「うちの赤ちゃん、抱っこしてくれませんか」写真家・浅田政志が切り拓いた新たな“家族写真”

「わが子 × 縁起のよさそうな人・もの・場所」というコンセプトで、新たな「家族写真」の可能性を探り続ける浅田政志さんに話を聞いた。
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写真家の浅田政志さん
Umihiko Eto

わが子が誕生する瞬間は、「目よりも先にレンズで見た」。

両親、兄、自分の4人を被写体に、さまざまな職業やシチュエーションになりきって撮影された写真集『浅田家』。

各家庭のプライベートなものだった「家族写真」を、アイデアとユーモアでアートに昇華させ、木村伊兵衛写真賞を受賞した写真家・浅田政志さん。2020年には『浅田家』『アルバムのチカラ』の2作品を原案にした映画『浅田家!』が二宮和也主演で公開された。

そして新作『浅田撮影局 まんねん』(青幻舎)では、2014年の息子誕生を機に「わが子 × 縁起のよさそうな人・もの・場所」というコンセプトで新たなスタイルに挑戦。「家族写真」の可能性を切り拓く浅田さんに話を聞いた。

 

写真家として、わが子をどう撮るか

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Umihiko Eto

妻の妊娠がわかったときから、「子どもをどんなふうに撮ろう?」とずっと考えていました。一生に何度もある機会ではないですから。成長の記録としてただ撮るのではなく、何かしらのテーマを持った作品にしたかった。

とはいえ、最初のうちはどう撮ればいいかがさっぱり見えてこなくて。ヒントを求めて写真家の先輩方はわが子をどう撮ってきたのかを調べてみたら、驚くことにほとんど(作品が)見つからなかったんですよ。僕が探した限りでは。

写真という技術が発明されてからもう180年くらい経っています。その間、男女問わずさまざまな写真家が現れて、親になった人もたくさんいるはずなのに、わが子を作品にしている写真家は本当に少ないんですね。

ただ、それがなぜかは僕にもわかるんです。

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Umihiko Eto

写真学校の先生からは「赤ちゃん、老人、ペットを作品の題材として撮るな」とよく言われました。 

写真家は、いかに人と違うものを撮るかが大事になる。そこに批評性や独自性がないと、作品としては成り立ちません。

 僕にとっては特別にかわいい存在でも、他人から見ると普通の赤ちゃんでしかない。でも“普通の赤ちゃんの写真だ”と思ってもそうとは言えないですよね。なぜなら無条件に愛おしい存在であろうことは他人でも理解できるから。わが子の写真を客観的に評価することはとても難しいですし、先生が仰っていた言葉を実感しました。

過去の写真家たちも、きっとわが子の写真をたくさん撮っていたはずなんですよ。でも作品集としては出せなかった、出さなかったんだろうなと。

ただ、だからといって自分がそこにチャレンジしない理由にはならない。

 

息子を撮る作品が生まれるまで 

僕と兄と両親4人の『浅田家』から始まって、ずっと「家族」を撮り続けてきた自分としては、やっぱり自分の子どもをどう撮るか、ということに挑戦したかった。そういうことをずっと模索して、出産に立ち会ったときも、カメラを構えて誕生を待ち受けていました。

だから、僕が最初に見た息子は、ファインダー越しだったんですよ。

へその緒がまだ繋がっている生まれたての瞬間をまずカメラで撮って、それから実物を目で見た、という順番でした。さすがにちょっとどうなの、と自分でも思いますが(笑)。

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Umihiko Eto

息子は、朝日と命名しました。生後しばらくは手を変え品を変えいろんな撮り方をしてみたのですが、どうしてもしっくりこなくて。

でもお宮参りで家族と神社に行って、オカンがレンタルした祝い着の上に朝日を寝かせて、「今日の記念に」と撮ったとき、なんかちょっと開けたんですよ。

あ、縁起物っていいかもしれないって。

でんでん太鼓や犬の張子にも、「すくすく育ちますように」という願いが込められている。そういう縁起物と一緒に息子を撮ったら、表現できるものがあるかもしれないと感じたんですね。

そこから縁起物に限らず、縁起がよさそうな人や場所と大きくなっていく息子を撮影する、というコンセプトが固まりました。

 

日常で出会う「縁起のいい人たち」

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Umihiko Eto

表紙にも使っているこの写真は、「おじいちゃんとひ孫ですか」とよく言われますが、この日が初対面の101歳と0歳のコラボレーションです。

オカンの知り合いに紹介してもらったおじいちゃんで施設で暮らしているんですが、101歳でもまだまだ元気な方で。

そういう人に抱っこをしてもらうと、縁起がよくなりそうじゃないですか?

力士に赤ちゃんを抱っこしてもらうと、健康で丈夫に育つという言い伝えもありますよね。力士に限らずとも、明るくて、なんとなく雰囲気がいい感じの人って、縁起がよさそうな気がしません?

だからこの写真集には、僕の独断と偏見で決めた「縁起がよさそうな人」がたくさん登場しています。

道でたまたま出会った人や、カフェの店員さん、服屋に勤めている嫁の友達、昔撮らせてもらった子どもとか。

この中学生の女の子とかそうですね。背景が「永遠の平和」っていうのもいいなって。

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浅田政志
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浅田政史

これはいつもうちに荷物を届けてくれるヤマト運輸の人。

いつも元気で息子のことも『おう、坊っちゃん元気か!』と可愛がってくれるので、配達に来たときに『すみません、ちょっと写真撮ってもいいですか』ってお願いして。息子も懐いているからお揃いでポーズつけたりして。

 

赤ちゃんを託すことは信頼

「この人は縁起がよさそう」と直感した人に、「うちの赤ちゃん、抱っこしてくれませんか」とお願いすると、皆さんすごくいい顔をしてくれるんですよ。お願いした瞬間に、相手のテンションがグッと上がるのがわかる。

それってやっぱり、赤ちゃんという一番大事な宝物を預ける行為が、相手を信頼しないとできないことだからだと思うんです。

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Umihiko Eto

「縁起」って、もとは仏教用語なんですよね。世界のすべては何らかの縁や関係が重なって起きているという意味で、つまりはすべて繋がっているということ。

わが子に限らず赤ちゃんの健やかな成長を願う気持ち、そんなふうに育てられてきたかもしれない自分の過去の記憶。そういった思いの部分に共感してもらえたら嬉しいな、と考えながら表現者としてシャッターを切りました。

 

写真の泥を落とした震災から10年

映画になった『浅田家!』にも描かれていますが、東日本大震災のときに泥で汚れた写真を洗って持ち主に返す写真洗浄のボランティアを現地でやったんです。

そのときに津波で家を流された多くの人々が、家族写真を探しに来る姿を見て、すごく考えさせられてしまって。皆さんが見つけて感動する写真って、記念写真とか旅先とかの写真じゃなくて、普段の何気ない写真なんですね。圧倒的に。

何気ない日常を撮った写真の中には、大切な一瞬が確かにあって、その記憶に励まされることがある。

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Umihiko Eto

写真洗浄ボランティアは、実は東日本大震災が世界初の試みだったんです。

写真が発明されて、一般家庭に家族アルバムがあるのが普通になった社会で、あそこまで大きな水害が起きたことはどうやらなかったらしくて。

プリントした写真をどう洗浄・修復していくかという技術が、皮肉にもあの災害を通じて体系化されたのも事実です。そういう意味では、震災で確立された写真洗浄の技術は受け継がれていくべきものだと思っています。

 

家族を見ると答え合わせができる

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Umihiko Eto

兄が結婚して子どもができて、僕も結婚して子どもを授かってと、ここ数年は家族のメンバーがどんどん増えている浅田家ですが、やっぱり家族写真、家族っておもしろいなと僕は思っていて。

例えば、商店街でばったり合った知り合いがお母さんと一緒で、「あ、うちの母です」と紹介されたらなんか楽しくなりません? 

仕事のときとは違う、もっと近いその人の素顔が家族を通じて見える気がして。点と点が繋がって線になるみたいな、答え合わせができたぞ、みたいな。

思春期の頃に家族を他人に見られるのが恥ずかしいのも、近いからだと思うんですよ。

でも家族って隠すものじゃない、むしろ自慢して、もっと外に出していいんじゃないかな、と僕は思いますね。

 

次に撮りたい家族写真

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Umihiko Eto

写真家の仕事は、心を動かす作品を発表することだけじゃない、と僕は思っています。

観た人が自分に置き換えて何かを感じてもらったり、「自分も撮ってみようかな」と行動してもらったり、そういう変化につながる一枚を撮れる写真家であれたらうれしい。

朝日はこの春から小学生になります。次は小学校生活の6年間を撮るという楽しみがある。

それとは別に、母親も撮ってみたいですね。『浅田撮影局 せんねん』(赤々舎)では遺影写真というテーマで父を撮ってきたので、次は母という大きな存在をどう撮っていけるのかを考えています。

そんな風にいろんな角度から、これからも家族写真と家族のおもしろさを伝えていけたら。

浅田政志(あさだ・まさし)

写真家。1979年三重県生まれ。2009年、写真集『浅田家』で第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。国内外の個展やアートプロジェクトにて精力的に作品を発表している。20年には『浅田家』『アルバムのチカラ』を原案とした映画『浅田家!』が公開。

(取材・文:阿部花恵 写真:江藤海彦 編集:笹川かおり)