嵐が後輩たちに残したもの。SixTONESとSnow Manの行方

2020年、ジャニーズの屋台骨といえる嵐が活動を休止した。彼らが残した海外進出という資産を受け継ぐのは、おそらく滝沢秀明が手がけるSixTONESとSnow Manだろう。
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2021年元旦、スポーツ紙の多くが一面で嵐の活動休止を報じた
HuffPost Japan

2016年にSMAPが解散した後、ジャニーズ事務所は激動に見舞われている。2019年には創業者のジャニー喜多川氏が亡くなり、その直後には公正取引委員会から注意を受けた。そして、2020年いっぱいで嵐は活動を休止した。 

SMAPと嵐という屋台骨を2本失ったジャニーズからは、昨年、所属タレントの退所も相次いだ。中居正広(元SMAP)、手越祐也(元NEWS)、山下智久、錦織一清(少年隊)、植草克秀(同)と、キャリア豊富な人材が離れていった。TOKIOの長瀬智也も今年の3月いっぱいで退所予定だ。

中居や少年隊メンバーと比べ、手越祐也と山下智久の退所は意味合いが異なる。共通するのは、プライベートの行動によってジャニーズ事務所から謹慎処分をされた直後だったことだ。ともに契約期間内の関係解消であり、円満とは言えない離れ方に見える。

それ以上に注目されるのは、両者が海外活動を退所理由に挙げていたことだ。すでに十分なキャリアがありながらも、手越は33歳、山下は35歳と、まだまだ活躍の拡大が期待できる年齢だ。

手越は『世界の果てまでイッテQ!』で多くの海外渡航歴があり、山下は英語が堪能で海外ドラマの撮影直前だった。活動の幅を拡げたいふたりにとっては、ジャニーズ事務所の厳しい対処がむしろ引き金となってしまった。

 

ジャニーズ独自の様式美「トンチキソングメドレー」

ジャニーズ事務所は、長らく日本の男性アイドルのマーケットで大きな勢力を見せてきた。それは80年代以降、長い時間をかけて整えられていったメディア戦略の成果だ。ポップカルチャーに対してジャーナリズムと法による監視が軽視されてきた日本で、地上波テレビを中心にバーター(抱き合わせ)の手法をふんだんに駆使して覇権を強めていった。

たとえば昨年12月25日に放送された『ミュージックステーション』の6時間に渡る特別番組「ウルトラSUPER LIVE2020」では、出演アーティストの2割がジャニーズで占められている。『NHK紅白歌合戦』も00年代までは2、3組程度だったが10年代に入ると増え続け、6、7組で推移している。その勢力は近年さらに強くなったように見える。

レガシーメディアへの過剰適応とそれによる競争相手の不在は、ジャニーズ独自の表現様式をより濃厚にし、多様な選択肢を提示されなかったファンとの強いパイプが築かれた。それによって生じたのが、たとえば「トンチキ」文化だ。

前述した『Mステ』特番では「ジャニーズトンチキソングメドレー」という枠が設けられたが、これは風変わりでインパクトのある楽曲を指していた。具体的には、「ワカチコ!」の掛け声がある少年隊「デカメロン伝説」や、NEWSの「チュムチュム」などがそうだ。

だが、この「トンチキ」文化は、単に(パフォーマンスを含む)楽曲の表現を指すのではない。それらの珍妙な曲を“あえて楽しむ”ファンたちがいなければ成立しないからだ。つまり、ハイコンクストな読解のうえでのコミュニケーションだ。

ここで重要なのは、ハイコンテクストなこの関係性はなかば排他的な市場だからこそ生じうることだ。外部性のなさこそが、送り手と受け手のコミュニケーションを濃密にし、「陳腐な表現」でも「トンチキの妙味」として流通させる。

 

「デジタルに放つ新世代。」SixTONESがデビューするも…

だが、そんなジャニーズの寡占状況はこの5年ほどかなり崩れつつある。地上波テレビを中心とするレガシーメディアが、インターネットによって相対化され続けているからだ。視聴者は、地上波だけでなく、YouTubeやNetflix、Amazonプライム、ABEMAなど多くのウインドウでコンテンツを楽しんでいる。音楽もCDを購入するのではなく、AppleやSpotifyなどの定額ストリーミングサービスで聴いている。

しかも、肖像権・著作権の管理への警戒感もあり、ジャニーズ事務所はインターネットへの進出が完全に出遅れた。そこに相次いで生じたのが、SMAPの解散、関ジャニ∞などからの主要メンバーの脱退、そして嵐の活動休止だ。

インターネット進出が少しずつ始まったのは、2017年になってからだった。翌2018年4月にはジャニーズJr.のYouTubeチャンネルが開設され、同年10、11月に「ジャニーズをデジタルに放つ新世代。」のコピーとともに、SixTONES(当時ジャニーズJr.)がYouTubeでMVを発表した。所属タレントがSNSにアカウントを持つのもこの頃からだ。

2019年10月には、嵐がYouTubeやSpotifyなどで過去作5曲を配信。12月には、SixTONESとSnow Manが翌年のデビューを控えてMVをYouTubeで発表した。だが、こうした動きは全体から見ればとても限定的だ。新人か活動休止目前のグループに限られ、すでに稼働しているグループがインターネットに積極的になる様子はいまだに見られない。

ドメスティックな空間で閉鎖的に活動を続けてきたジャニーズは、既得権益の護持に気を取られた結果、インターネット対応につまずき、産業構造の変化に現在進行系で遅れ続けている。 

 

賛否呼んだ松本潤『バラエティ』誌インタビュー

昨年、嵐の松本潤はアメリカ『バラエティ』誌のインタビューでK-POPについて以下のように発言して注目された。

「現在、日本以外のグループで見られることは、すべて1960年代にジャニーさんの仕事にルーツを見出すことができます」「私は、一部のひとが想像するような派閥を(K-POPに)感じることはなく、むしろジャニーさんが何十年も前に築いた構造が、いまやっと国境を越え始めている誇りを感じています」(筆者訳/「J-POPの大物・嵐がグローバル化、ブルーノ・マーズとの仕事、そして今後の活動休止について語る」2020年11月2日) 

この発言は、韓国で物議を醸した。K-POPの“起源”にジャニーズがあると読めるからだ。日本に植民地支配された歴史を持つ韓国のひとびとにとって、それは屈辱を感じさせる表現でもあるだろう。

しかし、実際問題としてK-POP黎明期におけるジャニーズ事務所の影響は少なくない。たとえば、1987年にデビューして大ヒットした「韓国初のアイドル」とも呼ばれるソバンチャ(消防車)は、3人組の男性グループだった。側転をしたりローラースケートを履いて踊ったり、それは誰が見ても少年隊や光GENJIを思わせるものだ。

現在のK-POPにとっては、このソバンチャは“起源”としてはカウントされない傾向にある。それよりも重要視されるのは、1992年にデビューするヒップホップグループ、ソテジワアイドゥルのほうだ。たしかにその後のK-POPの音楽性にソテジは強い影響を残している。

だが、芸能プロダクションが単なるエージェンシーではなく、男性アイドルを育成してグループで売り出す方法論を高い精度で確立させたのはジャニーズ事務所だ。ソバンチャは、韓国においてその方法論を用いた最初の成功例だった。つまり、音楽よりも芸能プロダクションの方法論として大いに参考としたのは間違いない。

もちろん、ジャニーズ事務所のそうした方法論にも、複数のオリジンがある。ひとつは、ジャクソン・ファイブやシュプリームスを生んだモータウンレコードであり、もうひとつが宝塚少女歌劇団だ。アメリカ出身のジャニー喜多川は、それらを参考にジャニーズ事務所の運営スタイルを確立させた。

文化が互いに模倣・影響しあって伝播し、その過程で独自の変化するのはごく一般的な現象だが、文化ナショナリズムは起源論を誘発する。それ自体に大した意味はなくても、起源論が発生する現象については注意を払う必要がある。ジャニーズとK-POPのケースで言えば、不幸な歴史を抱え、その問題解決がいまだになされていない日韓両国において今後も火種となる事態はありうるからだ。

ただ、この松本潤の歴史認識──ジャニー喜多川がK-POPに大きな影響を与えた──が「正しい」とするならば、むしろ文化ナショナリズム的に不都合なのはジャニーズ事務所でありJ-POPのほうだろう。言うまでもなく、すでにK-POPは日本をはじめとして世界を席巻しているのに対し、ジャニーズやJ-POPはそうなっていないからだ。

 

嵐が後輩たちに残したもの

嵐は活動休止を前にネットメディアに進出し海外展開にも挑んだが、新型コロナによる活動の限界もあって十分なものとは言えなかった。なにより時間が足らなかった。 

中途半端にも思えるその海外挑戦は、長らく鎖国状態にあったジャニーズ事務所への置き土産のように見える。つまり、後輩たちへの海外進出の可能性の提示だ。2021年のジャニーズは、嵐が残したこの資産をどのように運用するかにかかっている。既存グループのネット展開はもちろんのこと、K-POPのようなグローバル展開をどのようにしていくか。

おそらくその先頭に立つのは、滝沢秀明が手がけるSixTONESとSnow Manだろう。昨年デビューしたこの二組は、当初からYouTubeでミュージックビデオを発表し、音楽的にもK-POPを意識したグローバル志向がかいま見える。ジャニーズ的「トンチキ」文化が(いまのところ)介在する様子も薄い。なかでもSnow Manの2ndシングル「KISSIN’ MY LIPS」は、おそらく現在のジャニーズではもっとも飛ばしている。作曲と編曲を手がけたFATCATとSiixk Junも、K-POPのアーティストだ。

 

だが、そこでは“ジャニーズしぐさ”とも言うべき従来の表現からも脱することができていない。サビの部分になると、どうしても全員で合唱になるからだ。これは、ジャニーズにかぎらず日本のアイドルの多くがやりがちな手法だが、「一体感を出す」以上の合理的な効果はない。 

この点は、K-POPときわめて対照的だ。そこからは、グループ構成の根本的なコンセプトが異なることも見えてくる。K-POPのグループは、ヴォーカル、ダンス、ラップとメンバーそれぞれの役割が明確だ。ほとんどの場合、サビはメインヴォーカル担当が歌う。K-POPのコンセプトは、メンバー個々の特長を発揮してグループとして成立させていくことだ。個人の先に集団がある。 

しかし、ジャニーズをはじめとする日本のアイドルのサビの合唱は、こうした個々の特長を潰す。ユニゾンの合唱は、上手な歌を下手な歌の水準に押し下げるだけだからだ。そこで(おそらく無自覚に)コンセプトとされているのは、歌唱よりも集団としてアピールをすることだ。個人の前に集団がある。

役割分担を明確にして能力が高い者の力を引き出すK-POPに対して、能力が劣る者の水準に全体で合わせていくJ-POP(ジャニーズ)。それは、専門性の高いスペシャリストではなく、総合的な能力を持つジェネラリストを育てることばかりをしてきた日本社会の反映のようにも見える。あるいは、エリート教育よりも落ちこぼれのフォローを優先してきた戦後教育も連想させる。 

こうしたSnow Manのようなジャニーズの新展開は、諸刃の剣でもある。国内のレガシーメディアのなかだけならば激しい競争に晒されないが、グローバル展開を志した瞬間にK-POPと比較されることは避けられない。

そこでは、「トンチキ」といったハイコンテクストな読解をしてくれる優しいファンは多くない。しかし、レガシーメディアが日に日に存在感を失うなかで、従来の場所に安住していても未来はない。

その場にたたずむといつかは衰滅し、しかし前に進むとこれまで経験したのことのない激しい競争が待ち構えている──それが2021年にジャニーズ事務所が置かれている状況だ。

(文:松谷創一郎 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)