教師と生徒、スポーツ指導者と教え子、上司と部下、施設職員と入所・通所者――。
現在の刑法では、こうした地位や立場の上下関係を利用した性暴力に関して規定がなく、性犯罪被害として認められないケースが多く発生している。
地位や関係性に乗じた性暴力への刑罰を、法律にどのように盛り込むべきか?法務省の検討会で、刑法改正の議論が大詰めを迎える中、最大の論点の一つになっている。議論のポイントをまとめた。
「暴行・脅迫」なくても抵抗できない
刑法の強制性交等罪は、「暴行または脅迫」を用いることを犯罪の成立要件としている。
実際には、明らかな暴行や脅迫がなくても、立場の弱さや利害関係などが利用された場合には被害者が抵抗できず、性暴力を受けるケースが後を絶たない。
性犯罪に関する刑法は2017年、110年ぶりに改正され、「監護者等性交等罪」が新設された。これにより、18歳未満の子どもに対し、親など「現に監護する者」が影響力があることに乗じて性交などをした場合は、暴行や脅迫がなくても処罰の対象になった。
ただ、この「現に監護する者」の範囲が狭いことや、18歳以上の被害は対象にならないという問題は積み残されたままだった。教師や雇用主などが地位を利用した場合は「監護者」に当たらず、現状で適用されない。暴行・脅迫の認定のハードルは極めて高く、被害者が救済されない問題が生じている。
「信頼」を利用した性暴力の実態
教師による力関係を利用した性暴力の実態は、徐々に明らかになっている。
中学在学中から、男性教師による性暴力被害を受けたフォトグラファーの石田郁子さんが実施したアンケート(2020年7月)で、教師から性被害にあったという回答は149件あった。
そのうち、性暴力のきっかけや継続する原因について、「暴力や脅迫」は1割未満にとどまった。
石田さんは分析結果で、「大半の性暴力は教師という信頼を利用され、警戒心を持たせないばかりか、教師の言うことが正しいとさえ思い込まされるので非常に悪質である。教員という立場が性暴力に利用されている」と指摘している。
検討会、どんな意見が出ている?
地位・関係性を利用した犯罪を処罰するために、新たな規定を設けるべきか?
刑法学者や実務家、性被害の当事者団体の代表などでつくる法務省の検討会では2020年6月以降、刑法改正に関する議論が重ねられてきた。
地位・関係性の犯罪類型をめぐる論点は、大きく分けて
(1) 被害者が一定の年齢未満である場合
(2) 被害者の年齢を問わない場合
の二つがある。
(1) 被害者が一定の年齢未満である場合
被害者が中学生以下など一定の年齢を下回り、かつ被害者に対して一定の影響力を持つ者が性的行為をした場合は、どう規定するべきか?
検討会では、教師などが加害者の場合に関して
・「支配従属関係にある教師やスポーツの指導者などによる性被害を訴えることは、居場所を失い、社会的生存が脅かされること」として、教師などが中高生に性的関係を強要する行為は「監護者性交等罪と同様に処罰すべき」
・「教師は、教員免許に基づいて、子どもにとって家庭生活に次いで比重の大きい学校生活を預かっており、子どもに対する責任・影響力は大きい。さらに、教師による行為は継続するおそれがある」ため、少なくとも中学校の教師による性行為は監護者と同じように処罰されるべき
といった、「地位・関係性」を利用した性犯罪として新たに類型を設けることに肯定的な意見が上がった。
一方で、
・「児童との関係性は多様で影響の程度に濃淡がある。教師やコーチによる児童との性的行為を一律に処罰することには疑問がある」
・「学校の先生やコーチとその生徒などとの関係は非常に不定型でグラデーションがあるため、そのような関係にあるだけで処罰する規定を作ってはならない」
などと類型の新設に否定的な意見もある。
性暴力問題に詳しい寺町東子弁護士は「基本的には、影響力のある立場の人が、18歳未満の人に対して性的行為を持ちかけるべきではない」と主張する。
一方で、「『恋愛の自由がある』『真摯な恋愛の結果、性的行為に及ぶこともある』といった見方から、高校生と教師との恋愛を処罰できないと考える人は一定数いる」と指摘。
寺町弁護士は、「孤立している生徒に、教師が地位を濫用して近寄り、恋愛と思い込ませることは容易にできる」と反論。
その上で、「例えば16歳未満の子どもとの関係では、教師を含む成人からの行為は、仮に子どもの同意があったとしても絶対的に処罰する。高校生との関係では、有効な同意と言えるかを吟味して処罰する、という規定の切り分けは考えられる」と提案する。
(2) 被害者の年齢を問わない場合
二つ目は、「被害者の年齢に関係なく、被害者との地位の優劣や関係性などを利用して行った性行為を罰する規定を新設するべきか?」という論点だ。
成人であっても、上司や雇用主、取引先など立場が上の者による性暴力は発生している。
一般社団法人「Spring」が2020年に実施したアンケート(有効回答数5899件)では、加害者との関係別では教職員が118件、上司223件、取引先146件だった。
検討会では、
・「少なくとも、相手の人生や将来、経済状態などを決定する権限のある人たち、相手に力を行使したり、その人たちの生活、生命、精神状態を左右できたりする立場の人たちによる性暴力は、きちんと罰することが必要」
・「上司と部下、施設職員と通所者・入所者などの間において、上位の地位にある者が、下位の地位にある者に対し、影響力があることに乗じて性的行為をした場合を処罰する規定の創設が必要」
といった積極的な意見があった。
これに対し、
・「本来処罰されるべきではないケースについても処罰される危険がある」
・「(被害者が)成人の場合は、脆弱性がないため、関係性だけを要件として処罰することとなると、その関係性では性的行為を控えるべきという社会倫理的な規範になる恐れがあり、妥当ではない」
など慎重な発言もある。
海外での刑罰は?
海外では、地位・関係性を利用した性暴力の処罰について刑法で定めている国もある。
アメリカ・ミシガン州、ドイツ、フィンランドなどは、教師・生徒の関係を要件とする規定がある。
フランスは、教師・生徒以外の力関係の性犯罪についても刑法で定めている。職務上の権限がある者が権限を濫用した場合や、経済的または社会的地位が不安定であるため、著しく脆弱な状態にあることが明白である人に対する性的な攻撃をした場合、刑を加重する規定がある。
法務省の検討会は3月8日、第13回の会議が開かれる予定。検討会で改正が必要だと判断された論点が、2021年度の法制審議会に取り上げられる。
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)