいるみたい」な日々を送っていた時に「JACK & ROSE」の求人を見つけ、「今ここで新しい何かをしないと、私は私の人生を嫌いになっちゃう」と決意し、店の扉を開けるのだ。

そこで女性たちと出会い、人生が変わり始める。年齢を言い訳にすると、先輩たちから「まだ40(シジュー)でしょ」と返される。親しみを込めてアララを「ギャル」と呼ぶ常連客たちは、時に家族を連れて店を訪れることもあり、「JACK & ROSE」はバーであり、憩いの場でもある。

 

アララは店の人々やお客さんとの交流を通して、失いかけていた喜びや楽しみを取り戻し始める。投げやりに「もうシジューだし」と言うのが口癖だったアララは、「まだシジューだし」と笑い、周りの人々にもポジティブな影響を与えていく。

日本の地上波のドラマは女性が主人公のものも多いが、その大半は20〜30代だ。たとえば『ドクターX』や『科捜研の女』のようなシリーズ作で長年続くにつれ主人公の年齢があがる作品もあるが、それらは大体プロフェッショナルな仕事に就いていて、市井を生きる「普通」の人生にフォーカスが当たることはあまりない。

最近では、女性をめぐる社会課題をテーマにするドラマも多く作られているが、それでも、主人公をはじめとしたメインキャラクターの「年齢」に関しては、若い層に偏っているように思う。

テレビという身近なメディアで放送されるドラマの影響力は大きい。そして日本のドラマは少なからず、「若さこそが女性の価値」、あるいは「30歳までに結婚しなければならない」などと、年齢をめぐって女性を抑圧したり、ステレオタイプを根付かせたりしてきた一面があるだろう。

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石田ゆり子さん(2017年10月19日撮影)
時事通信社

だからこそ、2016年に大ヒットしたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で、年下の女性から年齢について揶揄された、「アラフィフ」の独身女性で管理職につく百合(石田ゆり子さん)が言った、「今あなたが価値がないと切り捨てたものは、この先あなたが向かっていく未来でもあるのよ」「自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからは、さっさと逃げてしまいなさい」というセリフは、大きな反響があったのだろう。

百合のこの言葉は、人々を縛りつける様々な「呪い」を可視化させ、ドラマの世界を飛び越えて多くの共感を呼んだ。

40歳のアララが新たな出会いを通して変わっていく姿を描いた『その女、ジルバ』もまた、そうした呪いや抑圧から自由にさせてくれる魅力を持ったドラマだ。

 

おしゃれは「恋愛」のためにあるわけじゃない。

「泥の中」にいるような毎日から少しずつ心が回復して、おしゃれを楽しむようになり、表情も変わっていくアララ。だが、決してそれは「恋愛」のためにあるわけではない。

かつて恋人関係にあった同僚の男性に、隠れて付き合っていた自分より年下の女性と結婚するという理由で、婚約破棄されるアララ。そんなアララにとって着飾ることは、「もう一度恋愛に目覚める」ためではなく、「自分の人生を生きる」ために必要なのだ。

本作で魅力的に描かれるのは、女性たちの友情だ。アララ、スミレ(江口のりこさん)、みか(真飛聖さん)の同世代3人が働く物流倉庫は、非正規雇用の女性も多い。勤続10年のチームリーダーであるスミレは、百貨店からの出向組であるアララとみかとは、立場の違いからはじめは不仲だった。しかし、「JACK & ROSE」をきっかけに、3人は距離を縮め、揃っておしゃれを楽しむようになる。

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池脇千鶴さん演じるアララ
東海テレビ提供

養護施設で育ったスミレ、父母や弟など家族と仲が良く、人当たりのいいアララ、地方に母親一人を残すエリート大学出身のみか。異なる境遇にある3人が、それぞれに理解を示しながら40歳になって友情を育む。

リアルなのは、そうした築かれた3人の友情にも変化が訪れてしまうことだ。みかは、スミレの退職勧告騒動を機に、自分の「本当にやりたいこと」について考え始め、地元に戻る決意をする。アララとスミレは、その決意を受け止め、みかを送り出す。40歳という年齢。親の介護などに直面することも多い年代で、たとえば20代の時と比べた時に、人生の岐路に立たされることも多いかもしれない。それぞれの人生を選ぶ中では別れが避けられないことも、このドラマでは丁寧に描かれている。

 

シスターフッドは、「歴史」という縦軸にも広がっている

草笛光子さん、草村玲子さん、中田喜子さんなど名優が演じるホステスの女性たちの明るさや気丈さ、懐の深さには、見ていて心癒されるものがある。だが、『その女、ジルバ』は、年齢を重ね、豊富な人生経験を持つ彼女たちを、「知恵やケアの精神で、若者に人生のアドバイスをする女性」という一面だけで都合よく切り取って描くことはしない。女性たちが生きてきた背景も豊かに描き出し、それがこのドラマの奥深さを生んでいる。

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中田喜子さん(2015年撮影)
時事通信社

「JACK & ROSE」の初代ママ・ジルバから引き継いだくじらママは、80代の女性だ。戦後の混乱の中でジルバと店長と出会い「JACK & ROSE」を立ち上げる。福島からブラジルに向かった移民の2世で、日本への帰国途中で夫と子を亡くしたジルバ。戦後貧しい生活の中、強制的にセックスワーカーになった過去を持つくじらママ。「BAR OLD JACK & ROSE」は、行き場のない女性たちが寄り添い合う居場所となった。それは時を経た今も変わらず、アララたちを優しく受け止めてくれる場所であり続けている。

アララもまた、ジルバと同じ福島出身。アララの弟は、2011年の東日本大震災で家と仕事を失い、深い絶望を経験したことがうかがえる。東京にいたアララは弟の苦しみを知ろうとするも、100%理解することはできない。

戦争と震災という、あまりにも甚大な被害を及ぼした歴史の転換点。そこで生きた人たちの人生はどう変わったのか。そして、困難の中にある人たち同士は寄り添いあうことで、どう立ち上がることができたのかーー。

多様な女性像や女性同士の絆という今日的なテーマ。そして、今日に至るまでの長い歴史を包括するようなスケールの大きな視点。その二つが交差することで、『その女、ジルバ』は重層的な物語になっている。

既婚と未婚、正規と非正規雇用、都会と地方、移民、セックスワーカー…。女性が抑圧されたり搾取されたりする問題にまで踏み込みながら、たくさんの女性たちの声を聞くことができるドラマは、とても稀有な存在だと思う。

シスターフッドは同じ時代を生きる人々の間だけではなく、歴史という縦軸にも広がっていて、それが今に繋がっている。『その女、ジルバ』は改めてそう思わせてくれる名作ドラマだ。