避妊と妊娠中絶で取り残される日本。海の向こうから送られる経口妊娠中絶薬〈後編〉

経口中絶薬が未だに承認されていない日本。そんな国に住む女性に、中絶薬を遠隔医療サポートサービスで提供する海外の非営利団体がある。
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bymuratdeniz via Getty Images

中絶や緊急避妊に関わるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス& ライツ(Sexual and Reproductive Health & Rights SRHR)――「性と生殖に関する健康と権利」で遅れを取っている日本。

その中で、日本の女性たちに避妊薬・妊娠中絶薬を海外から送付してきた団体がある。

カナダに拠点をおく非営利団体「ウィメン・オン・ウェブ(Women on Web)」(以降WoW)だ。中絶を求める世界中の女性のための遠隔医療サポートサービスが注目されている。

Women on Web (WoW)ウィメン・オン・ウェブとは

ウィメン・オン・ウェブ(Women on Web)」(以降WoW)は中絶を求める世界中の女性のための遠隔医療サポートサービスだ。日本の女性にも支援の実績がある。

2005年にレベッカ・ゴンパーツ(医師、医学博士)により設立され、チームは、医師・研究者・活動家・ヘルプデスクで構成されている。ゴンパーツは、世界で初めて国境を越えた中絶の権利の活動家とされている。彼女はTime誌で2020年世界で最も影響力のある100人に選ばれた。

WoWの支援を受けたい者は、まず、インターネットで オンライン診察 を記入する(日本語を含む22カ国語で記入可能)。WoW に所属する医師が、オンライン診察内容を審査し、禁忌や他の問題がない場合、薬は処方される。そして医師による処方せんに基づいて、中絶薬か避妊薬が郵便で配達される。医師の監督下にあるWoWのトレーニングを受けた各国のヘルプデスクは、週7日利用可能で、中絶の前・最中・後に質問に答える。偏見なく対応し、守秘義務を負うヘルプデスクは、薬を正しく服用する方法、どのようなことが起こるのか、合併症の可能性を認識する方法などに関する情報とサポートを提供する(メールは日本語を含む16カ国語で対応可能)。

世界保健機関WHOは、女性が「Women on Webなどの情報と支援を提供する遠隔医療サービスを通じてピルを入手」した場合、それを安全な中絶と分類する(注1)。また、WHOは2020年に発表したガイドラインで、初期12週間までの妊娠に対して、安全で、容認でき、自主性が尊重される選択肢として、自己管理による中絶を推奨している (注2)。WHOは、「自己管理による中絶は、コストの削減、時間調整の容易さ、移動の必要性の減少、偏見を避ける、妊娠の迅速な終了など、いくつかの実用的な理由でより好ましい可能性がある」と述べている。

Covid-19のためにロックダウンと自粛生活が続く中、遠隔医療は不可欠で至急な保健サービスを維持し、拡大するための解決法となっている。例えば、イギリス政府は、妊娠10週間までの早期中絶のための妊娠中絶薬の家庭での使用を現在一時的に認めている

 

Women on Webの日本における活動

日本からWoWに連絡をした女性たち、支援を受けた女性たちは2011年から2019年にかけて増えていった(グラフ1)。2011年から2020年までに、合計4175件の相談件数と、2286件の避妊薬・妊娠中絶薬の発送済み件数を記録した。

2020年に相談件数が減少したのは、Googleの検索アルゴリズム変更の影響だ。

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グラフ1
Women on Web提供

 

Women on Web に相談した四千人以上の女性たち

誰がWoWに中絶について相談したのだろうか?

望まない妊娠をして、中絶を必要とした女性たちは10代から40代までの幅広い年齢層であった。10代後半と20代前半に人数は集中し、20歳をピークに、30代、40代となだらかに減っていった。地理的には東京と大阪の都市圏が多かったが、北海道から沖縄まで、全国各地から相談が寄せられていた。日本在住の外国人も含まれていた。

なぜ、彼女たちは望まない妊娠をしてしまったのだろうか?

2013年から2020年まで相談した女性たち4159人のうち、54%が「避妊をしなかった」、39%が「避妊が有効でなかった」、そして6%が「レイプされた」ことを原因と回答している(グラフ2)。

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グラフ2
Women on Web提供

なぜ、彼女たちはWoWに相談し、中絶薬を希望したのだろうか?

2018年から2020年の間に相談した女性たちの半数以上が、「妊娠中絶にかかる費用」をWoWに問い合わせた理由の一つとしてあげた。ほかの理由としては、「学校や仕事のため」「育児中のため」「中絶に対する偏見のため」「パートナーや家族に隠したいため」に、他の中絶方法へのアクセスが難しいことがあげられた。また、「日本で中絶薬が手に入らないため」、「プライベートな形で中絶することを望むため」、「自分自身で中絶することを望むため」という理由もあげられていた。

なぜ、彼女たちは妊娠を中絶することを望んだのか?

2019年に相談した女性の65%が、「子どもを育てることが金銭的に無理である」ことを理由の一つとしてあげた。ほかの理由として、「この時点でどうしても子どもを持つことができない」「私の家族は完成している」「パートナーが子どもを望まない」「年齢(若すぎるもしくは高齢すぎる)」「学校・大学を卒業したい」が主にあげられている。

 

日本でWomen on Webのサービスを受け、薬を服用すること

日本での経口中絶薬の第III相臨床試験は2019年から始まった。承認されるかどうか、それがいつになるのか、まだわからない。また、承認されたとしても、アフターピルのように、他国と比べてずっと高い値段がつくのではないかと懸念されている。

経口中絶薬の安全性については、複数の信頼できる研究で検証されている。入院、輸血、手術などを必要とする重篤な合併症が発生する確率は、0.4%以下であった(注3)(注4)。米FDAは2016年にミフェプレックスのラベルを更新し、薬剤による中絶が非常に安全で非常に効果的であることを確証した(注5)(注6)。また、最後の月経が始まった日から49日までに服用する必要があったのを、70日までに変更した。

なお、厚生労働省(厚労省)のウェブサイトには、「ミフェプレックス(MIFEPREX)(わが国で未承認の経口妊娠中絶薬)に関する注意喚起について」とあり、薬剤の安全性を疑問視するような注意喚起や個人輸入制限に関する警告が記載されているページがまだ残されているが、これは古い情報に基づいている。

また、誤解を招きかねない情報も含まれているため、注意したい。例えば、厚労省のサイトや日本のメディアでは、「膣からの多量出血」が副作用として強調されているが、薬剤による中絶は自然流産と似ているため、出血はプロセスの一部である。出血して当たり前なのである。自然流産や出産と同様、病院での処置が必要な多量出血などのリスクも、薬剤による初期の妊娠中絶には当然あるが、それは薬剤による中絶を行う女性100人のうち2,3人に起こるとされている

厚労省によると、WoWを通じて処方を受ける場合には制度上「個人輸入」という形に分類され、ミフェプリストンを輸入する際には医薬品医療機器等法(薬機法)で定められた輸入確認の手続きが必要になる。手続きには医師の診断書や指示書が必要になるが、国外の医師の処方せんもこの指示書にあたる。つまり、日本でミフェプリストンを必要とする人がWoWから薬を取り寄せることは、手続きに従えば問題ないということだ。(ハフポスト日本版編集部による厚労省への取材より)

一方、本人を含む、母体保護法指定医以外の人がこの薬で中絶をした場合、刑法上の堕胎罪に当たると判断される可能性は残されている。

中絶薬を認可していない日本政府についてゴンパーツは以下のようにコメントを寄せた。「社会権規約(ICESCR)に批准している日本政府には、避妊薬、その他の避妊方法、緊急避妊薬、中絶薬を含むWHOの必須医薬品を確保する義務があります。日本の女性たちには中絶薬を使う権利があり、日本政府がその使用を登録していないことは非常に残念です。中絶薬は安全で、過去30年以上、数百万人の世界中の女性たちによって使われてきました。日本における中絶薬のこの状況は、避妊ピルのたどった道とよく似ています。1960年代から他の国々では広く使われたというのに、日本政府は避妊ピルを登録することを数十年間拒否していました。1999年にバイアグラが速やかに問題なく承認されたことで女性たちが抗議し、日本で避妊ピルはようやく承認されたのでした。」

 

女性の体を大切にすることは、日本の将来を大切にすること

Covid-19に振り回され、先の見えない今日、貧困と孤立は社会的弱者を追い詰めている。ここには、若い女性たちが含まれている。性暴力がなくならない限り、100%有効で安全な避妊法が存在しない限り、貧困がある限り、望まない妊娠は起こり得る。

日本には刑法で堕胎罪が未だに存在する。しかし、世界を見渡すと、人工妊娠中絶に法的制限を課す国々では、意図しない妊娠率が最も高く、中絶が広く合法である国では最も低くなっている(注7)。

望まない妊娠と出産によって不幸になるのは、女性だけではない。意図していない妊娠によって生まれた子どもたちは、虐待される可能性が高くなる。まだ親になることを望んでいなかった、意図しない妊娠と出産の結果の育児は、母親も子ども苦しむことになる可能性が高まり、それはもちろん子どもを直撃し、悲しい連鎖を生んでいる。そしてそれはめぐりめぐって、社会補助、医療費、犯罪、などのかたちで社会へのコストとして跳ね返ってくる。

今後、日本のSRHRは、少子化問題と絡んで、さらに複雑になっていくだろう。

日本の人口減少と少子高齢化は進んでいる。厚労省が発表した2019年の人口動態統計によると、1人の女性が生涯に生む子どもの数にあたる合計特殊出生率は1.36となり、4年連続の低下だった。生まれた子どもの数は過去最少だった。

建前では、開発途上国への技術移転となっている外国人技能実習制度は、実際は日本の労働不足を補う目的も持つことを否めない。2020年11月に熊本県と広島県で相次いで出産したベトナム人技能実習生が乳児の遺体遺棄・殺人容疑で逮捕された。このような事件は氷山の一角だろう。外国人技術実習生には日本人と同じく労働基準法などが適用されることになっているが、多くの場合、母国で借金をしてまで来日し、慣れない環境で生活しながら低賃金で働き、立場は弱い。雇い主からの解雇や強制帰国を恐れている。若い女性たちは、夢をもって日本へ来て働いていたはずだ。彼女たち自身が最も望まない形でそれは終わった。日本におけるSRHRの現状、出生率の低下、労働力を海外から補うための制度――社会のひずみが、どこにしわ寄せがいくかは明らかだ。

少子化対策となると、すぐに結婚、女性のキャリア、ワークライフバランスに話題が集中しがちだが、まずは女性が自分の体を大切にし、子どもを産むか産まないか、産むとしたらいつ、何人産むか、主体的に決めることからすべてが始まる。そしてそれは、社会がどれだけ女性の体を大切にできるかに、深く関わっている。安全な避妊、中絶、女性の心身のあり方を主体的に選択できる社会であってはじめて、主体的で自由かつ安全な妊娠、出産、女性と子どもの健康につながる。

性暴力、避妊、妊娠人工中絶、と、SRHRに関する課題は長らくタブーとなってきた。「ないことになっている、あるもの」はこの場合、一人一人の人生を、子どもと家族の幸せを、社会の将来を左右するほど、大切なことだ。

今、SRHRについての沈黙を破る時が来たのではないか。

※記事前編はこちら

(執筆:赤地葉子、編集:泉谷由梨子)

 

(注1)The Guardian. 27/9/2017. Boseley S. Almost half of all abortions performed worldwide are unsafe, reveals WHO. https://www.theguardian.com/world/2017/sep/27/almost-half-of-all-abortions-performed-worldwide-are-unsafe-reveals-who

 (注2)WHO recommendations on self-care interventions Self-management of medical abortion 2020 https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/332334/WHO-SRH-20.11-eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y

 (注3)Raymond EG, Shannon C, Weaver MA, Winikoff B. First-trimester medical abortion with mifepristone 200 mg and misoprostol: a systematic review. Contraception. 2013 Jan;87(1):26-37. doi: 10.1016/j.contraception.2012.06.011. Epub 2012 Aug 13. PMID: 22898359.

 (注4)Upadhyay UD, Desai S, Zlidar V, Weitz TA, Grossman D, Anderson P, Taylor D. Incidence of emergency department visits and complications after abortion. Obstet Gynecol. 2015 Jan;125(1):175-183. doi: 10.1097/AOG.0000000000000603. PMID: 25560122.

(注5)Jones R and Boonstra H, The public health implications of the FDA’s update to the medication abortion label, Health Affairs Blog, 2016, http://healthaffairs.org/blog/2016/06/30/the-public-health-implications-of-the-fdas-update-to-the-medication-abortion-label/.

(注7)Guttmacher Institute, 2020. Unintended Pregnancy and Abortion Worldwide Fact Sheet.  https://www.guttmacher.org/fact-sheet/induced-abortion-worldwide