男と女、線引きは「戸籍」から生まれた。「性差(ジェンダー)の日本史」の企画展が問う“常識”

性による区分はなぜ生まれ、人々の生き方に何をもたらしたのか。「政治・仕事・売買春」の3つの軸から性差の移り変わりをたどる企画展が、国立歴史民俗博物館で始まった。
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「性差の日本史」展のチラシ
提供:国立歴史民俗博物館

「男・女」の区分が始まったのはいつから?

性で分けられる社会で、人々はどのように生きてきたのか--。

「政治空間」「仕事とくらし」「性の売買」という3つの側面から、日本社会の性差の移り変わりを紐解く企画展「性差(ジェンダー)の日本史」が、10月6日〜12月6日まで、国立歴史民俗博物館(千葉県)で開かれる

公設博物館としては例を見ない企画だ。なぜ今、「性差」なのか?テーマに込めた思いや展示資料の見どころなどを、プロジェクトの代表で同館教授の横山百合子氏(日本近世史、ジェンダー史)に聞いた。

 

はじまりは、戸籍だった

「歴史をたどっていくと、男女の区分が非常に重要な意味を持っていた時代と、それほど意味をなさなかった時代があることが分かります。私たちが今生きている社会を相対化することで、性別による区分に支配されず、自分らしく生きられる社会を築くためのヒントを得られるのではないかと考えました」

横山氏は、「性差」に着目した理由をこう明かす。

政治空間では、「男」「女」に二分して異なる役割を定める区分はどのように生じ、社会に浸透していったのか?

「祭祀が政治の役割を果たしていた古代には、男も女もリーダーは『祭祀=政治』を担っていました。呪術は女性の能力、という見方は根強くありますが、史料を読むと、神の意志を知ることができる能力は男であれ女であれリーダーの必須能力だったとみられます」(横山氏)

戦が始まってからは、男女ともにリーダーがいた慣習に変化はあったのか?

「戦いが始まる弥生~古墳時代にかけても、祭祀・軍事・外交の全体に関わる地域リーダーに男も女もいたことが、埋葬人骨や副葬品から分かります。大規模な対外(朝鮮半島との)戦争が組織されるようになると、戦士およびそのリーダーは男がなりますが、国内の政治やムラ・地域を率いるリーダーには、あいかわらず男も女もいました」

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重要文化財「柄杓を持つ女性埴輪」/栃木県甲塚古墳出土/6世紀後半/下野市教育委員会蔵
提供:国立歴史民俗博物館

転換点は、7世紀から始まる「律令制度」の導入だ。天皇を君主とし、中国に倣った「律令」に基づいて人々を支配する律令国家。この体制の特徴である戸籍制度や税制が、男女の区分に深く関わるようになる。

「全ての人民から税を取り、男性を対象とする兵役制度ができた時に、国家は男女を把握する必要が生じました。これが、国家が男女を区分する始まりです」

当時の戸籍で、女性には<売(メ)>との印が付けられた。

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女性名に「◯◯売(メ)」と記されている戸籍/「正倉院文書 大宝2年御野国加毛郡半布里戸籍」(複製)/702(大宝2)年/国立歴史民俗博物館蔵(原品 正倉院宝物)
提供:国立歴史民俗博物館

「女の職人」が認められなかった時代

展示の柱の一つが、「仕事とくらし」における性差だ。

横山氏によると、中世と近世では、職業上の性別の線引きに大きな違いがあるという。中世には男女ともに職人がいたが、近世になると職人から女性が排除されるようになった。

「江戸時代では、技術や仕事を持っている人たちは、幕府への奉仕など、ある役割を負う代わりに商いを認められるようになります。そうした役割を負えるのは男性だけで、女性は負うことができない、というのが幕府の基本的な考えでした。今の常識から考えると全く理屈に合わないけれども、当時の女性たちは性別を理由に、職業上の能力を公的に認められなかったのです」

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重要文化財「地蔵菩薩立像 像内納入品」(願文に包まれた爪と髪)/1334(建武元)年/国立歴史民俗博物館蔵/
提供:国立歴史民俗博物館
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「どんじゃ」/19~20世紀/青森県南部民俗資料 アミューズミュージアム 田中忠三郎コレクションAmuse Museum, Collection of Chuzaburo Tanaka
提供:国立歴史民俗博物館
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右から2番目の「後家尼」は、夫の死後、再婚せずに剃髪して家に留まった女性。夫の家父長権を引き継ぎ、家長として大きな権限を持っていた/「東山名所図屏風」(第2扇)(部分)/16世紀後半/国立歴史民俗博物館蔵
提供:国立歴史民俗博物館
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「髪結」F・ベアト撮影/1863(文久3)年/長崎大学附属図書館蔵
提供:国立歴史民俗博物館
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「女性は自ら髪を結うのがたしなみ」と考えられ、女髪結は非合法の職業で取り締まりの対象だった/「女髪結 」F・ベアト撮影/1863(文久3)年/長崎大学附属図書館蔵
提供:国立歴史民俗博物館

性の「商品化」がはじまった

「性の売買」の側面から時代の変遷を見ることも、今回の企画の特徴だ。

「遊女」という存在は、中世と近世で異なる位置づけにあった。

「中世の遊女は、売春だけでなく、巧みに歌を歌ったり舞を舞ったりする芸能や宿屋の経営を家業として、その権利を代々女系で受け継ぐ自営業者でした。ところが江戸時代になると、人身売買による売春を幕府が公認する体制がつくられます。この社会で遊女は『商品』となり、生かすも殺すも自由なモノとして扱われるようになったのです」

企画展では、遊女として生きた女性たちの日記や客への手紙、肖像画などを通し、売買春の抑圧の構造をたどり、遊女たちの心情に目を向ける。幕府公認の吉原遊郭でトップクラスの遊女が担った、「遊女たちの統率役」としての勇ましい一面にも出合う。

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新吉原遊廓・稲本屋の遊女小稲の肖像画。遊女のトップとして店や自身の宣伝に努めていた/重要文化財 高橋由一画「美人(花魁)」油彩/1872(明治5)年/東京藝術大学蔵
提供:国立歴史民俗博物館
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近代の公娼制の下、軍隊駐屯地などに新たな遊廓が設置された。娼妓は、接客後の洗浄を義務付けられていた/「滋賀県八日市遊廓清定楼の娼妓の生活用具」(洗浄器)/大正~昭和期/大阪人権博物館蔵
提供:国立歴史民俗博物館
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遊女や客、芸者などが行き交う遊郭周辺の喧騒を描いた絵巻物/「近世職人尽絵詞 下巻(部分)」画:鍬形蕙斎 詞:山東京伝/文化年間/東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives
提供:国立歴史民俗博物館

目の前の景色は「絶対」か?

性差別、雇用、賃金格差、性別役割分業、政治や職場のジェンダーギャップ…。日本社会は今も、あらゆる場面で性差の課題を克服できずにいる。史料を通じて性差の歩みを知る意義を、横山氏は次のように語る。

「歴史を振り返れば、時代によって男女の区分や性差の捉え方が変わってきた、ということは明らかです。今の私たちが見ている景色は、揺がし難い『絶対的に決められたもの』ではないのです。無意識のうちに私たちを強く捉えているジェンダーを、今一度見つめ直すきっかけになればと願っています」

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企画展の代表を務める横山百合子氏
HuffPost Japan

「性差(ジェンダー)の日本史」

・開催期間 2020年10月6日〜12月6日

・場所 国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市城内町117)

・料金 一般:1000円 / 大学生:500円

・開館時間 9時30分~16時30分(入館は16時00分まで、月曜休館)

混雑防止のため、土曜・日曜・祝日と会期末1週間は、オンラインでの日時指定の事前予約を導入する。予約がなくても、定員に達していなければ当日来館した際に時間指定ができる。総合(常設)展示、くらしの植物苑のみ観覧の場合には、事前予約は必要ない。

オンライン予約の手順は公式サイトからできる

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女性には看護師や芸妓、男性には俳優など男女別の「出世の道」を描いた雑誌の付録/鏑木清方「新案双六当世二筋道」『文芸倶楽部』13巻1号附録/1907(明治40)年/博文館 国立歴史民俗博物館蔵
提供:国立歴史民俗博物館
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ポスター「男女同一労働同一賃金になれば」労働省婦人少年局婦人労働課/1948(昭和23)年/メリーランド大学ゴードン・W・プランゲ文庫蔵
提供:国立歴史民俗博物館