渋沢栄一の教えでわかるSDGsの極意 子孫が語る「いいお金の生かし方」

渋沢栄一が残した名著「論語と算盤」にはSDGsと通ずる思想がある。一人一人のお金の使い方を「Me」から「We」へ変われば、社会を変える大きな力となる。
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渋澤健さん
Hiroko Yuasa/Huffpost Japan

SDGs(持続可能な開発目標)と並んで、「ESG」との言葉をよく耳にするようになった。

売り上げや利益といった財務情報だけでなく、環境や社会への取り組みも重視する投資のことだそうだ。

なんだか小難しいし、私たち個人に関係する話なんだろうか……

金融のプロはどう考えているのだろう。SDGs投資」の著者であり、コモンズ投信会長の渋澤健さんは、一人一人の「お金の使い方」が「Me」から「We」に変われば、SDGsを実現するための原動力になると言う。

SDGsは壮大な「と」の飛躍である

渋澤さんは、日本の「資本主義の父」とも呼ばれる渋沢栄一の子孫で、自らも金融の世界を歩んできた。渋沢栄一が残した「論語と算盤」には、SDGsとの共通点があると、渋澤さんは考える。

「渋沢は『論語と算盤』の中で、『正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができない』と指摘しています。これは、まさにSDGsの「持続可能性(サステナビリティ)」の思想です」

渋澤さんが「論語と算盤」で最も注目するのは、タイトルにある「と」という言葉だ。

「渋沢は論語(倫理)と算盤(利益)を『と』の力で結びつけました。SDGsが目指す持続可能な未来も、『環境か経済か』といった二項対立の延長線上には描けません。『どちらか』を選ぶのではなく、『と』の発想で『どちらも』選ぶ。環境も経済も選ぶのです」

「『と』でつなぐことは時に矛盾が生じ、飛躍に見えるかもしれません。正しい答えがすぐに見つからないでしょう。それでも、あるべき未来を描き、『と』の力で矛盾や異分子を結びつけ、新たな化学反応が起きるよう試行錯誤する姿勢が大切です」

「SDGsは壮大な『と』の飛躍であり、見えない未来を信じる力が試されています。SDGsが掲げる『誰一人取り残さない』も、現時点で『できるかできないか』で考えれば、難しいことはたくさんあるでしょう。それでも『と』が生み出す『足し算』や『かけ算』によって、未来を変えることができます」

渋澤さんが指摘する「と」の発想。背景には、SDGsが解決しようとする地球的規模の問題は相互にからみあっているという、ともすれば見落とされがちな現実がある。

例えば、「冷房をつければ、健康は守れるが、温暖化の原因である二酸化炭素が排出される」というようなジレンマがある。こうしたジレンマは、個人の健康の問題と地球環境問題がつながっていることを私たちに教えてくれる。

だが、逆に言えば、ある課題に取り組むことが連鎖的に他の問題が解決するという希望でもある。公平で質の高い教育が、産業のイノベーションや雇用確保、そして貧困解消へとつながることもあるのだ。

まさに渋澤さんが指摘する「と」の力によって、SDGsは現実化していく。

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渋澤さんの著書「SDGs投資」
Hiroko Yuasa/Huffpost Japan

お金の使い方を「Me」から「We」へ

SDGsを実現するには、お金の力も必要だ。

渋澤さんは投資家の立場を利用してSDGsの達成を促進させることを「SDGs投資」と呼ぶ。それは、お金の使い方を変えることで、私たち一人一人も実践できることだと言う。

「渋沢栄一はお金について『よく集め、よく散ぜよ』と言います。『よく散ぜよ』とは無駄遣いとの意味ではなく、お金を社会に循環させるという使い方です」

「お金があれば欲しいものを買えるし、貯金で貯めることもできます。でもこれは、自分のために行われる『Me』視点のお金の使い方です。この『M』をひっくり返せば『W』となり、『We』という社会解決の視点となる。つまり、サステナブルな未来に向け、私たちはお金の使い方を『Me』から『We』に変える必要があります」

「日本人には『貯蓄が美徳』との価値観がある。家計資産に占める現金・預金の比率は、5割を超えます。タンス預金だけでも50兆円あります。仮に50兆円分の1万円札を丁寧に重ねて積み上げると、高さは500kmくらいで大気圏を越えてしまいます。経済的にも社会的にも役になっていないお金で、実にもったいない」

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渋澤さんの胸元にはSDGsバッジ
Hiroko Yuasa/Huffpost Japan

個人は「We」視点の投資を実践しよう

では、個人が実践できる「よく散ずる」「We視点のお金の使い方」とは何か。

「環境に配慮した服を買ったり、児童労働のないチョコレートを買ったりする『エシカル消費』も、『We』視点のお金の使い方です。また、社会をよりよくしようと活動する団体に寄付する方法もある。そして、寄付の力を最大限引き出すのが、投資です」

「日本では、投資に対し、汗水流して働かずにあぶく銭を得るような印象を持つ人が多い。でも、投資とは企業を応援することです。企業は、顧客や社員に価値を生む『ありがとう』の連鎖で成り立っています。投資が、この『ありがとう』の連鎖をより強くし、よりよりサービスや商品をつくる原動力になるのです」

個人へ勧めるのは、「We」視点の投資だ。

「例えば、脱炭素を進める企業の株を買う方法もありますが、個別株はハードルも高いかもしれない。誰でもできる投資は、積立投資です。サステナブルな企業に投資するような理念を持つ運用会社の投資信託を選び、毎月5000円でいいから投資する」

「目先の株価の変動に惑わされず、長期視点で20年、30年と続ける。もちろん、投資ですから『絶対に利益が出る』わけではありませんが、時間を味方につけることでしっかりと花が咲く可能性も高まります。そして、こうしたサステナビリティの視点から投資する人が増えれば、企業も変わらざるえません」

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渋澤健さん
Hiroko Yuasa/Huffpost Japan

サステナブルな未来へ「三方よし」では不十分

企業には「と」の発想で、「よそ者・若者・バカ者」という異分子の意見をどんどん採用してもらいたいと渋澤さんは言う。

「ベトナムで計画されている火力発電所の建設を巡って、事業に出資する企業に若者が抗議するニュースがありましたが、心強いなと感じました。今の10代、20代はSDGsの目標年である2030年には、社会の最前線で活躍しているでしょう。だから、私たち年配者よりも、よりリアルな問題として感じられると思います。そんな若者たちの価値観を大事にして、その思いを実践していかないといけない。私が批判された企業の経営者なら、こうした若者を採用しますね。『うちに入って、企業文化を変えてくれ』と」

SDGsを語るとき、日本企業には「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の経営哲学が根付いているから、SDGsは不要といった意見がある。だが、渋沢さんは「三方よしだけでは不十分だ」と言う。

「SDGsは持続可能な社会の実現を目指します。それは数字によって『測定』されなければいけません。『三方よし』の売り手のよしは測定しやすい。買い手のよしもある程度測定できるでしょう。でも、『世間』とは何でしょうか? 誰を指しているかも不明です。SDGs実現には、透明性や比較できるデータが必要です。気概にとどまる『三方よし』では不十分で、取り組みがきちんと測定される必要があるのです」

SDGsが今、企業のPRとして活用されている面がある。だが、それだけでは、うわべだけの「SDGsウォッシュ」につながる恐れがある。求められるのは、本質的な取り組みだと、渋澤さんは考える

「SDGsが企業のブランディングやマーケティングに活用されるレベルでは、ただのお化粧でしょう。経営者はSDGsの17目標と、会社の理念を接続させ、インパクトをきっちり測定していく。従業員の健康や、環境や社会への配慮をコストではなく、将来への投資ととらえる。そんな企業が消費者や投資家の支持も得て、生き残っていくのだろうと考えます」

渋澤健                              1961年生まれ。シブサワ・アンド・カンパニー代表取締役。米ヘッジファンドの日本代表を経て、2001年に独立。07年にコモンズを設立し、08年にコモンズ投信会長に。渋沢栄一の5代目子孫