2度目の全米オープン制覇を達成した大坂なおみ選手の活躍で注目が集まったBlack Lives Matter(BLM)運動。子どもたちが憧れる大坂選手の行動は、日本でも人種差別について考えるきっかけになるはずだ。
大坂選手は試合ごとに人種差別や警察による暴力の犠牲者の名前が書かれた黒いマスクをつけ、BLMへの連帯を示してきた。
大坂選手は優勝インタビューで、「みなさんがどんなメッセージを受け取ったかに興味があります。より多くの人が、このことを語るきっかけになるといいと思います」と逆に会話のボールを私たちに渡してくれた。
だが、そもそも日本に住む私たちは大坂選手の言葉を受け止めきれるのだろうか。
「BLM運動」を子どもたちに向けて、きちんと説明できるだろうか。
「なぜ黒人は差別されるの?」子どもの疑問に、どう答えたらいいのか分からなかった
6月、ジョージ・フロイドさんの死を受けてアメリカで大きく広がったBLMの抗議デモ。海外ニュースとして日本でも取り上げられる機会が多く、筆者も小学生の息子からこんな質問を受けた。
「どうして黒人は差別されているの?」
人種差別がなぜ起きるのか。黒人差別がどういう歴史をたどり、現在のBLMに至っているのか。「黒人」や「人種」という言葉の意味もよく理解していない息子に対し、正確に分かりやすく伝えるのは本当に難しかった。
このテーマに詳しい、愛知県の大学で教鞭をとる松井 ヘイ アブリルさんに相談してみた。
「BLMについて、子どもたちにどう伝えたらいいですか?」
“殴られて育った子” と “愛されて育った子”
松井氏は、25年前に来日したイギリス出身の黒人女性。現在は、日本人の夫と2人の子どもたちと暮らしている。
日本語は流暢だが、母語で細かいニュアンスを正確に伝えたいと、英語で取材に応じてくれた。
「アメリカやヨーロッパで起きているBLM運動の背景をすごく簡単に説明すると...」
言葉を選びながら、こんな例えを示してくれた。
「2人の子供がいるとします。1人は愛情いっぱいのキスやハグをされて育った子どもです。もう1人は、ことあるごとに顔を殴られ暴力を受けながら大きくなりました。そうして2人の子どもが大人になった時に、2人はどうなっているでしょうか?」
「これが、今起きていることです」
日本では、BLMについて次のような感想を聞くことがある。
「黒人も白人も犯罪をしたら警察から銃を向けられるのは当たり前だ」
「警察に撃たれて亡くなる白人もいる」
BLMのきっかけとなった、それぞれの事件の原因は差別ではなく、個別のケースによって異なる「個人の問題」だという考え方だ。
だが、松井氏は言う。
「個人の問題ではなく、構造の問題なんです。(愛情いっぱい育てられるのではなく)殴られて育つ子ども。こんなことは、もう変えなくてはいけない。そういう怒りや正義を求める声が『BLM』なんです」
当時、デモに乗じた暴動も一部で起きていた。そうした衝突のシーンばかりが、メディアを通じてことさら強調されて伝わっていた。こうしたメディアの伝え方にも、松井氏は疑問を投げかける。
「日本のメディアには、デモに参加している人数、ほとんどのデモが平和的に行われていることをもっと報じてほしい。デモに参加しているのも、黒人だけではありません。白人、アジア人、ユダヤ人…いろんな人が団結して、公平と正義を求めて訴えている。どうしても暴力的なデモの映像ばかりが取り上げられてしまいますが、それはごく一部の話です」
「あなたの人生に起こっていないからといって、それが起きていない、ということではない」
日本では人種差別は身近な出来事ではないと感じている人もいるかもしれない。だが、それは本当だろうか。
ここ数年を振り返れば、日本でも2015年、日本人の母親とアフリカ系アメリカ人の父親を持つ宮本エリアナさんが「ハーフ(この言葉にも様々な議論がある)」として初めてミス・ユニバース日本代表に選出され、「日本人ではない」「日本代表にふさわしくない」と批判された。
2017年の大晦日には、バラエティ番組で人気芸人が黒塗りメイクをしたことが差別的だとして波紋をよんだ。
2019年1月には、日清食品が大坂選手の肌の色を実際よりも白く描いたアニメCMを制作。「ホワイトウォッシュ」だと批判が上がり、謝罪した。
大坂選手に対しては、2019年9月、お笑いコンビ「Aマッソ」が「日焼けしすぎているから漂白剤が必要」などと差別的な発言で笑いをとろうとしたことも国内外で大きな問題となった。
大坂選手は当時、「資生堂のアネッサパーフェクトUVの日焼け止めがあるから、私が絶対に日焼けしないって、ぜんぜん分かってないんだね」とスポンサーである資生堂の商品を宣伝しながら切り返してみせ、大人な対応だと称賛された。
だが、BLMへの連帯の意思ををはっきりと表現するようになった今年6月には、「日本には人種差別なんて存在しない」というTwitterのコメントに対して「NANIIIIII?!」と返信。「当時の記事を紹介し、自身が受けた差別を示してみせた(現在は削除)。
その数日前には、「あなたの人生に起こっていないからといって、それが起きていない、ということにはなりません」と無関心への危機感をあらわにした投稿もしている。
電車の座席、なぜか自分の隣だけ空席
話題にのぼる機会が少ないからといって、日本では黒人差別はない、なんてことはない。
松井氏は言う。
「生活をする上で難しいと感じる場面はよくあります。電車やバスに乗って、私の隣の席だけが空席になる、という現象もたびたび起きます。空いていても誰も座らない。病院では、私を見た医師や看護師が困惑したような表情をして、こちらが日本語を話し始めると態度や様子が変わります」
◇
こんなこともあった。
娘を車に乗せて運転していた際、警察から車を停車するように指示された。信号で停車中に携帯電話を使用したと疑われたのだ。実際には、ホルダーから落ちてしまった携帯を拾い上げたのだが、説明をしても信じてもらえなかった。
「汚い言葉で罵声を浴びせられた。10分ほどですが、まるで殺人でも犯したかのような態度でした。娘が後ろに乗っていたのに」
松井氏の勤務先が大学だと分かると、警察官の態度は変わったという。もう一度事情を説明し、解放された。
「娘が泣いてしまって…。帰宅後、食事中も、ベッドに寝かせるまで泣いていました。日本人の夫に対してなら、警察はあんな態度を取らなかったはずです」
「私の子どもたちは、幸運なことに、学校でいじめられたことはありません。“幸運”と言わないといけないことに悲しい現実を感じますが...、楽しく学校生活を過ごしています。でも、いじめを受けた子どもたちがいることも知っています。時には、いじめが原因で転校することになった子もいます」
「黒人の日本人」の存在、知っていますか?
松井氏には今、心配なことがある。
「私の子どもたちは、外見から『日本人ではない』と決めつけられることがあります。日本人としてのアイデンティティを否定され、摩耗されてしまわないか。将来、自分のアイデンティティに悩み、模索することにならないか、心配です」
「「彼らが使う教科書には、多様な文化を反映したキャラクターはほとんど登場しません。娘は読書が好きなのですが、彼女が読んでいる本の中に、彼女自身のアイデンティティを投影できるようなキャラクターを見つけることは難しいのです」
日本では、黒人だからといって命の危険を感じるような暴力はアメリカほどないかもしれない。
だが、無意識で悪意のない境界線を引かれることも静かなる差別なのだと、松井氏の言葉は訴える。
一方で、前向きな変化も実感しているという。
「英語の教科書に黒人のキャラクターが登場することは増えましたし、クレヨンからは『肌色』という表記がなくなりました。来日してから20年以上が過ぎて、日本でも社会正義や差別についてだいぶオープンに語れるようになった。変化は確実に起きています」
「黒人の日本人もいる。そういうところから、もっと会話が必要なんだろうと思います」
子どもは大人を見て、聞いて育つ。「教育がカギなのです」
インタビューを通じ、松井さんは「教育が大事」だと何度も強調した。
「私の大学の学生たちは、BLMに興味を持っています。海外で起きていること、BLMの背景について授業時間外にも質問に来てくれます。日本の若い人たちは、広い視野を持ち、社会問題に対する意識を育んでいるように思います。素晴らしいことです」
「教育がカギなのです。子供は大人の背中を見て、大人の言葉を聞いています。もちろん、そうでないこともありますけどね(笑)。でも、親が興味を向ければ、子供も関心を持つものです。逆に親が無関心なら、子どもも興味を持ちません。持っても、その先を得られません」
家庭や学校、社会の中で行われる教育が重要で、そこから始まる「会話」が大事ーー。だからこそ、6月にNHKが制作したBLMを説明するアニメは、罪深いという。
子どもをターゲットに、教育目的で作られたコンテンツによって、「黒人=野蛮、怖い」という差別的なステレオタイプ化されたイメージを助長するものだったからだ。
松井氏は、こう提案する。
「Instagram、YouTube、ニュース、本でも映画でもいい。まずは親が知って、子どもと会話をしてください。黒人について、差別について。海外の状況をきっかけに、そこから日本の文脈に引き付けて、例えば食事の際に会話をするのがいいと思います」
まず大人が学び、会話を始める。そんな姿勢を子どもに見せる。
イギリスやアメリカでは、人種差別について、家庭や学校、教会で行われる補習校で学ぶのだという。
「知識として全体像を学ぶだけではなく、会話を通して理解を深めます。黒人の問題だけでなく、インドやパキスタン、バングラデシュから来たアジアの人たちや、イギリスに住むマイノリティの民族の人たちのこともです」
日本でも過去の差別について教育やニュースで知識として学ぶ機会はある。だが、“会話”をする機会はあまりない。
大人が率先して学び、会話をする。そんな姿勢を、子どもたちに見せていく。
大坂選手が投げたボールを受け取った私たちができることは、こういうことなのだろう。