菅政権がスタートした。
7年8カ月にわたって「女性活躍」を看板政策に掲げ続けた安倍政権の後継。党4役は全員男性で、新内閣の女性閣僚も20人中2人と、ジェンダー平等においてはため息が出るような船出となった。
ただ、変化の兆しもある。
9月3日に下村博文氏が選挙対策委員長(当時)としてまとめた提案書には、自民党の女性議員が「2030年に3割となるよう、候補者クオータ制の導入を目指す」と数値目標の設定と方策が盛り込まれた。
さらに、2030年までに自民党の衆院議員の女性比率を現在の7%強から、30%に増やすためのロードマップも提示。党内での反発も予想される、かなり踏み込んだ内容となっている。
日本の国会議員(衆院)の女性比率は9.9%で、世界190カ国中167位。
遠くない未来に総選挙が予想される中、政治の世界に強固に存在する『ガラスの天井』は、いつになれば壊せるのだろうか。
「女性候補者クオータ制」「選挙区定年制」…自民党内から上がった荒療治な提案
下村選対委員長(当時、今は政調会長)から二階俊博・幹事長(再任)に手渡された提案書には、こうある。
わが国の女性議員比率が国際的にも低い水準にとどまっていることも鑑み、わが党の各級女性議員が2030年に3割となるよう、候補者クオータ制の導入を目指す。
まず、わが党の女性議員がゼロとなる都道府県議会(現在14府県)を次回の選挙で無くす。その上で、それを市区町村議会にも拡げていく。
そして国会議員も、早期に各都道府県で1人は女性議員を輩出できるよう努める。
「幅広く多様な人材の政治参加促進策について」より
現在の自民党の衆院議員は284人で、うち女性議員は21人。女性比率は7.39%で、他党と比べても低い。
2019年7月の参院選では自民党の女性候補者は14.6%。男女の候補者の数ができるかぎり均等になるよう政党に努力を求める「政治分野における男女共同参画推進法(候補者男女均等法)」を施行した後だったが、候補者ですら2割に満たない状況だった。スタート地点ですでに女性が少ないのだ。
提案書の別紙には、「2030年までに3割」を達成するためのかなり荒療治な提案が盛り込まれている。
提案では、2030年までに4回程度の総選挙があると想定。「総選挙のたびに16議席ずつ女性議員を増加させる」もしくは「総選挙のたびに女性議員を約1.42倍にしていく」必要があると計算する。
さらに、「全国11の比例ブロックに1人ずつ女性を上位に登載し、残りを選挙区から擁立か?」と提案。選挙区で女性の候補を擁立しやすいよう、こんなアイデアも紹介した。
*選挙区に定年制を設け、空白区に優先的に女性を立てる?
*現職選挙区においても、女性新人との党員予備選挙を導入?
「<例>衆議院の女性議員数3割を達成するためのシミュレーション」より
「候補者クオータ制」や「選挙区定年制」など、党内では反発必至の提言だが、提案書をまとめた下村氏は、新政権で政調会長のポストに就任している。
自民党の変化の兆しをどう見るか。上智大法学部の三浦まり教授(政治学)に聞いた。
想定される党内の熾烈な争い。菅首相にリーダーシップと覚悟はあるか
ーー今回の提案書をどう評価しますか?
数値目標を立てて、ゴールから逆算し、選挙ごとに増やすべき人数や増やし方の具体策を提示したことは、素晴らしいです。
ただ相当大変だということも見えてきます。
次の総選挙で16人女性を増やすのは、各ブロックの比例1位に女性を置いて選挙区で少し頑張ればできるかもしれません。でも、新たに当選した女性議員が、次回以降も当選し続けた上で、さらに16人ずつ増やすわけですから、2回目、3回目の選挙では、比例上位に女性を2人、3人…と増やし、選挙区でも世代交代のスピードをあげていかなくてはいけない。党内で相当に熾烈なせめぎ合いが起きることが予想されます。
ーーとはいえ、そこまでやらなければ、今後10年かけても女性議員を3割にできません。
菅義偉自民党総裁のコミットと強い政治的な覚悟が何よりも必要です。比例の上位登載はトップのリーダーシップで可能でしょうが、選挙区では地方組織との兼ね合いもあります。
例えば、地元から女性の候補者を擁立できない場合、党が推薦する落下傘と、地元たたきあげの男性候補の戦いということになれば、地方組織は地元に地盤がある男性候補を立てたいと望むでしょうから、それを党本部が説得するのは相当の力量が必要になってきます。
地方組織を説得するためには、女性候補数値目標を設定しないと難しいのではないかと思います。菅さんは強力な腕力があると言われているので、あとは覚悟を決めるかどうかです。
安倍政権が掲げ続けた「女性活躍」の看板、空気を変えた
ーー総裁選前にあった自民党の青年局・女性局主催の公開討論会では「ジェンダーギャップ指数が先進国で最下位だ」という指摘が真っ先に上がりました。自民党内部からの変化の兆しも感じます。
そうですね。女性議員を増やすためのクオータ制導入は、稲田朋美さんの「女性議員飛躍の会」でも同様の提言を行っています。
安倍政権が「女性活躍」を看板に掲げ続けたことで、自民党の女性議員たちが、女性政策を党内で進めやすくなったと感じています。
ーー安倍政権の「女性活躍」政策のレガシーでしょうか?
政策のレガシーではなく、看板のレガシーですね。「女性活躍」を看板として掲げた効果はあったと思います。
保守的な安倍さんが看板として「女性活躍」を進めたので、保守的な支持基盤からの批判も出にくかったと思います。なにより、長期政権で7年以上「ウーマノミクス」を成長戦略の柱に掲げたことで、共働きを前提とした社会のあり方を日本全体で考えるようになった。働き方改革もそうです。
しかし、政策の中身や後押しは不十分でした。政策面での下支えが弱かったので、世界との差も開いてしまっています。
ーー菅首相には「女性活躍」政策は期待できるでしょうか?
安倍政権の政策を引き継ぐと言っている菅首相ですから、安倍政権の看板政策だった女性政策を無視することはないと思います。
ただ、その力点がどこにあるのか。見えてくるのは、子育てや少子化対策へのシフトです。不妊治療への助成増額ということが最初に出てきました。また、「自助」も強調しています。女性への産む圧力、無償ケアを引き受けるべきだという圧力が強まるのではないかと懸念します。
「軽い神輿」では意味がない
ーー今回も総裁選では女性候補がいませんでした。世界を見れば、女性のリーダーが活躍している国がたくさんあります。
そもそもの女性議員の母数がもっと増えないと難しいと思います。
大統領制と異なり、日本のような議院内閣制では、世論の支持よりも派閥や党内での権力基盤をどう築くかという方が重要になります。政策がいいから支持されるわけではありません。党内で誰が力を持つか、というダイナミズムの中で、お金や人脈がものを言う世界なのです。人気は権力を取った後に、テレビでの露出などを通じて後から作られるというのが、最近の現象です。
全体の2割にも満たない女性議員がトップになっても、それは主流派閥が担ぎ上げた「お飾り」でしかないかもしれません。自民党が苦境に立たされた時に、クリーンで新しいイメージを持たせるためだけの、実権が伴わない「軽い神輿」になる可能性があります。
内向きな派閥政治を勝ち抜くことが総裁になる条件である以上、女性も派閥の支持を固めないと総裁候補になれません。ですが(そうした派閥の論理で)女性総裁が誕生することに意味はあるのでしょうか。
女性議員全体の人数がもっともっと増えて、女性をはじめとする社会の多様な声を受け止める女性議員たちの支持を基盤に、女性総理が誕生しないと意味がありません。その時には、男性議員の中にもアライ(支援者)がもっと出てくるはずです。
ーーすると、自民党が「30年までに女性議員3割」という数値目標を掲げて、達成できたとしても、日本に女性首相が誕生するのはさらにその先になるということですね。
10年後のさらに10年先だろうと思います。
首相の前に、党4役や主要大臣など、意思決定層の重要ポストに女性が存在するのが当たり前の状況にならないといけない。
自民党が変われば、政治が変わる
ーーそもそもなぜ、自民党はこんなに女性比率が少ないのでしょうか。
自民党は特に、政治家モデルが男性化されているんですよね。
24時間政治に奉仕でき、家族を動員した選挙戦を戦える人が求められています。地域とのネットワークもとても大事です。家族のケア責任から免責されていないと、それだけの時間を捻出することはできません。
地元に人脈と金脈があって、家族が選挙に全面協力してくれて、24時間政治に奉仕できる候補者を探す、となると、なかなか女性では見つかりません。
ーー自民党一強が長らく続いていますが、だからこそ、自民党が変わればインパクトは大きいと思います。
大きな意義があると思っています。
今後4回の選挙で女性比率を3割まであげようとするなら、今までのような候補者探しでは限界があります。今までの男性的な政治家像に当てはまらない人を探したり、そういう人を擁立して当選できるようにサポートしたりすること自体が、自民党という組織の変化を促すことにつながります。
「2030年に女性議員3割」という目標を自民党が掲げて、達成できたとしたら、それは、もはや自民党がまったく別の組織に変化した、ということかもしれません。
自民党は地方に強い組織ですが、ジェンダーイシューなどのように普遍的で、地域性を持たないテーマに力をいれることは、新しい支持層を増やすことにもつながります。
そして、自民党が変わる、ということは、政治のあり方そのものが変わるということです。ものすごいインパクトがあると思います。
ただし、自民党がこうした変化をメリットとして感じるには、野党からの突き上げがないと難しいでしょう。今のやり方で権力を維持できている限り、変える必要性は感じないはずです。
国会議員の女性比率を上げる施策は野党にとっても大きな課題です。
女性国会議員の割合は参議院で22・9%、衆議院では9・9%と1割を下回っています。
「候補者男女均等法」の施行後初めての国政選挙(補選をのぞく)となった2019年参院選では、各党の女性候補比率は、共産党が55%▽立憲民主党が45.2%▽国民民主党が35.7%▽日本維新の会は31.8%▽自民党は14.6%▽公明党は8.3%ーーでした。そもそもの選択肢が少ないことが分かります。
日本の人口のおよそ半分は女性なのに、なぜ私たちを代表する政治家に女性がこれほど少ないのでしょう。いつになったら、日本には女性のリーダーが誕生するのでしょうか。
「あくまで実力で選んだ結果」「性別は関係ない」ーー。よく聞く反論は本当でしょうか。
ハフポスト日本版は10月6日、生配信番組「ハフライブ」で、「なぜ45歳の女性首相は誕生しなかったのか?」をテーマに語り合います。
9月16日に国会で行われた首班指名選挙。45歳の寺田静参院議員が、同じ45歳の伊藤孝恵参院議員に1票を投じて話題になりましたが、菅義偉議員の142票(参院)に及ばず、女性首相は誕生しませんでした。
ハフライブでは、寺田議員と伊藤議員をお迎えし、1票を投じた思いや、1票を受けて感じたことについて直接聞きます。
また、日本の政治家に女性が少ないのは、(1)有権者が選んだ結果で仕方がないことなのか、 (2) そもそも増やす必要はあるのか、(3)女性首相が日本で生まれるまではあと何年かかるのか――についても話し合いたいと思います。
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