なぜ、性犯罪の刑法改正が必要なの? いま知ってほしいこと、わかりやすく解説

明治時代に制定されてから変わっていない「性的同意年齢」、被害者に高いハードルを強いる「暴行・脅迫」要件など。いま議論されていることを解説します。
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Miyuki Yamamoto / HuffPost Japan

性犯罪の刑法改正について議論する法務省の検討会が、大詰めを迎えています。いまの法律は被害の実態に合っておらず、加害者が罪に問われないケースが出ている――。そうした現状から、法改正を求める声が上がっています。

これまでの歩みや、いま議論されていることについて解説します。

 

なぜ刑法改正が必要なのか

性犯罪に関する刑法は、2017年、大幅に改正されました。改正は1907年(明治40年)の制定以降初めてで、実に110年ぶりのことでした。

改正により、暴行や脅迫を用いて性行為をする「強姦罪」は「強制性交等罪」と名称が変わり、最も短い刑の期間は3年から5年に引き上げられました。従来は被害者は「女性のみ」が対象となっていましたが、被害者の性別を問わなくなりました。

また、親などの監護者・保護者が、影響力を利用して18歳未満の子供とわいせつな行為や性行為をした場合に処罰される「監護者わいせつ罪」と「監護者性交等罪」なども新設されました。

しかし、2017年の改正時には実現しなかった課題も積み残され、3年後(2020年)に見直しをするとの付帯決議が付け加えられました。 

法律が“壁”となり、救済されない被害者は今でも多くいる。その実態から、さらなる法改正を求める声が上がっています。

 

2019年に相次いだ4件の無罪判決

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2019年6月に東京駅で行われたフラワーデモ
Getty Images

法改正を求める声は、2019年3月に4件の無罪判決が相次いだことでさらに高まります。

 

(1)名古屋地裁岡崎支部の判決

当時19歳だった実の娘への性的暴行で父親が準強制性交等罪に問われた事件。名古屋地裁岡崎支部は、娘が中学生のころから同意のない性行為を強いられていたと認めながらも、「被害者が抗拒不能の状態にあったと認めるには合理的な疑いが残る」として、父親に無罪を言い渡した。

その後、名古屋高裁は一審判決を破棄し、懲役10年の逆転有罪とした。最高裁は上告を破棄し、二審判決が確定した。

(2)静岡地裁の判決

当時12歳だった長女に性的暴行を加えたなどとして、強姦と児童買春・ポルノ禁止法違反の罪に問われた男に対し、静岡地裁は「被害者の証言が信用できない」として、無罪を言い渡した。

2020年12月の控訴審判決で、東京高裁は一審静岡地裁判決を破棄し、懲役7年を言い渡した。

(3)福岡地裁久留米支部の判決

テキーラを飲んで酩酊状態にあった女性に性的暴行をしたとして、会社役員の男が準強姦罪に問われた事件。2019年3月、福岡地裁久留米支部は、女性が抵抗できない状態であったことは認めたが、被告人が「そのことを認識していたと認められない」として、無罪を言い渡した。

2020年2月の控訴審判決で、福岡高裁は一審判決を破棄し、懲役4年の実刑判決を言い渡した。 

(4)静岡地裁浜松支部の判決

女性に乱暴し、けがを負わせたとしてメキシコ人男性が強制性交致傷の罪に問われた事件。静岡地裁浜松支部は、被害者が「頭が真っ白になった」などと供述したことから、女性が抵抗できなかったのは精神的な理由だとして「被告から見て明らかにそれとわかる形での抵抗はなかった」と認定し、無罪を言い渡した。

 ◇

これらの無罪判決は大きな批判を呼び、全国各地で性暴力に抗議するフラワーデモが開催されるきっかけとなりました。

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2019年6月、東京駅で行われたフラワーデモより
Reuters

 

性暴力のほんの一部しか「性犯罪」として処罰されていない

こうした無罪判決が浮き彫りにするのは、あらゆる性暴力のうち、加害者が処罰の対象となるケースはほんの一部だということです。

無罪判決だけではなく、加害者が不起訴処分となり刑事裁判にかけられなかったり、警察で被害届が受理されなかったりするケースも多く起きています。

そもそも、被害者の多くが警察に被害を届け出ることができない、というのが現状です。

一般社団法人「Spring」などが性被害経験者を対象に実施した調査(2020年、5899件の回答)では、被害者のうち、83.8%(4944件)が警察に被害を相談していなかったことがわかっています。警察に相談した人(894件)のうち、約半数が被害届を受理されなかったと回答しました。

内閣府は、性暴力や性犯罪について、「望まない性的な行為は性的な暴力にあたります」と定義しています

しかし日本の現状は、「性暴力」という言葉と、加害者が罪に問われる「性犯罪」という言葉の間に大きな隔たりがあり、性暴力の中のほんの一部だけが「性犯罪」として処罰の対象になっているのです。

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「刑法改正市民プロジェクト」1月28日のオンラインイベントより
Spring

 

法改正をめぐり、いま議論されていること

被害者支援に関わる団体や専門家は、こうした現状を変えるために、さらなる法改正が必要だと訴えています。

法務省では2020年6月から、刑法について議論する検討会が開かれています。検討会は山場を迎えており、3月8日に第13回の会議が開かれる予定です。

この検討会でさらなる改正が必要だと判断された論点が、次のステップとなる来年度の法制審議会に取り上げられることとなります。

検討会では、以下の点などについて話し合いが進んでいます。

  • 「暴行」「脅迫」「抗拒不能」要件の撤廃または拡大
  • 性的同意年齢13歳の引き上げ
  • 「地位・関係性」を利用した性犯罪規定の対象を広げ、教師やコーチなどを含めるかどうか
  • 公訴時効を撤廃もしくは延長
  • 配偶者間の性暴力に対する処罰規定
  • 膣、肛門、口腔への男性器の挿入」が要件となっている、強制性交等罪の「行為」の範囲の見直し
  • 被害者を撮影する行為や画像を流出させる行為の処罰規定

上記の論点のうち、

「暴行」「脅迫」「抗拒不能」要件の撤廃
②性的同意年齢の引き上げ
③地位関係性を利用した処罰対象の範囲

の3点について、解説します。

 

①「暴行」「脅迫」要件の撤廃または拡大

✔︎ポイントは?

現行の強制性交等罪は、「暴行・脅迫」があったこと、準強制性交等罪は「心神喪失」または「抗拒不能」に乗じて性交をしたことなどを罪の成立の要件としています。

この暴行・脅迫の程度は、「被害者の反抗を著しく困難にする程度」だと認定されなければならず、被害者は強く抵抗したことなどを証明しなくてはなりません。

この「暴行・脅迫」要件が、被害者の心理を考慮しておらず、加害を問うのに高いハードルになっているとして、被害者支援団体からは撤廃または拡大を求める声が上がっています。

支援者が求めるのは、この「暴行・脅迫」の要件を撤廃した上で、相手の同意を得ていない典型例として「威迫、不意打ち、偽計、欺罔、監禁」などの要件を加えること。また「抗拒不能」の要件に、無意識、薬物、洗脳、恐怖、障害、疾患」などが含まれることをを明確化すること。 

さらに、同意のない性交を罪に問えるように、「意思に反する性的行為」を処罰の対象とする不同意性交等罪を創設するよう求めています。

 

✔︎世界では、同意の有無を中核とした規定(「No Means No」または「Yes Means Yes」)が進んでいる

「性的同意」とは、性行為において、相手の意思をお互いに確認すること。

国連などが定めた国際人権基準では、性暴力をめぐる刑法について、「暴行または脅迫の有無」ではなく、「同意の有無」を中核に置くべきだとしています。つまり、同意のない性行為を犯罪とするべき、ということです。

欧州各国をはじめ世界では「No means No」型への法改正が進んでおり、イギリス、カナダ、ドイツなどがこのモデルを採用しています。

さらに、先進的と言われるスウェーデンの刑法は、「Yes means Yes」型と呼ばれています。「Yes」という積極的な同意がない性行為はすべて性犯罪とみなされ、犯罪が成立するかどうかは、被害者が「自発的に性行為に参加したか否か」によって決まります。

その認定は、言葉や態度などの方法によって判断されます。

日本学術会議は、日本の刑法がこうした世界の動きに比べて遅れをとっているとして、「同意の有無」を刑法の中核とするよう提言しています。

「暴行又は脅迫」要件の「反抗を著しく困難にする程度」については、解釈基準がきわめて不明確である上、「反抗の程度」に着目する視点自体が、被害者の「凍り付き現象」や「顔見知りの間での犯行が多い」という性犯罪に関する最近の研究成果を十分に反映しているとは言いがたい。

一方、「同意の有無」を中核とした場合には、あくまで「同意の有無」を中心として、それにつながる客観的な行為態様や状況を判断基準とすることで、「同意のない性行為」を犯罪として評価するというメッセージを一般人にも、司法関係者にも伝えることができる。犯罪成否の線引きが明確になって、客観的な判別が可能となる。

日本学術会議『「同意の有無」を中核に置く刑法改正に向けて ―性暴力に対する国際人権基準の反映―』より

 

✔︎「同意のない性行為を犯罪に」慎重派の意見は?

刑法学者や実務家、性被害の当事者団体の代表などが参加する法務省の検討会では、この「同意の有無」を要件に加えるかどうか、議論が続いています。

「不同意性交等罪」の新設には、慎重な意見も上がっています。

その理由として挙げられているのは、「同意のないこと、不同意という言葉は『曖昧』であり、その中には処罰すべきかどうかについて意見の分かれるものも含まれてくる」「性行為において一方は嫌だったが一方はそう思わなかったというボタンのかけ違いはどうしても起きてしまう」、といった意見です

新設に賛同する専門家は、どこまで処罰すべきか踏み込んだ議論が必要だとした上で、そもそもの問題として、「同意のない性行為は、性行為ではなく暴力だということが理解されていない」などと指摘。

性暴力問題に詳しい弁護士の寺町東子さんは、同意のない性行為を犯罪とすることは、被害者が門前払いされてしまうケースをなくし、回復のための必要な支援につなげる効果があると話します。

「法務省の実態調査ワーキンググループによる不起訴事例や無罪事例の調査では、不起訴事例の中に、強制性交等罪が380件挙げられていましたが、その中で暴行脅迫を認めるに足りる証拠がない』と認定されたのが180件、『暴行脅迫が反抗を著しく困難にさせる程度であったと認めるに足りる証拠がない』と認定されたのが54件。暴行脅迫要件があるがゆえに起訴されなかった事例が相当数含まれていました」(寺町さん)

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「刑法改正市民プロジェクト」オンラインイベントより

✔︎「緩やかに法解釈をすればいい、ということではない」

2019年3月に相次いだ4件の無罪判決のうち、3件は控訴審で一審判決が破棄され、逆転有罪となりました。この結果は多くの人を安堵させましたが、一方で、裁判官によって「暴行脅迫」要件の解釈に「ばらつき」が生じている状況は変わっていません。

寺町さんはこう指摘します。

「暴行脅迫要件を緩やかに解釈することで処罰すべきケースは適切に処罰されているという意見もありますが、適切に処罰されているのは、海の上に出ている氷山の一角。起訴された事件の中の話です。それより手前の、海の中に潜っている部分、不起訴になっている事例や、警察の間口で『暴行脅迫』を文言通り国語的に捉えられ、『暴行されていないでしょ、脅迫されていないでしょ』と言われて門前払いされている案件も山ほどある。

このことによって被害者は自分の被害を被害と認識できない、支援に繋がれないという問題があります。不同意の性交が犯罪なんだということになれば、被害者が被害と認識する、支援につながる、そういうことによって被害者が回復の道筋に乗っかっていけるというのは、すごく大切なことだと思います」

「また、中学生に『何が罪ですか』と教えるときに、『同意のない性行為は犯罪ですよ』と教えるのか、『同意がなくても暴行脅迫がなければ犯罪じゃないんだよ』と教えるのか。そこが問われているのではないかと思います」

 

②性的同意年齢を13歳から引き上げるかどうか

また、検討会では「性的同意年齢」を13歳から引き上げるかどうか、という点についても議論が続いています。 

同意年齢とは、性行為をするか否かを自ら判断できるとみなされる年齢の下限のこと。この年齢に達しない子どもと性行為を行った場合は、同意や暴行脅迫の有無を問わず、加害者は処罰の対象となります。

日本の現行法の同意年齢は「13歳」

つまり、13歳以上への性的暴行は、強制性交等罪などの要件となっている「暴行や脅迫」があったことや、被害者が抵抗したことが立証できなければ、加害者を罪に問うことはできません。明治時代に制定されたまま、100年以上変わっていません。

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世界各国の性交同意年齢(性的同意年齢)
Miyuki Yamamoto / HuffPost Japan

世界では性交同意年齢の引き上げが進んでおり、日本の13歳は低すぎるとの指摘が相次いでいます。さらに、文科省が定める日本の小中学校の学習指導要領では、性交については「教えない」こととなっており、子供たちは性交のリスクなどを十分に学ぶ機会を得ていません。

刑法改正市民プロジェクトは、義務教育年齢の子供を保護するため、同意年齢を「16歳」に引き上げるように求めています

検討会では、年齢を16歳に引き上げた場合、14歳や15歳など同世代同士の恋愛に基づく性交やキスなどの性行為も違法になりかねない、と懸念する意見も上がりました。

こうした意見に対し、年齢の引き上げを求める専門家は、行為者と被害者との間の「年齢差要件」を設けることで、一定の年齢差がある場合に処罰対象とすることなどを提案しています。

 

③「地位・関係性」を利用した性暴力の規定に、教師やコーチなどを対象とするかどうか

2017年の改正で新設されたのが、「監護者性交等罪」と「監護者わいせつ等罪」です。

これにより、18歳未満の子どもに対し、親など「現に監護する者」が影響力があることに乗じて性交などをした場合は、暴行や脅迫がなくても処罰の対象になりました。

しかし、この「現に監護する者」の範囲が狭いことや、18歳以上の被害は対象にならないという問題は積み残されたままです。

教師やスポーツ指導者、上司、施設職員など、こうした地位や立場につく者も処罰の範囲内とするか、検討会で議論が続いています。