ミャンマーの日本企業は抗議の声を上げるべきか?クーデターがビジネス界に突きつけた「国際人権」問題とは

SDGsが広がっている2021年だからこそ。国際人権は、ビジネスパーソンも無視できない。
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編集長コラム
ハフポスト日本版

朝のNHKのニュース(2月25日『おはBiz』ミャンマークーデター 日本企業への影響は)を見て、疑問を感じた。

ミャンマーのクーデターが、現地の日本企業のビジネスに与える影響を報じた後、アナウンサーの高瀬耕三さんがこう締めたのだ。

「コロナという『まさか』に加え、クーデターという『まさか』が起きたわけですね」

経済成長が続くミャンマーに進出している日系企業は400社以上。高瀬さんが「まさか」と言うように、企業にショックが広がったことは確かだが、そんな風に受け身の姿勢で、驚いているだけで良かったのだろうか。

放送から3日経った2月28日、ミャンマーでは治安部隊による発砲などで少なくとも18人が死亡した。ミャンマーの軍事政権に対して、日本政府のみならず、現地の日本企業は抗議の声を上げるべきではないか。

こういうときに、どういうスタンスを取るのか。国際社会やミャンマー市民は見ているはずだ。

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ミャンマーの最大都市ヤンゴンで、アウンサンスーチーさんの解放を求める抗議デモ参加者(2月16日撮影)
時事通信社

 

日本企業が進出した国で人権侵害。声を上げるべき?

ミャンマーでは2月1日、国軍がクーデターを起こして権力を握った。国家顧問兼外相で、民主化のリーダー(注1)のアウンサンスーチーさんも拘束した。国軍は昨年(2020年)の総選挙で不正があったとして「やり直し」を主張している。

注1: 近年、少数派イスラム教徒ロヒンギャへの対応をめぐって批判もされている

「現地では100万人を超える市民たちが立ち上がって、クーデターに抗議しています。公務員や医療従事者までが職場を放棄して、抗議活動に関わっている」

「私の元にもFacebookのメッセンジャーを通して、『この問題を日本のみんなに伝えて欲しい』という悲痛な叫びが寄せられています。これまでの経済成長に対する日本のコミットに感謝し、頼りにしている人もいる。何かできることはないか、と胸が苦しくなる」

ミャンマー支援に携わったある駐在員経験者に話を聞くとそんな答えが返ってきた。

デモへの弾圧は激しさを増し、市民は、治安部隊に殴られたり、拘束されたりしている。国軍側は自分たちのことを「軍事政権」と報じるのも誤りだとメディアに向かって主張。Facebookも規制し、表現の自由を制限する姿勢も見せている。

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キリンの看板を掲げているミャンマー・ヤンゴンのバー(2月5日撮影)
時事新聞社

こうした「人権侵害」に対して、現地に進出している日本の企業は何が出来るのだろうか。

実は、国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」は、クーデターが起こる8ヶ月前の2020年6月、ほかの3団体と共同で、現地に進出している大手ビールの「キリンホールディングス」に向けて声明を出していた。

少数民族に対する人権侵害に関わっていたとされるミャンマー国軍と関係がある企業を合弁事業提携先としていたため、「軍と関係を断つべきだ」という内容だ。

キリンはクーデター発生後、提携解消を発表。これからの日本企業は、経済的リスクのみならず、人権問題にも向き合っていかないといけない。そんな現実が改めて浮き彫りになった。

 

SDGsには「人権」のことが書かれている

最近は多くの企業の間で、SDGsへの取り組みが広まってきている。

環境問題への対応や、カラフルな17の目標のロゴが注目されているが、その前文には「すべての人々の人権を実現」という言葉が明記されている。

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17の目標
Huffpost Japan

ヒューマンライツ・ナウの事務局次長でもあり、「ビジネスと人権」の国際的な議論に詳しい佐藤暁子弁護士はこう話す。

「人権はすべてのベースにあります。それは企業活動においても例外ではありません。日本で『人権』という言葉は、抽象的で曖昧な使われ方をすることが多いですが、ビジネスとの関連は広範にわたり、だからこそ企業は人権と真正面から向き合う必要があるのです」

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佐藤暁子さん
本人提供

 

佐藤弁護士によると、「人権」という言葉は、歴史的背景から市民と国家の関係において、個人の自由を保障する国家の義務として発展してきた。

しかし、企業が国境を超えてビジネスを行い、国家予算並みのお金にかかわる企業も出てくるなか、その巨大なパワーによって人権侵害に加担してしまうこともある。逆に解決に導くこともできる。

そのため、ビジネスの文脈でも「人権」が課題として議論されることが増えたという。

特に2011年に「国連ビジネスと人権に関する指導原則」が採択されたことが大きい。 

会社で働いている人たちが危険で不当な条件で仕事をしていないか。ビジネスを通して、市民の自由を制限する政権との関連取引が発生し、人権侵害に加担していないか。厳しくチェックをすることが求められる。

企業の財務状態とともに、事業活動が与える人権へのリスクを特定して、その問題に取り組むための「人権デューデリジェンス」を法制化する動きも広がってきた。

欧州の動きが特に活発だ。イギリス政府は、中国の新疆ウイグル自治区で強制労働の関与が疑われる商品の規制を強化。原材料の調達の際に注意義務を怠った企業には罰金も科す方針だ。

そして人権「侵害」をしないことはもちろんのこと、社会的な問題が起きたら、企業が「声を上げる」ことも大切になってきた。黒人差別に抗議する「Black Lives Matter」に賛同した、Netflixやナイキがそうだった。

 

弁護士「クーデターが起きたら、日本企業も声を上げよう」

「ミャンマーに進出している日本企業は、クーデターが起きた時に、民主主義、人権を何よりも大切だと次々と声をあげ、ミャンマーの人々への支援の意思を明確に示すべきではないか」

「1社で難しいなら商工団体など企業同士がグループを作って抗議をしてもいい。そしてそうした環境づくりのためにも、日本の政府は軍や人権侵害に対する厳しい姿勢を示すべきだ。これまで企業の経済進出やミャンマーの経済発展を後押ししてきた日本だからこそ、その責務がある」

佐藤弁護士はそう指摘する。

リンクルージョン株式会社のようにネットでメッセージを発信する日本企業も出てきている。どのような姿勢で企業を経営しているのか。ミャンマーのことをどう思っているのか。現地の人は見ているはずだ。

これまで「人権」という言葉は日本のビジネスの現場ではあまり使われてこなかった印象がある。

試しに「人権ってどういうイメージがありますか?」と私の周りの会社員らに聞いてみたところ、「とても大切なことだけど、学校で校長先生が言ってそうなこと」「弁護士さんでない限り、自分の仕事には、あまり関係ないこと」という反応だった。

今回、クーデターや市民への暴力が起きているミャンマーは、少し前までは「アジアの最後のフロンティア」というビジネスチャンスの場として語られることが多かった。

私の手元にある東南アジアのビジネスを日本人向けに漫画で解説する本を開いてみた。ミャンマー民主化直後の2012年に発行されたものだ。こんな言葉が綴られている。

「日本企業にとっては最後のフロンティアだ ミャンマーに急げ」

規制緩和などで投資が流れ込み、経済成長を続けているミャンマー。人口も5000万人を超えている。

冒頭のNHKのアナウンサーの「まさか」という言葉は、クーデターが起こる前の日本企業の期待感の「裏返し」であったのかもしれない。

しかしながら、「ミャンマーに急げ」とは異なる現実が浮き彫りになった現在、そしてSDGsが広がっている2021年だからこそ、日本のビジネス界も、人権という言葉を自分たちの中で問い直し、人権問題と真剣に向き合うべき時が来ているのだ。

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huffpost

ハフポストは、新企画「SDGsで世界をリ・デザインする」をはじめました。

貧困、環境問題、ジェンダー不平等…。さまざまな社会課題は、お互い複雑に絡みあってます。ビジネスの力で解決を望んでも、何かにチャレンジすると、短期的に別の問題を引き起こすことも…。”あっちを立てれば、こっちが立たず”です。こうした「ジレンマ」について知り、社会を前に進めていくために。企業や、働く私たちができること・やるべきことについて考えます。