「産後の女性の死因の一位は自殺。だから、これは人の命がかかった問題なんです」。
そう訴えるのは、ワークライフ・バランス社の小室淑恵社長。天野妙さん(みらい子育て全国ネットワーク代表)との共著「男性の育休」出版を記念して行われた9月23日のオンラインイベントでのことだ。
義務化が注目されるが、2019年実績でもわずか7.48%と取得が伸び悩む男性の育休。
小室さんは、まず考えて欲しいのは女性の「産後うつ」との関係だと話した。
産後1年未満に死亡した女性の死因で最も多いのが「自殺」(2015〜16年、国立成育医療研究センター調査)であり、その要因となるのが「産後うつ」だからだ。
夜間の夜泣きや授乳対応など、ベビーシッターや「翌朝仕事に出かける夫」には任せづらいことが、産後うつと大いに関係するという。
ホルモンの変化や、慣れない育児のストレスなどが原因ではないかと考えられている「産後うつ」リスクのピークは産後2週間〜1カ月。発症リスクを防ぐには、「十分な睡眠」を取り、「朝日を浴びて散歩」して、体内のセロトニンを増やすことが必要だからだ。
コンサルティング業務などで、経営者に対して社員の男性育休の取得を提案すると「それよりも毎日早く帰る方がいいのでは?」と言われることもあるという。
しかし、夜の育児ができるかどうかという観点では「なるべく早く帰る」と「育休」は全く違うと、小室さんは話す。
「仕事をしている夫に対して『明日も朝から仕事でしょう…私がやるから、あなたは寝ていて』なんて妻はつい言ってしまう。それが、女性を自殺に追い込むんです」。
この時期の夜中の育児をいかに夫と分担できるかは、育休取得の有無に大いに関わってくるのだ。
また、仮に実家などの助けが得られても、育児を共にし「辛いね」「かわいいね」と感情を共有することは、長い夫婦生活を続ける上で大切だと指摘。「人生100年時代。あなたの人生の評価をするのは上司や同僚ではなく家族です」と締め括った。
さらに、質疑応答では「育休を取得したいけれどできない」と悩む多くの人に対しては「上司を説得するキラーフレーズ」も伝授した。
「『産後うつ』も納得してもらいやすい話ですが、やはり管理職が一番不安に思っていることは、『一人を休ませたら自分の成績が維持できるかな?』ということ。育休を取得して業績が上がった企業の話などポジティブなメッセージを事前にインプットしておくこと」と話した。
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「育休にまつわる7つの誤解」
一方、天野妙さんは、著書で詳しくまとめた「育休にまつわる7つの誤解」について要点を解説。勘違いされがちな真実について、自身の体験も踏まえながら語った。
1「育休で収入がなくなったら生活が立ち行かない」
→平均的な会社員なら、9割程度の手取り収入が保障される。
※産後180日間に取得した場合。育児休業給付金として雇用保険から支給されるのは月給の67%だが、加えて社会保険料が免除されたり、出費も減ったりすることから、手取り額で比較すると8〜9割となる計算。
2「男性が育休を取っても、家庭でやれることは少ない」
→もちろん、たくさんある。「産後うつ」のリスク低減のためにも夜中の育児分担が非常に重要。妻の仕事の有無にかかわらず「家事も育児も全くしない男性」は調査で7割にものぼるが、知識を取得する機会がなかった場合も。育休はその後のライフスタイルや、夫婦生活が変わるきっかけになる。
3「共働きの家庭でないと育休は取れない」
→取れる。実は2009年の法改正までは労使協定で企業が独自に「専業主婦家庭は不可」とすることが認められていたために、この誤解が広がっている可能性も。出産直後の妻の家事育児タスクの量や、産後うつのリスクは、働いていて産休中の妻と全く同じ。
4「大企業にしか男性育休の制度はない」
→男性が育休を取得できる権利は企業の大小や制度にかかわらず法律(育児・介護休業法)で定められている。しかし、正規・非正規共に就職した会社に1年以上在籍していることが条件。
5「休むのに給付金をもらうと、会社に金銭的負担をかける」
→給付金は社会保険料から支払われるので会社の金銭的負担はない。支給されるお金は、自分の給料から天引きされて積み立てていた雇用保険。それどころか、企業は助成金を受け取ることもできる。例えば中小企業の場合、月給30万円の男性が1カ月取得すると、助成金72万円と支払いがなくなる給与の合計で会社は102万円の収入増。仕事が増えた他の社員のための手当てや、要員補充も可能な額となっている。
6「1年間も休んだら、職場の仕事が回らなくなる」
→男性の育休期間は1年とは限らない。取得期間は柔軟性が高く、2度に分けて取得することも可能。
7「一時的にせよ担当業務を引き継ぐと会社に迷惑がかかる」
→引継ぎによる業務の棚卸しや仕事の属人化をやめることは、経営上の大きなメリットがある。抜本的な効率化や、不要な業務をやめるチャンス。育休中でも、一時的・臨時的業務に限っては月80時間の上限で働くことができる制度もある。
子育てしやすい社会づくりのために、男性の育休取得が有効と考え、一般向けのイベントや政治家へのロビーイング活動など、団体のメンバーとともに様々な手段で啓発を続けてきた天野さん。
昨年から政治の動きも活発化していることに触れ「一人一人が小さなアクションを積み上げていくということが大事。『あなたたちがんばって』ではなく、皆さんができる小さなことをひとつずつやっていくこと大事。どうか一緒にやってください」と呼びかけた。
自民党議連メンバーも参加
オンラインイベントには2人が民間アドバイザーを務める自民党の「男性の育休『義務化』を目指す議員連盟」(会長・松野博一元文科相)の松川るい参院議員、和田義明衆院議員も参加した。議連では、男性社員から申請がなくても企業側から取得を促す『プッシュ型』の取得義務化を目指して安倍晋三元首相に提案している。
松川議員は「菅総理も少子化対策に関心を寄せている。家事育児のシェアを進めないと、女性活躍や少子化対策はできないと考えている議員は自民党の中にも多い。今後も取り組んでいきたい」。
和田議員は「義務化が国会でも話し合われる流れができた。1年前はここまで進むと思わなかった。多くの人が幸せになれる国にするため、根本的な幸福感を日本人はもっと目指していかないといけない」と理念を語った。