避妊と妊娠中絶で取り残される日本。海の向こうから送られる経口妊娠中絶薬〈前編〉

13人にひとりはレイプ被害経験者の日本。日本のSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス & ライツ)。世界と比べて、女性の体は、大切にされていないのではないだろうか。
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Boyloso via Getty Images

新型コロナのパンデミックとSRHR

2020年の春、新型コロナウイルス(Covid-19)のパンデミックは女性の体と健康に壊滅的な影響を与えると、数々の団体が警鐘を鳴らした。国連人口基金(UNFPA)の分析では、保健サービスが受けられず、コンドームや避妊薬などが手に入らなくなるような厳しいロックダウンが6カ月間続いた場合、低・中所得の114か国では、4700万人の女性が近代的避妊法を使うことができなくなり、「望まない妊娠」が700万件増えると予測した。ロックダウンと自粛生活が経済的な打撃と相まって、性暴力被害の上昇は世界的な現象となった。

女性の心身がパンデミックに影響を受けたのは、もちろん低・中所得の国々にとどまらない。日本でも、春からのCovid-19による全国的な休校に伴い、各地の医療機関や支援団体の窓口に、特に10代、20代の若い女性からの妊娠相談が急増したことが新聞などメディアで報道された。性暴力被害について相談できる全国のワンストップ支援センターに寄せられた相談件数も同様に増えた。性暴力、性虐待、未成年の妊娠、乳児遺棄事件の報道も後を絶たない。

Covid-19の災いは、社会がひそかに抱きかかえていた様々な問題をあぶりだすことになった。セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス& ライツ(Sexual and Reproductive Health & Rights SRHR)――「性と生殖に関する健康と権利」もそのうちの一つだ。ここで他国の状況も見つつ、日本におけるSRHRの現状を、性暴力、避妊、妊娠中絶をとおして振り返ってみよう。

 

性暴力――女性13人に一人がレイプ被害経験

性暴力に関する正確なデータを得ることは難しい。多くの被害が明るみに出ないからだ。女性は、深刻な被害にあっても、他人にそのことを話さず、警察など本来報告すべきところへ報告しないケースが多い。#MeToo運動などで流れは変わりつつあれど、性暴力被害者への非難中傷の文化は、万国共通で依然と根強い。

そのために性暴力問題に関する包括的で信頼できるデータは、驚くほど乏しい。数少ない貴重なデータとしてあるのが、EUが加盟28か国を対象に一般の女性四万二千人に対面インタビューをとおして行った、女性に対する暴力の調査だ(注1)。調査結果は2014年に発表された。

その調査結果によると、女性たちの3分の1が暴力を、半数がセクシュアル・ハラスメントを、5人に1人がストーカー被害を、20人に1人がレイプを、15歳以降に少なくとも一度経験していることがわかった。多くの暴力は、現在もしくは過去のパートナーから受けた。また、女性の約12%が15歳以前に、成人による性的虐待または何らかの性的な出来事を経験したと回答した。現在もしくは以前のパートナーにより性的被害を受けた女性の30%が、子どもの頃に性的暴力を経験していた。

日本ではどうなっているのだろうか?

内閣府男女共同参画局が「男女間における暴力に関する調査」を3年ごとに実施している。平成二九年(2017年)の結果によると、「無理やりに性交等をされたことがあるか」という質問に対して、3376人中、164人(4.9%)が「ある」と回答した。性別にみると、被害経験のある女性は 7.8%、男性は1.5%となっている。

加害者は、やはり現在もしくは過去のパートナーが多い。次いで、職場・アルバイト先の関係者、学校・大学の関係者、兄弟姉妹であった。18歳未満のときにあった被害について、「その加害者は監護する者(例:父母等)でしたか」という質問に対して、「監護する者」が 19.4%となっている。

無理やりに性交等された被害の相談をしなかったのは、女性で58.9%、男性で39.1%だった。なぜ相談しなかったのかという問いに対して、最も多く半数以上の男女が、「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」と答えている。

およそ13人に1人の女性がレイプの経験をしている。18歳未満のレイプの2割は保護者によって犯されている。これらのデータは、残虐な性暴力が私たちが思うよりもずっと身近にあって、頻繁に起こることを語っている。

 

避妊――IUDなどと比較して失敗率の高い男性用コンドームが主流

 国連の2019年のデータによると、日本の避妊法普及率(注i)は、46.5%で、これは高所得国(56.6%)や高位中所得国(61.0%)の平均値と比べて低い(注2)。

日本における避妊法は男性用コンドームのみが主流である。これは女性が主体的に取り組める避妊法ではない。

日本家族計画協会による2016年の調査では、避妊法別の回答(複数回答可)では、コンドームが82%、性交中絶法(腟外射精)19.5%、オギノ式 7.3%、ピル(経口避妊薬)4.2%、IUD(子宮内避妊器具)0.4%という結果であった。性交中絶法とオギノ式は、近代的避妊法ではなく、特に前者は失敗率が高く、避妊法として認められていない場合が多い。男性用コンドームは、性感染症の予防に使われるべきであるが、IUDなど他の近代的避妊法と比較して実際の使用上、避妊の失敗率は高い。

他の世界各国で使用されている安全で、効果的な避妊法、すなわちIUS(子宮内避妊システム。2007年日本で承認)、避妊インプラント、避妊シール、避妊リング、避妊注射、女性用コンドームなどは日本ではいずれも入手にしくいか、認可すらされていない。入手のしにくさは、値段が高かったり、煩雑であったり、守秘義務への不安があったり、否定的な経験を伴うことを反映している。それが、安全な近代的避妊法を使わないことにつながってしまう。

避妊法について特筆すべきなのは、日本における低用量ピルの認可が、35年間のもの討議を経て、1999年に下りたことである。この年までにピルが認可されていない国は、世界を見渡しても、北朝鮮と日本のみであった。日本では海外の薬が許可されるのに時間がかかることで知られている。しかし、低用量ピルの承認に先駆けて、勃起不全症治療薬バイアグラは認可申請後、わずか6カ月で承認された。

(注i)生殖可能年齢女性(15-49歳)の避妊法普及率

 

緊急避妊薬――日本と異なり、95か国では医師の処方せんを必要としない

避妊に失敗したり、レイプ被害にあった場合、望まない妊娠を防ぐためにアフターピル(緊急避妊薬)は服用される。現在日本では、緊急避妊薬は基本的に病院に行き、医師の処方せんがないと手に入れることができない。日本で許可されているノルレボは、妊娠の可能性のある行為後、早急に飲むことで効果が得られ、72時間以上経つと効果がない。ノルレボに対するアレルギーや薬物相互作用(併用禁忌・併用注意など)もあるため、医師、看護師、薬剤師に確認することが一般に勧められている。

2020年7月21日、緊急避妊薬が薬局で一般医薬品として購入できるように求める要望書を、産婦人科医などで作るNPO団体が厚生労働省に提出した。しかし、7月29日放送のNHK『おはよう日本』の中でも、10月21日に開かれた記者会見でも、日本産婦人科医会の代表者たちは、処方せんなしの緊急避妊薬の薬局販売について、「まだ時期として早い」と反対意見を表明した。

緊急避妊薬は、現在76カ国で医師の処方せんなしで薬剤師から、19カ国では薬局で一般用医薬品として、購入できる。これらの95か国には、スウェーデンやオランダやフランスなどの欧州諸国、ベネズエラなどの中南米諸国、マダガスカルやマリなどアフリカ諸国、ベトナムやラオスなどのアジア諸国、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、などが含まれている。

また、これらの国々では日本よりも価格が大概安い。現在日本では服用に一万円前後かかり、この金額だけでも、特に高校生などの若い女性にとって、壁になっている。

 

妊娠中絶――安全な中絶薬は未承認。世界的に「廃れた」方法が使われ続けている

レイプ被害、避妊の欠如や失敗、緊急避妊薬が手に入らなかったことなどが要因で、望まない妊娠は起こり得る。そして、女性には、安全で合法的な中絶にアクセスする権利がある。

WHOは、妊娠第一期の人工妊娠中絶には、真空吸引、もしくは妊娠中絶薬による中絶法を推奨している。中絶薬のミフェプリストン - ミソプロストールは、WHOの必須医薬品コアリストにも載っている薬であり、コストを安く抑えることにより広くアクセスできるようにすべき薬である。侵襲性の外科用器具ではなく、薬の使用を含むこの中絶法は、安全であり 、妊娠初期終了に対して95%以上の効果があることが示されている。また、安全性も確証されている。妊娠中絶薬に関連する死亡は、まれな出来事であり、10万回の処置につき1回未満である(注3)。これは妊娠を継続し、出産する場合の死亡率よりも低い。また一般によく服用されている多くの薬の死亡率よりも低い。例えばバイアグラを含む勃起不全症治療薬による死亡は、使用者10万人につき四人とされている(注4)。

経口中絶薬による妊娠中絶の遠隔医療提供は、医師が行う必要がない。医師の助手、看護師、認定看護師の助産師など、訓練を受けた他の医療提供者が提供でき、それで安全性に問題はない(注5)。検診、信頼できる情報と服用指導、カウンセリング、アフターケアなどが整えば、女性にとって安全で効果的であることがわかっている。プライバシー、自主性、費用、時間の面でも女性に好まれることが多い。

経口中絶薬ミフェプリストンは、2000年ごろから広く世界で普及し、現在、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリア、タイ、台湾、インドなど65か国以上で認可されている。しかしイスラム諸国やカトリック国の一部、および女性の権利が非常に侵害されている数少ない国々を仲間に、日本は、経口中絶薬を未だに承認していない。それどころか、WHOの推奨する「手動真空吸引法」ではなく、「国際的に見てもはや『廃れた』」「搔爬(そうは)」が今でも多用されている(注6)。

WHOの2012年に出版された『安全な中絶 医療保険システムのための技術及び政策の手引き 第2版』(注7)には、「頸管拡張及び子宮内膜掻爬術(D&C)は、時代遅れの外科的中絶方法であり、かつ真空吸引法及び/または薬剤による中絶方法に切り替えるべきです」と明記されている(日本語版49頁)。搔爬法は、真空吸引法よりも「安全性に劣り」、「女性にかなり大きな痛みを強い」る、とある(同65-66頁)。妊娠初期の中絶は自由診療のため幅があるが、約8万から20万円かかる。

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ここまで駆け足で日本のSRHRの現状を見てきた。13人に1人の女性がレイプの被害経験を持ち、近代的避妊法の選択肢の幅が狭く、他の近代的避妊法と比べて避妊の効果が劣る男性用コンドームが主流となっていて、緊急避妊薬は高価で医師の処方せんを必要とする。そのような中、望まない妊娠をして中絶する場合は、安全性に劣り、女性に大きな痛みを強いる、世界的に廃れた方法が未だ用いられている。

そんな日本に住む女性に、国内でまだ承認されていない経口妊娠中絶薬を提供する非営利団体がある。

記事は後編に続きます。

(執筆:赤地葉子、編集:泉谷由梨子)

 

(注1)FRA (European Union Agency for Fundamental Rights) 2014. Violence against women: an EU-wide survey. Main results report. http://fra.europa.eu/en/publication/2014/violence-against-women-eu-wide-survey-main-results-report 

(注2)United Nations, Department of Economic and Social Affairs, Population Division (2019). Contraceptive
Use by Method 2019: Data Booklet (ST/ESA/SER.A/435). https://www.un.org/development/desa/pd/sites/www.un.org.development.desa.pd/files/files/documents/2020/Jan/un_2019_contraceptiveusebymethod_databooklet.pdf 

(注3)Zane S, Creanga AA, Berg CJ, et al. Abortion-Related Mortality in the United States: 1998-2010. Obstet Gynecol. 2015;126(2):258-265. doi:10.1097/AOG.0000000000000945

(注4) Lowe G, Costabile RA. 10-Year analysis of adverse event reports to the Food and Drug Administration for phosphodiesterase type-5 inhibitors. J Sex Med. 2012 Jan;9(1):265-70. doi: 10.1111/j.1743-6109.2011.02537.x. Epub 2011 Oct 24. PMID: 22023666.

(注5)Guttmacher Institute, 2019. Evidence you can use: Medication Abortion. November 2019. https://www.guttmacher.org/evidence-you-can-use/medication-abortion#

(注6)塚原久美 中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から 2014
勁草書房 ISBN 978-4-326-60265-0

(注7)WHO. 2012. Safe abortion: technical and policy guidance for health systems. Second edition. Authors: World Health Organization, Department of Reproductive Health and Research. Number of pages: 132 Publication date: 2012 Languages: English, French, Japenese, Portuguese, Russian, Spanish, Ukrainian ISBN: 978 92 4 154843 4 https://www.who.int/reproductivehealth/publications/unsafe_abortion/9789241548434/en/