ハリウッド映画やNetflixなどの配信作品では、アジア系アメリカ人が主人公の物語がこの数年で大きく増えた。
その背景には、2018年に映画『クレイジー・リッチ!』が異例の大ヒットを遂げたことが大きい。本作は、長年語られてきた「アジア系俳優の映画は収益を上げられない」という通説を覆し、ハリウッドに新たな潮流を生み出した。
その後2020年1月、『クレイジー・リッチ!』にも出演し、『フェアウェル』で主演を務めたオークワフィナが、アジア系女性として初めてコメディ・ミュージカル映画部門でゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞するというサプライズが起きた(ただし、アカデミー賞では一部門にもノミネートされず「冷遇」された)。
世界最大級の動画配信サービスNetflixでも、2020年アジア系主人公の作品を多く発表した。そのうちのいくつかの作品を取り上げ、アジア系をめぐる表象と、いまだ残る問題点について考えていきたい。
「アジア系=オタク」? アートが得意な人気者の女の子が登場。
アメリカの映画やドラマでアジア系の俳優に与えられる役は、多くは研究者や学者、あるいはオタクなどの役が多く、「アジア系=オタク、ガリ勉」といったイメージはアメリカの映画・ドラマ史の中で少なからず形成されてきた。
『ベビー・シッターズ・クラブ』は、中学生の女の子5人組が、ベビーシッタービジネスを始めるティーンドラマだ。そのうちの1人、クラウディア・キシは日系アメリカ人。演じるモモナ・タマダは日本からの移民である両親のもとでカナダで育った。
クラウディアは、アートとファッションが好きな、クリエイティブな才能に溢れた人気者だ。絵を描くのが得意な一方、勉強は苦手。その描き方は「アシア系=オタク、ガリ勉」といったステレオタイプにとらわれていない点が画期的だった。
クラウディアと仲良しの祖母は、第二次世界大戦中に強制収容された記憶に今でも苛まれている。そうした日米の歴史を垣間見せるシーンや、あるいは主人公たちがトランスジェンダーの幼い女の子のシッターをするエピソードなどを取り入れることで、本作はコメディの枠にとどまらない、新時代のティーンドラマになっている。
『ベビー・シッターズ・クラブ』は、アメリカのヤングアダルト世代を中心に人気が広がった同名ベストセラー小説が原作。80〜90年代のポップカルチャーにおいて、アジア系の登場人物は極めて稀で、その頃発行されたこの小説のクラウディアの存在は、当時の非白人のティーンに大きな影響を及ぼしたという。
Netflixでは、クラウディアにフィーチャーしたドキュメンタリー『クラウディア・キシ倶楽部』も配信。アートやカルチャーの分野で活躍するアジア系女性のクリエイターが、クラウディアから受けた影響を語っている。
日系の女の子が主人公のクリスマスドラマ
ニューヨークを舞台にしたクリスマスドラマ『ダッシュ&リリー』は、古本屋に置かれた一冊のノートで交換日記を始める10代男女のラブストーリー。
日系の母、白人の父を持つ主人公のリリーは、幼い時に同級生からそのルーツを理由にいじめられ、今でも同世代と馴染むことができないでいる。
リリーはいつも自分で作った少し奇抜な服を着ていて、その点では『ベビー・シッターズ・クラブ』のクラウディアとも似た、クリエイティブな才能を持っている。リリーを演じているのは、日系アメリカ人の俳優ミドリ・フランシスだ。
Netflixが力を入れて毎年数多く発表しているクリスマス作品の中で、アジア系の女の子が主人公の作品がつくられたことは大きな変化だ。アメリカの有名映画批評サイト、ロッテン・トマトでの批評家によるスコアは100%で、各メディアのレビューでも好評を博している。
日本の文化や家族の描き方は?
一方で気になるのは、ホリデーシーズンの行事を通した日本の文化や家族の描き方だ。
白人の男の子であるダッシュは、リリーから「言葉が通じないことがどんなことか体験してほしい」と提案され、日系の女性に囲まれて餅をつくる教室に通う。うまくつくれないダッシュは、リリーから「Listen to mochi(餅の声を聞け)」というアドバイスをもらう。日系の女性たちは、英語を喋らず、「無口で堅物」として描写されている。
「餅の声を聞け」というのは「内なる声を聞く」ことで、ダッシュはそれによって餅づくりに成功する。その後の大事な場面でも鍵となるセリフだ。
物が発するという「声」に耳を澄ませるというのは、アメリカでも大ブームとなったKonMariこと近藤麻理恵の「片づけ術」的でもある。こんまりメソッドは、あらゆるものに神様が宿るという神道の考えに根付いているとも指摘されており、アメリカでは「こんまりブーム」と同時に神道の価値観も広がった。「Listen to mochi(餅の声を聞け)」は、そうした影響を感じさせるセリフだが、日本で一般的に浸透した考え方とは言い難い。
他にも、劇中に登場するお屠蘇や年越し蕎麦、お年玉などの細かい描写が、日本での文化のあり方と齟齬があるように見受けられる。これらは、作り手がイメージする「日本」を表す記号のように使われ、その実態とは異なるステレオタイプを生んでいるようにも感じた。
そのシーンのBGMは、坂本九の「Sukiyaki(上を向いて歩こう)」だ。同曲は1963年にアメリカのビルボード・チャートで首位を獲得したヒットソングだが、57年前のことである。ティーンが主人公の現代のロマンティックコメディで使う楽曲としては、少し古くはないだろうか。
アジア系が主人公の作品は、その家族にも焦点が当たることが多い。たとえばNetflixの映画『タイガーテール』では、台湾からアメリカを目指した移民である親と、アメリカで教育を受け育った娘の物語で、2つのアイデンティティをめぐる問題や故郷への憧憬が、作品に深みをもたらしていた。
その点において『ダッシュ&リリー』はどうか。
本作にも親世代・祖父母世代は登場する。特に、ジェームズ・サイトウが演じるリリーの祖父は「家長」として家族を率いており、祖父が言うことは「絶対」だとして遵守されている。一方で、そのルーツやアイデンティティに踏み込むエピソードはなく、家父長制的な家族観が肯定的に描かれているのも気になる点だ。
Netflixのアジア系のクリエイター起用
『ダッシュ&リリー』のショーランナー(ドラマ制作全体を指揮する人)は、非アジア系の男性だ。
一方で、Netflixはドラマ『マスター・オブ・ゼロ』や映画『ハーフ・オブ・イット』など、アジア系の男女が主人公の作品で、主人公と似たルーツを持つクリエイターを起用したヒット作も多い。
『マスター・オブ・ゼロ』は、インド系アメリカ人の俳優兼コメディアンのアジズ・アンサリが主演・制作を担当。アメリカのテレビ界最高峰の栄誉であるエミー賞や、ゴールデングローブ賞を受賞している。インド系の主人公と、その友人として黒人でレズビアンの女性(脚本でアンサリと共にエミー賞を受賞したリナ・ウェイスが演じる)、台湾系アメリカ人の男性などが登場し、白人社会で生活するマイノリティならではのエピソードが繰り広げられる。
また、レズビアンである中国系アメリカ人のティーンが主人公の『ハーフ・オブ・イット』も、台湾人の両親を持つアメリカ生まれのアリス・ウーが監督を務めた。本作を、ハフポストUS版では、「10代のロマンチックコメディでよく見るようなラブストーリーではない」とし、性的マイノリティのアジア系アメリカ人を主人公とした物語の多様さを示したとして、高く評価している。
『ダッシュ&リリー』をみるに、アメリカ作品におけるアジア系の人々や文化の表象は、まだ進化の余地があり、過度期にあると言えるだろう。「アジア系」と言っても、様々な国と民族、文化があることなど、その物語をめぐっては、いまだ多様性が欠如しているという批判の声もある。キャストはもちろん、才能に目を向け、クリエイターの起用をより増やしていくことも必要だろう。