婚活を通して、精神科以外の社会との繋がりをつくる経験を綴ったエッセイ『ウツ婚‼ 死にたい私が生き延びるための婚活』(晶文社)。
著者の石田月美さんは、うつや摂食障害、対人恐怖症など、いくつもの精神疾患を抱えた当事者だ。精神疾患がなくとも、「選ばれないつらさ」など心身ともに疲弊してしまいそうな「婚活」に、石田さんはなぜ挑んだのだろう。
「タイトルに『婚活』という言葉が入っていますが、この本は『婚活本』ではありません。もっというと、精神疾患の回復のための本でもないんです」。そう語る石田さんに、その意図を聞いた。
主治医から突然投げかけられた「結婚すれば?」
石田さんは、周囲に馴染めない幼少期を過ごし、大学在学中に摂食障害になり中退。その後、実家に引きこもり、ニートとなる。自宅とコンビニを往復するだけの日々で、当時の体重は90キロだった。
そんななか、27歳のある日、デイケア(精神疾患の再発防止や社会復帰のためのリハビリテーション)のため通っていた精神科の主治医に、突然ある言葉を投げかけられる。
「結婚すれば?」
主治医は何を持ってそう言ったのだろうか。
「多分、さじを投げたんだと思います。私は大学を留年して引きこもり始めたので、就職活動もせず社会に出た経験がほとんどないんです。手に職もありません。なので、主治医は『もうほかに方法はない』と半ば諦めて、何も考えずに放った言葉だと思います」
しかし、石田さんは社会と繋がりたい一心で、婚活に取り組む決意をする。
まずは体重を落とすべくジムに通い、出会いを求めてお見合いパーティーや逆ナンに励む。それまで引きこもっていた人が逆ナンとはハードルが高いように感じるが、「必要なのは勇気だけ」と石田さんは言う。
何より、婚活の一番良い点は「いつでも止められるところ」。それまで社会と繋がりのなかった人がその場しのぎ的な対人関係のトレーニングにもなり、それがしんどくなったら辞めて、また少し元気が出たら再開して、ということができる。
「婚活」の看板を掲げているものの…
緊張のあまりデートの最初の30分は相手が何を話しているのか本当にわからない、ホルモンバランスの乱れでテーブルの上のものを倒す、無駄な動作で喉が渇き水を大量に飲むためトイレは最低5回行く…。
失敗を繰り返しながらも、婚活を始めてから1年弱で石田さんはついに新しい家族と居場所を手に入れる。そして、次はなんと自身の体験を元に、精神科の施設で婚活セミナー「婚活道場」を始める。
デイケアのプログラムはたくさんあるが、どれも難しそうな心理療法ばかりで敷居が高く感じられたという経験から、できるだけ参加しやすい形の「婚活」という名を使い、講座を開催する。
「精神科通いを続けていると、精神科だけが自分の世界になっちゃうんです。デイケアなどのプログラムも充実していますし、居心地が良くなってしまう。
人間関係もかなり濃密で複雑なので、そこから外の世界、社会に出ることが逆に怖くなってしまうんです。
さらに、精神科の仲間たちは悪意ゼロで『今無理する必要ないよ』と言ってくれます。そうするとその環境に慣れきってしまって、あっという間に10年、20年と過ぎてしまいます。精神科に繋がることは必要なのですが、繋がった後に再びどう社会と接続するかを考えてセミナーを開催することにしました」
心よりも、まずは身体のメンテナンスを
「婚活」と名がつくものの、セミナーの内容は「孤立すると人は病むので、自分の身体と孤独に向き合わなければならないダイエットはやめましょう」など、自分の体のことを知ったり、生活習慣を見直すものだ。
そこには、自身の経験で得た、ある気づきがあった。
「私自身が婚活を通じて発見したのは、そのプロセスは社会と繋がるための治療的なトレーニングになるということ。そして、メンタル以上に身体のメンテナンスが大切だということです。
メンタル、つまり、心の問題は折り合いを付けられたと思っても周りから見ると変わっていないということもありますし、今日は折り合いをつけられたけど翌日は折り合いをつけられないこともあります。
だから、心ではなく、身体からメンテナンスしていくほうがコストパフォーマンスもいいんです。何より、身体に問題を抱えていると本当に動けなくなってしまいます。そして、それに引きずられて心の調子も悪くなっていく。
こうした身体の問題は、精神科でも見過ごされている部分だと感じています。
夜になったら眠ること、消化に良いごはんを食べること…、支援者の方にとっては当たり前のことが、私たちはできなかったりするんです」
身体のメンテナンス、どう始める?
では、まず身体のためにやる第一歩とは何なのだろう。
「著書にもあるのですが、まずは『ワンダーウーマンポーズ』をやることだと思います。これは、足を肩幅に開いて両腕を腰に当てて空を仰ぐポーズです。これをやるとストレス耐性ホルモンが出ると言われています。いろいろやるのは大変なのでまずはこのポーズを15秒間やります。
そして、水を飲むこと。摂食障害の方は食べることにハードルを感じるため、まずは水を飲むことを忘れないようにしたいです。それと同時に、トイレに行くことも忘れがちなので、それも意識してください。
身体を伸ばすことも大事です。凝り固まった肩甲骨に不幸が宿ると言われますが、うつなどで苦しむとどうしても身体が丸まってしまいます。その姿勢のままでいると思考も身体も固まって悪循環が起こります。
そこで身体の方を伸ばす。すると、動かさずにいた脳の回路が動きます。頭でばかり考えていると思考は同じところをぐるぐると回るので、身体を動かすことによって脳の違う箇所を連動して動かすことができます。
じっとしていると筋力が落ちて動きたいと思っても動けなくなってしまうので、身体を伸ばす程度から初めて、いつか動きたくなった日のために下準備をしておきます。
さらに、これはもう一歩踏み込んだ方法ですが、料理です。手順を考えながらの作業なので頭を使うし、料理が完成したら、達成感もあります。
身体のメンテナンスや規則正しい生活は心の問題の手前であって、生き延びるためにとても大事なことだと思います」
自分の病気を開示する自由も、しない自由もある
「婚活」=結婚までのプロセスは社会や他者と繋がるためのトレーニングになる、ということも驚きだが、それ以上に印象的だったのが、石田さんが相手に自分の病気を開示しないという点だ。
私自身、自分の発達障害や双極性障害のことを出会ってすぐの相手に話してしまい、「こんなにメンタルが大変な人と一緒にいると共倒れしてしまう」と言われた体験がある。石田さんも最初の頃は「この本に私の病気のことが書かれているから読んで」と男性に押し付けた経験があるそうだ。
婚活をする上で自身の病気を開示しない理由について、石田さんはこう語る。
「自分の病気を相手に開示してわかってもらおうとすることは、本来なら自分で背負わないといけない重荷を相手に背負わせることだと思っています。
なので、最初に言わないで何か聞かれたら答える程度にしています。私は結婚する際、様々な書類手続きが必要になるまで自分の病気のことを夫に話していませんでした。この部分はおそらく男性読者が読んだとき、一番ずるいと思われるところだとは思います。
逆に、女性読者が読むと一番キツいと言われるところです。セミナーの生徒さんたちもみんな自分の病歴や生育歴などを男性に話したがります。
でも病気といってもそれも含めてパーソナリティです。『私はこういう病気があります』と言わなくても、関係性を紡いでいっているうちに病気の特性が現れていくものだと思っています。
例えば、私が人と会うときにいまだに慌ててバタバタしてしまうのも、完全に病気の特性ですが、何度も同じ人と会っていると「こういう人なんだ」とパーソナリティとして受け入れてもらえる場合もありますよね。
それに、病名は医者がつけたもの。病気の症状や特性の表れ方には個人差があります。病名にとらわれると、例えばちょっとした失敗もある意味、色眼鏡でしか見られなくなってしまう。
私も相手に病気のことをわかってもらいたいという思いはあります。でも、病気の特性で他人から「メンヘラだね」と言われたらカチンときてしまうので、その括りに入れられたくないという両方の思いがあります。他者との関係性において、自分の病名と付き合ってほしいか、そうじゃないかでいうと後者のほうです。
そういう理由で、私は自身の病名を開示しない方法をとっていますが、開示することも、パーソナリティとして付き合っていくことも、その人の自由だと思います」