【3分でわかる】相次ぐイスラエルとアラブ諸国の国交正常化、読み解く2つの鍵は「世代交代」と「脱・石油」

「歴史的な合意」と言われるイスラエルとUAE、バーレーンとの国交正常化。アメリカ大統領選との関係は?日本にはどんな影響がある?専門家に聞きました。
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国交正常化合意署名式に臨んだ、左からバーレーンのザイヤーニ外相、イスラエルのネタニヤフ首相、トランプ米大統領、アラブ首長国連邦(UAE)のアブドラ外相(ホワイトハウス)=2020年09月15日、AFP=時事
時事通信社

中東地域で、イスラエルとアラブ諸国との間の「国交正常化」の動きが相次いでいます。

9月15日、アメリカのホワイトハウスで、アラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンの2か国が、イスラエルとの国交正常化をする合意文書に署名しました。

立ち会ったトランプ大統領はTwitterで、「中東の平和にとって歴史的な一日だ!」と自賛し、「ほかの国も続くだろう」とほのめかしました。

いま、中東地域で何が起きているのか。日本にはどんな影響があるのか?トランプ大統領が称賛するのはなぜなのか?

アラビストで元外交官の三菱総合研究所主席研究員・中川浩一氏に聞きました。

イスラエルとの国交正常化、どうして「歴史的」?

イスラエルは、第2次世界大戦後の1948年、パレスチナに移住したユダヤ人が建国した「ユダヤ国家」です。

当時、パレスチナに暮らしていたアラブ人は土地を奪われ、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の聖地である「エルサレム」はイスラエルに占領されました。

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イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の聖地であるエルサレム
Baz Ratner / Reuters

このパレスチナをめぐり、イスラエルと、イスラム教を信仰する周辺のアラブ諸国は1948年、1956年、1967年、1973年と4度にわたる「中東戦争」を続けてきました。しかし、いまだにパレスチナ自治政府側と、イスラエルとの間の和平合意にはいたっていません。

これまでイスラエルは、中東戦争やオスロ合意をきっかけに、1979年にエジプトと、1994年にヨルダンと国交正常化していますが、その後26年間にわたって動きはありませんでした。

中川氏は「イスラエル人とアラブ人は、こうした宗教や土地をめぐる争いから、互いに憎しみ合ってきた。この26年間、何も動きがなかった中東地域で、中東のシリコンバレーとも呼ばれ、ハイテク産業の集積地であるイスラエルのテルアビブ、中東の巨大経済ハブであるUAEのドバイ、オイルマネーに溢れるアブダビ、中東の金融センターであるバーレーンが結びつく今回の合意は、間違いなく『歴史的だ』と言えます」と話します。

なぜいま、相次いでいる?カギは「世代交代」と「脱石油」

では、なぜいま国交正常化が相次いでいるのでしょうか。

まずは、アラブ諸国側の思惑から。

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UAEの経済の中心地・ドバイ
Satish Kumar Subramani / Reuters

中川氏は、「世代交代」と「脱石油依存」を挙げます。「最後の中東戦争から50年近く経っており、アラブ諸国では若者の人口が増えている。また、指導層も大幅に若返っている。直接戦争を知らない世代が増え、奪われた土地を取り戻すという『アラブの大義』の意義が薄れ、パレスチナ問題への関心が低下している」と語ります。

また、UAEもバーレーンも産油国である一方、「脱石油依存」を目指しています。「石油はいずれなくなる。オイルマネーにいつまでも依存していては、いずれ国家運営が立ち行かなくなる。そうした危機感から、製造業やサービス業、観光業などに力を入れ、産業の多角化を進めてきました。そんな中、コロナ禍による経済活動の停滞もあり、中東の『ハイテク国家』であるイスラエルとの国交正常化による経済的なメリットの方が上回った」と分析します。

一方の、イスラエル側の思惑はどうでしょうか。

イスラエルでは最近、与野党の連立交渉が難航して総選挙を3回やり直したうえ、ネタニヤフ首相には汚職疑惑が浮上。中川氏は「国内基盤が苦しいなか、国民の支持を得るために外交的、経済的成果で挽回する必要があった」と言います。

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イスラエルで起きた、ネタニヤフ首相の汚職疑惑や政府の新型コロナ対策に抗議するデモ=2020年9月
Ammar Awad / Reuters

すでに土地を占領しているイスラエルにとっては、パレスチナ問題を解決するには何らかの譲歩をするしかありません。「本音ではパレスチナ問題を消し去りたいイスラエルにとっては、国交正常化でアラブ諸国にくさびを打つことで、国際社会にイスラエルとアラブは和解したと見せかけ、パレスチナ問題の関心を一層低下させたいとの思惑もあります

日本にはどんな影響がある?

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eugenesergeev via Getty Images

日本から8000㌔以上離れた中東。しかし、「エネルギー白書2020」によると日本の原油の中東依存度は88.3%と、中東地域の安定は日本にとって他人事ではありません。今回の動きは、どんな影響があるのでしょうか?

 

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ハフポスト日本版の取材に応じる三菱総合研究所主席研究員の中川浩一氏
Yuka Takeshita / HuffPost Japan

中川氏は「ビジネス面だけで見ると、日本にとっては絶好のチャンス。UAEはすでに、イスラエルの企業や製品をボイコットする、いわゆる『アラブ・ボイコット』を廃止すると発表しています。『大中東経済圏』ができる可能性があり、『イスラエルをとるか、アラブをとるか』と二者択一を迫られていた日本にとっては、ビジネスチャンスだと言えます」と語ります。

一方、中川氏はこうも指摘します。「今回の国交正常化の陰で、置き去りにされているのがパレスチナです。11月のアメリカ大統領選の結果次第ですが、トランプ氏が再選されれば、アメリカはイスラエルとの関係を一層重視し、敵対するイランへの圧力を一層強めるでしょう。2期目のトランプ氏も、パレスチナとの和平合意をめざす可能性は低いでしょう

トランプ大統領は2017年12月、エルサレムを「イスラエルの首都」と承認すると表明し、テルアビブにあった米大使館をエルサレムに移転。イスラエルと対立するイランに強硬路線を続けるなど、イスラエル寄りの政策をとってきました。

日本は、イスラエルと将来の独立したパレスチナ国家が平和で安全に共栄する「二国家解決」を支持してきました。外務省によると、1993年からの対パレスチナ支援はこれまでに約20億ドルに上ります。だからこそ、中川氏は「今回の合意で陰に隠れたパレスチナへの支援を強化することが、国際社会に求められる日本の役割だ」と指摘しています。