「面倒くさい客」トラウデン直美さん発言への批判、労働問題の専門家はどう見た?

「労働環境の改善と、気候変動を含む環境問題の解決は、そもそも根っこではつながっています」(POSSE事務局長・渡辺寛人さん)

モデルのトラウデン直美さんが、気候変動に関するフォーラムで「店員に『環境に配慮した商品ですか』と尋ねることで店側の意識も変わっていく」と発言したことがNHKで報じられ、ネット上で「店員に聞かれても困る」「面倒くさい客」などと批判が上がった

現場の店員にとっては、そうした質問をされることが「負担」になるのではないか、という問題意識が背景にある。

労働問題の専門家は、どう受け止めたのか?労働相談や生活相談に応じるNPO法人「POSSE」事務局長の渡辺寛人さんは、今回の一連の問題から「『環境に優しい社会と、労働者に優しい社会は対立せず、連続している』ということを、もっと社会に発信する必要がある」と強く感じたと言う。

 

どんな発言だった?

トラウデンさんは12月17日、首相官邸であった「2050年カーボンニュートラル・全国フォーラム」に出席した

同日夜にNHKのニュース番組がこのフォーラムを報じた際、トラウデンさんの次の発言を画面上で表示し、アナウンサーが読み上げる形で紹介した。

<買い物をする際、店員に「環境に配慮した商品ですか」と尋ねることで店側の意識も変わっていく>

文字の背景には、スーパーマーケットのレジとみられるイメージ画像が使われていた。一方で、トラウデンさんが言及する「店」が具体的にどういった店を指すかについて、番組では示されていなかった。

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フォーラムで共有されたトラウデン直美さんの資料
首相官邸の公式サイト

首相官邸のサイトには、トラウデンさんがフォーラムで共有した資料が掲載されている。資料では『すぐに始められる!私の一歩』として、商品について店員に尋ねること以外にも、購入前に「本当に必要な商品か」と自問することや、環境について周囲と話し合うことなどを提案している。

 

労働問題と気候変動は「地続き」

渡辺さんは、トラウデンさんの発言をめぐって、「<環境問題への取り組みを呼びかける人VS労働者>という構図が生じていること」を残念に思うという。

「労働環境の改善と、気候変動を含む環境問題の解決は、そもそも根っこではつながっています」


どういうことなのか?

「例えば、コンビニやスーパーなどで24時間営業というビジネスモデルが成り立つのは、低賃金で働く非正規労働者がそれを支えているからです。

至る所にある自動販売機は電力を消費し続け、環境への多大な負荷は明らか。それにも関わらず維持できるのは、飲料を補充するために朝から晩まで自動販売機を駆け回るような、過酷な長時間労働を強いられる労働者の存在があるからです」

安い賃金で人を使い潰して利益を生み出す経営システムと、環境を考慮せずに生産や営業を行うビジネスモデルは地続きです。今回のバッシング問題で強く感じたのは、『環境に優しい社会と、労働者に優しい社会は対立せず、連続している』ということを、もっと社会に発信する必要があるということです。決して対立するものではありません」

「今の労働環境のままでは、環境問題に関心のある一部の人が消費行動を変えることを呼びかけたとしても、気候変動の問題を解決することは難しいでしょう。長時間・低賃金労働をなくし、人間らしく真っ当な生活ができるように雇用環境を改善することは、消費行動を変えていくアプローチとセットだと思います

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POSSE事務局長の渡辺寛人さん
本人提供

<渡辺寛人(わたなべ・ひろと)>

NPO法人「POSSE」事務局長、ブラックバイトユニオン代表。東日本大震災以降、仙台POSSEで被災地支援活動を行う。社会福祉士として労働・生活相談の活動に携わりながら、雑誌POSSE編集長として情報発信を行っている。専門は貧困問題、社会政策、福祉社会学。共著『闘わなければ社会は壊れる』(岩波書店)。

 

不安定な労働の実態

トラウデンさんの発言をどう受け止めたのか?

渡辺さんは「自分が買う商品が何から作られているのか、どんな生産過程で作られているのかを知り、消費行動に生かすという問題提起には共感します」という。

一方で、環境問題を論じる際には、「労働者側の視点で考えることが大事」とも指摘する。

「トラウデンさんがどういう想定で発言したか詳しくは分かりませんが、『店員』と言われると、通常はコンビニやスーパー、アパレル関係などを連想します。これらの小売業やサービス業の現場で働く人の多くは非正規雇用で、賃金も低い。不安定な雇用形態にもかかわらず、日常的に客からの理不尽なクレーム対応に追われ、精神的にも負担の大きい業務を任される。これが日本の『店員』の実情です

「企業の中で弱い立場に置かれる店員は、自らの発言を企業側から聞き入れられることはほぼありません。今回の発言に対して『店員に言っても仕方ない』との反発が出るのはその通りで、働いている人の実感に基づいた意見だと思います。

環境問題への意識が高い海外では受け入れられるような提案かもしれませんが、日本の労働現場の実態を考えると、店員個人を通じて自らの声を企業に届ける手段は現実的とは言えません」

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気候変動への対策を訴えるアマゾン従業員たちのストライキ(2019年9月、アメリカ・ワシントン州シアトル)
ASSOCIATED PRESS

発言権が高まること

具体的に、働く環境をどう改善していけばいいのか?

ポイントは、「労働者自身の発言権が向上すること」だと渡辺さんは言う。

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんらの運動に共鳴したアマゾンの従業員約1700人が2019年9月、アマゾンに対して環境問題への取り組みを要求するためにストライキを実施した。気候変動を否定する政治家やロビイストへの資金提供の停止、事業での二酸化炭素の排出ゼロを2030年までに達成することなどを求めた。

渡辺さんはこうした動きを例に挙げて、次のように提案している。


「例えば、働く人自身が労働組合に参加してストライキなどを通じて発言権を高め、まずは労働環境を良くしていく。その延長線上で、労働者が自分の扱う商品の性質や生産過程という『労働の中身』に目を向けられるようになり、問題意識を持って企業の内側から声を上げることができるようになるのではないでしょうか

(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)