催涙スプレーを浴びながら撮影…日本人が見つめた香港デモ。28分の映画が語りかける「私たちが学ぶこと」

「香港で、警察官の暴力が加速し、ものすごい速度で言論が規制されていく瞬間を目の当たりにしました。ここで起こったことは今後アジアの様々なところで起きる、日本にとっても他人事ではないということです」
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『香港画』
©︎ Ikuma Horii

香港デモを捉えたドキュメンタリー映画『香港画』。その冒頭、数分で小学生の男の子が武装警官に取り囲まれる。彼は一体何をしたのだろうか。

「彼は何もしていないです。何かしようとしたら警官に取り囲まれてしまったんです」 

本作を手がけ、現地でカメラを回した堀井威久麿監督はそう答える。

2020年、香港では香港国家安全維持法(国安法)の施行が始まり、デモも下火となり大きな転機を迎えた。

今、日本の私たちは香港で起きたことをどう捉えるべきか、この映画から何を受け取るべきだろうか。堀井監督に話を聞いた。

 

催涙スプレーを浴びながらの撮影

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『香港画』
©︎ Ikuma Horii

『香港画』は、わずか28分の短編映画ながら、驚くほど香港デモの多面的な側面を映し出している。撮影は2019年11月から2020年1月2日に行われた。

デモに参加する若者の思い、勇武派と呼ばれる過激な暴力も辞さない抵抗者たち、暴力行為に及ぶ警察、店を破壊するデモ隊、そして元警察の証言など。

それらの貴重な情報が、当時の熱気そのままに映像に定着し、見るものに香港デモの実態を追体験させる。デモの渦中に飛び込みながらも俯瞰的な視点も失わないバランス感覚も見事だ。

本作はデモが激化する最中に撮影を開始し、堀井監督とプロデューサーの前田穂高氏はそのただ中でカメラを回し続けた。2人とも相当危険な目にあったことが画面からも伝わってくる。

「私自身も催涙スプレーを顔に直接吹きかけられました。顔が真っ赤に焼けただれたようになってしまい、ひたすら涙と鼻水が止まらず目も開けられず、ほぼ行動不能状態に陥りました。

プロデューサーの前田は、放水車からの水が直撃しました。あれはもっと危険で、水圧で吹き飛ばされて頭を打てば死ぬ危険もありますし、化学物質入りの水なので全身真っ赤になってシャワーを浴びてもなかなか腫れがひかないんです」

そこまでして堀井監督は、なぜ香港デモを撮影しようと思ったのだろうか。

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『香港画』
©︎ Ikuma Horii

 「ひとつは時代が変わるのではという高揚感です。たくさんの若者が声を上げている光景は日本ではあまり見られないですし、私自身かつては社会運動が格好悪いものだと感じていました。そういうイメージを変えられるかもしれないと思ったんです。

ただ私は、このデモに対して良し悪しをジャッジするつもりはありませんでした。同じ時代のアジア圏に生きている若者が何を考え、どう行動しているのか、そのシンプルな気持ちや熱を伝えたかったんです」

「早く昔の楽しい生活に戻りたい」とあるデモ参加者が言う。香港の若者は元々政治に高い関心があったわけではなかった。自由を奪われる危機感から、闘わざるをえなくなったのだ。本作は、そんな普通の若者たちの悲痛な叫びや自由への想いを映し出している。

 

元警察官の貴重な証言

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『香港画』
©︎ Ikuma Horii

 本作はデモに参加している若者の声だけでなく、元香港警察の証言も得ている。キャシー・ヤウさんは、11年間警官として勤務し、デモに対する警官の過剰暴力や上司の方針に疑問を抱き、2019年7月に辞職。同年11月の区議会選挙に立候補し当選した。

「キャシーさんは、デモが始まってしばらくは若者たちを押さえる側の警官として勤務していました。彼女のように立候補し表立って民主派支持を訴える警官は少ないとは思いますが、警官にもいろんな考え方の人がいるんです。

それに警官も立場は複雑で、家族が民主派で家族仲が悪くなってしまった人や、結婚が破談になった人もいるそうです。

そもそも、最前線でデモ鎮圧にあたる警官は若い人が多いんです。香港の若者世代は基本的に民主派が多いから、友人を失った警官の話はしょっちゅう聞きました」

キャシーさんは映画の中で、「デモ以前の警官勤務は楽しかった。子どもは警官を見ると手を振ってくれたりした」と思い出を語る。デモ勃発以前の香港では、市民と警察は対立関係にはなかった。

堀井監督はその点について補足してくれた。

「キャシーさんいわく、2019年6月12日に警官がデモ隊に向けて催涙弾を撃ったことで状況が一変したとのことです。それ以来、たった一夜にして変わってしまったのだと。

香港警察は、かつてはアジアで最も市民に慕われている警察の1つと言われていました。60年代には腐敗していたものを改善し、2000年代にはアジアで一番クリーンな警察とも言われていたそうです」

キャシーさんは、「逃亡犯条例の問題は、もともと政治問題。香港政府はなぜ政治的な問題を香港警察に押し付けたのか。その結果、香港人は分断されてしまった」と嘆く。

 

香港社会の分断を象徴する色分けされた地図

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『香港画』
©︎ Ikuma Horii

本作は警察の暴力に立ち向かうデモ隊の良い姿ばかりではなく、デモ隊にとってのある種の「不都合な真実」にも目を向けている。

例えば、デモ隊が小さなおでん屋を破壊するようなシーンが映される。昔ながらの庶民的な雰囲気のお店だが、なぜデモ隊はこの店を破壊していたのだろうか。

「あのお店はいわゆる親中派の人が経営しているのですが、警官に防犯カメラの提出を求められたんです。それにデモ隊の若者が気付き破壊行為が始まりました」

映画の中で、若者の一人が「デモ隊は親中派の店を選んで破壊行為を行っており、無差別な攻撃ではない」と主張する。堀井監督もそれは事実だろうと語る。

「香港で使われているSNSのマップがあるんですが、そのマップを開くと香港中のほとんどのお店が親中派、民主派で色分けされて評価されているんです。これは登録ユーザーの自発的な書き込みによる情報に基づいています」

その地図を開くと、見事に黄色と青の二色に香港中が分断されている。青が親中派、黄色が民主派の店だ。

しかし、ここでひとつ疑問が湧く。そのSNSの情報はどこまで信頼できるのだろうか。

「この情報の信憑性は難しいところですね。ユーザーの主観ですから曖昧なところはあると思います。そもそも、店のオーナーが親中派だったとしても、従業員まで同じ考えとは限りません」

ショッピングモールで、スローガンを叫びながら練り歩くデモ隊の一団が映される。「我々は黄色経済圏を支持する」と彼は叫んでいる。

「そもそも、なぜアプリ上でこのような色分けされているかというと、彼らは黄色経済圏というのを目指しているからです。

黄色は民主派のカラーですが、民主派は民主派の中だけでお金を使って経済を回そうという考えなんです。

なので、取材相手を食事にお連れする時も気をつけないといけません。うっかり、親中派の店に連れて行くわけにはいかないんです。この分断状況は、普通に旅行しただけではわからないと思います。店先に書いているわけではありませんから」

映画は、勇武派と呼ばれる過激な暴力も辞さないグループの若者も映し出す。

15歳の中学生ジョーは、「香港の自由と民主主義を守るため戦っている。非暴力的なやり方では政府はいつまでも無視し続ける」と語り、道路にものを投げて交通を妨害している。

「あれは交通を妨害して政府から譲歩を引き出そうという、彼なりの作戦です。とても幼稚な作戦に思えますが、15歳の少年がそれを必死にやっているのが現実でそれをそのまま切り取ろうと思いました」

中学生のジョーは「本当は誰も傷つけたくない。だけど他に選択肢がないんだ」と胸の内を吐露する。

 

「昨日のウイグル、今日の香港、明日の沖縄・北海道」

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『香港画』
©︎ Ikuma Horii

香港の若者に牙を向いているのは、政府と警察だ。彼らにはジョーの言う通り他に選択肢がなかったのかもしれないし、頼れる存在もなかった。

唯一、彼らが頼みの綱とできるのは国際世論だ。映画は香港人権法案が米国議会で可決された時のデモ隊の様子も捉えている。香港なのに星条旗がずらりと並び米国国歌が歌われる。

国際世論という点では日本にも大きな役割があるはずだ。堀井監督は、現場での取材を経て、これは日本にとって対岸の火事ではないと感じたという。

「香港で、警察の暴力が加速していく瞬間、ものすごい速度で言論が規制されている瞬間を目の当たりにして、香港で起こったことは、中国が覇権を拡大していく中で、今後アジアの様々なところで起きるだろうと強く感じました。

香港の方々はよく『昨日のウイグル、今日の香港、明日の沖縄・北海道』と言うんです。日本にとってこれは全く他人事ではないんだということです。

香港の街中ではよく日本語を見かけます。コンビニには日本語の本も売っていますし、デモ隊が残した日本語の落書きのメッセージもたくさんありました。そうした落書きから、香港人の日本に対する切実な思いを感じます」

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『香港画』
©︎ Ikuma Horii

日本語での発信力のある民主活動家・周庭(アグネス・チョウ)さんも12月2日、違法デモを扇動した罪などで禁錮10カ月の実刑判決が言い渡された。今後日本の香港への関心が低下することが予想される。

そして、国安法成立により、香港市内では自由な言論が封じられた。

堀井監督の言う通り、日本にとって中国という大国とのかかわり方は国全体の未来に影響する重大な要素となるだろう。だからこそ、2019年に香港で起こったことを清濁あわせて、私たちは見つめる必要があることを本作は強く印象づける。

(取材・文:杉本穂高 編集:毛谷村真木/ハフポスト) 

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堀井威久麿監督