上野千鶴子さんに僕が聞いたこと「どうすれば自由に、幸せに働けますか?」

女性学のパイオニアである上野千鶴子さんに、仕事と子育ての両立に苦しんだ男性の目線から、幸せな働き方のヒントを聞きました。
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上野千鶴子さん
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社会学者の上野千鶴子さんとライフネット生命創業者の出口治明さんが、働く人が自由になる社会について考えをめぐらす新著『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』(祥伝社)。

そのなかで、上野さんは「男性も重荷を背負わなくてよくなればいいし、女性ももっと自由に生きられるようになればよい」と語り、出口さんは「性別フリー、年齢フリー、国籍フリーで働くのが、これから社会が目指すべき働き方」と語る。

上野さんが、2019年の東大入学式で「頑張ってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています」と現代日本の不平等を説いたスピーチは、私たちの記憶に新しいところ。本著のなかでも「女性にとっては、労働状況は変わっていないどころか悪化しています」と語り、不平等に警鐘を鳴らしている。  

では、どうすれば私たち、とくに女性は幸せに自由に働けるのだろう。

保育士の妻とともに働きながら小学生の娘を育て、過去には育児との両立で体調を崩し会社勤めを辞めた経験をもつ筆者が、上野さんにそのヒントを聞いた。

 

女性の犠牲のもとに成り立ってきた「日本型雇用」 

━━いまの日本の働き方における課題は何でしょうか?

「日本型雇用」を変えられないことです。つまり、新卒一括採用、終身雇用制、年功序列給などです。そして、その「日本型雇用」は女性の犠牲のもとに成り立っていました。

1985年の男女雇用機会均等法以来、労働側は譲歩に次ぐ譲歩を強いられました。日本の経営者は老獪(ろうかい)ですよね。均等法ができるときに、ほとんどの女性団体が「こんな法律ならいらない」と反対にまわったことを、いまの若い人たちはほとんど知らないかもしれませんが、労使の間ではずっと攻防があったんです。 

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上野千鶴子さん
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━━1985年に制定された均等法が、現在の女性を取り巻く環境、賃金格差にもつながっているのですか?

男女雇用機会均等法では、平等か保護かの二択が女性に迫られました。それ以前、女性には生理休暇を取得する権利や深夜労働、危険有害業務の禁止規定などがありましたが、「平等が欲しければ保護を捨てろ」と捨てさせられたのに、代わって与えられたのは実効性のない名目だけの平等でした。

それだけでなく、社会政策学者でジェンダー研究でも知られる大沢真理さんが当時「この法律(均等法)はテーラーメイドだ」と表現しましたが、まったくその通りです。

総合職として男性と同じ条件で、身に合わない紳士服を無理やり自分の身体に合わせることのできた女性だけが働けるという、男性標準の平等です。

その後、皮肉なことに、均等法の適用を受けない非正規の女性労働者が労働市場には膨大に増えました。

非正規労働は、かつて女性だけの問題だったときには社会問題になりませんでしたが、いまでは男性も含めた格差となったことにより、社会問題になってきました。

 

ジェンダーギャップ指数121位には痛恨の思い 

━━何が日本において極端な格差を生んできたのでしょうか? 

私はジェンダー差別を組み込んだ、「男性稼ぎ主モデル」が原因だと思っています。つまり日本型雇用は、男性を大黒柱に仕立て、女性に女性向けの家計補助型労働をあてがうことで、労働市場から組織的・構造的に女性を排除してきたのです。 

ネオリベこと、ネオリベラリズム(新自由主義)改革のターニングポイントに、1995年に日経連(のちの経団連)が発表した「新時代の『日本的経営』」があります。

経営者に都合のいい派遣、契約、請負、パートといった労働力を「雇用柔軟型」と呼び、政財界がこれでいこうと合意し、それに労働組合が乗っかりました。私はこれをオヤジ連合と呼んでいます。 

そのあたりから、女性だけでなく男性、外国人も含めて、製造業の派遣がすごく増えました。使い捨て労働力に政府がGOサインを出したんです。

いままさにコロナ禍でもそうですが、賃金抑制の調節弁として非正規労働者が使われています。日本はOECD諸国のなかでトップとボトムの格差がアメリカに次いで2番目に大きい格差社会になりました。つまり、「格差OK」とGOサインを出したのが95年のレポートなのです。 

ジェンダーギャップ指数2019において日本は121位でした。痛恨の思いです。すでにG7最低ですが、次はもっと下がるでしょう。男女間の賃金格差は広がり、出生率も下がると思います。

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上野千鶴子さん
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「ワンオペ育児」という言葉の登場に感動した

━━働き方の問題と家族の問題は強く結びついています。例えば「ワンオペ育児」といった問題は、昨今顕在化しています。

明治になって、国民国家と家族制度をセットにして、近代家父長制を強化しました。「男は仕事、女は家庭」の性別分業が成り立ったのは、近代家族の成立以降です。

当時は、家族を取り巻く血縁・地縁の共同体が家族の外側にありましたが、これを解体していったのが近代化です。その結果、小規模な核家族がどんどん孤立していきました。

昔なら子育てはシェアできたんですが、現代は家庭の中で母親以外に子育てをする人がいない密室育児、孤立育児になりました。

「ワンオペ育児」という言葉が出てきたときに私は感動しました。なぜなら、「それっておかしいじゃない?」という価値観がそこに付与されたからです。

ちなみに、私たち研究者が使う概念は「不払い労働」(家事や育児、介護など賃金が払われない見えない労働)です。「不払い労働」と言うと、「不当だ」と怒りが湧いてきますから。

 

━━女性にとって働きづらく、かつ産みづらい社会になってしまっています。

産むだけなら、女性にとって妊娠・出産は大してハンディにはなりません。しかし、出産後のケア、つまり育児は長期にわたって継続します。

ただ、育児の多くはアウトソーシングできますし、父親だって産む以外のことは全部できます。にも関わらず、「ケアする性」という刷り込みを社会として強化し、女性はケアを押し付けられています。

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上野千鶴子さん
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本物の危機が来たときに手遅れにならないように 

━━「仕事」と、子育てや介護といった「ケア」をどんな性でも両立できる、つまり私たちが自由に働くためにいまの社会で何ができるでしょうか?

正規労働は所定の時間を売り渡すことで雇用契約を結び、労働力再生産費用に見合う賃金を受け取るわけですが、でも何で週40時間を会社に売らないといけないのか? と考えたことはないでしょうか。

太陽の昇る人生のプライムタイムを仕事だけに使うなんて、もったいないと思いませんか? ヨーロッパでは、週35時間で正規雇用のところもあります。

話は遡りますが、産業革命の初期の頃、1日14時間労働というのがありました。資本家が労働者を限界まで働かせたんですね。

19世紀に10時間労働法(アシュリー法)ができて、それが8時間労働になり、週休1日、半ドン(午後半休)、週休2日、そして週40時間労働になったのがいまです。それらは全部、労使交渉の結果、労働者が獲得してきたんです。 

日本の経営者は、短時間正社員や地域限定正社員など、制約のある社員をすべて大幅に減給するための口実に使っています。 

本当なら同一労働同一賃金で、例えば8時間労働から1時間減ったら給与も8分の7にすればいいのではと思いますが、そうしない。それは、日本型雇用が経営者のどんな要請にもフレキシブルに応える労働者を想定してきたからです。 

日本人の年間労働時間は2000時間とも言われますが、ヨーロッパの一部の国のように「長期休暇を入れて1600~1800時間働いたら、私の生活を保障しろ」と交渉してもいいと思います。 

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上野千鶴子さん
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━━コロナ禍で仕事を辞めざるを得なかったり、自殺者が増加するといった悲しいニュースが報道されるなか、女性たちにメッセージをお願いします。

不景気になると、雇用が減ることの裏返しで自営業者が増えます。個人も組織も生ものですから、危機には環境の激変に適応しなければなりません。

私は「Go Back to the 百姓ライフ」と唱えていますが、前近代の「百姓」は文字通り「くさぐさのかばね」で、稲単作農民のことではありません。季節と風土に合わせて農業だけでなく現金収入の機会を求めて、多角経営してきた自営業者です。

経済危機は自分ができる多様な活動を組み合わせて、人に雇われずに働くことを考えるチャンスかもしれません。

資本主義は雇用を拡大してきたと言われますが、労働者は同時に末端消費者でもあるので、その間でモノとサービスとお金をまわしていくことを考え出すことも必要ではないでしょうか。

例えば、コロナ禍のもとでも、6次産業化をして農家で加工までやって末端消費者と直結した流通ルートを作っている人たちや、生活協同組合は、業績が上がっています。

日本型雇用そのものに大きな欠陥があり、外部不経済を生んでいることに、経営者の一部もようやく危機感を持ってきました。本物の危機がきたときにはすでに手遅れではないかと心配しています。

あらゆる組織は、危機感を持つことで自ら変容するものです。変わらないままでは現状維持すらできないでしょう。持続可能性というのは、環境の変化に応じて自ら変わることによってできるのですから。      

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上野千鶴子・出口治明 『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』(祥伝社)
上野千鶴子(うえの・ちづこ)

社会学者、東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。

(取材・文:遠藤光太 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)