『私の家政夫ナギサさん』ハッピーエンドの裏で、曖昧になった「家事労働」や「働き方」のテーマ

多部未華子さん、大森南朋さんによる、高視聴率を獲得した人気ドラマ。特別編では、二人は結婚後どんな関係を築くのだろうか。
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『私の家政夫ナギサさん』
TBS公式サイトより

家事ができなくてもいい。苦手なことは、プロに任せていい。

TBS火曜ドラマ『私の家政夫ナギサさん』(以下、『わたナギ』)は、「男性は仕事、女性は家庭」というジェンダーロールを反転させた点が画期的だった。

多部未華子さん演じるメイは、製薬会社の医薬情報担当者(MR)の仕事でリーダーを任せられている。家事は苦手で、家の中は散らかっており、妹のすすめで家事のアウトソーシングをする。

一方、大森南朋さん演じる家政士のナギサさんは、かつてMRだったが、同僚が仕事に忙殺され、心を病んでしまったことなどをきっかけに、家政士に転職する。料理も掃除も洗濯も完璧にこなす「スーパー家政夫」だ。

9月1日に放送された最終回は、19.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という高視聴率を誇った。近年のTBS火曜ドラマが挑戦してきた、女性の多様な生き方を描く潮流が感じられた。一方、どうしても、「家事労働」や「働き方」など、深堀りできたであろうテーマが、曖昧なまま最終回を迎えた印象を受けた。

 

「愛情の搾取」に反対した『逃げ恥』

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2017年エランドール賞授賞式での、星野源さんと新垣結衣さん(2017年2月2日撮影)
時事通信社

 働く独身者が家事代行サービスを頼むという点で、『わたナギ』は、2016年に大ヒットしたTBS火曜ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(以下、『逃げ恥』)を彷彿とさせた。

『わたナギ』の最終回前話で、メイが「私たち、結婚しませんか!?」とナギサさんに勢い任せに提案し、その後「トライアル結婚生活」を始める展開は、『逃げ恥』での、みくり(新垣結衣さん)と平匡(星野源さん)の「契約結婚」生活を思わせた。

『逃げ恥』では、夫の平匡が雇用主、妻のみくりが従業員として、家事労働に給料を支払う「契約結婚」を始める。特に秀逸だったのは、家事労働と給料、パートナーに対する愛情をできるだけ切り分けて考え、主に女性が家事を無償で行ってきた現状に異議を唱えたところだ。

物語の後半には、「愛情の搾取」という言葉があった。

リストラが決まったことをきっかけに将来的な生活費を試算し、「結婚が最も合理的だ」とプロポーズした平匡に対し、みくりは「それは好きの搾取です」と拒否する。「結婚すれば、給料を払わずに私をただで使える」。平匡にはそうした考えがあるのではないかと、みくりは疑問を持った。

「好きならば、愛があるならば、なんだってできるだろうって。そんなことでいいんでしょうか」

「愛情の搾取に断固として反対します」

「愛情」を過信し、それが故に様々な問題が有耶無耶になって片方に負担が偏ってしまう「恋愛」や「夫婦」の関係が、みくりの言葉によって浮き彫りになった。

 

メイが「プロの力を借ります」と言い切った意義

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多部未華子さん(2016年10月24日撮影)
時事通信社

『わたナギ』で、メイがナギサさんに結婚を申し込んだのは、ナギサさんが本社に異動し、「雇い主」と「家政士」としての関係が終わってしまうことがきっかけだった。

結婚トライアル生活の途中、50歳のナギサさんは自分の年齢に引目を感じる。いつか家事ができなくなるばかりか介護が必要になり、未来のメイの負担になってしまうかもしれないという不安を抱く。

それに対しメイは、「もしそうなったら、私が今よりもっと稼いで、介護のプロの力を借ります」と言い、「その都度話し合って変化に対応していこう」と提案。二人は結婚することになる。

「私が介護をする」ではなく「介護のプロの力を借りる」というメイの言葉が象徴するように、『わたナギ』では、「女性が家事や介護をすることは当然」という意識にとらわれないでいようとする姿勢が感じられた。「女性なら、家事ができて当たり前」「妻なら、夫の介護をして当たり前」。そんな固定観念に、NOを示した。

メイに思いを寄せる田所(瀬戸康史さん)の、「僕たちが結婚したら、2人で一生懸命働いて、2人が苦手な家事はプロの方に頼めばいい」という提案も、夫婦の多様な形を肯定するようだった。

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大森南朋さん(2016年06月23日撮影)
時事通信社

「ビジネス」だった家事が、「家庭」の中に?

このように新しい試みが感じられる一方、今後ナギサさんはメイにとって「お母さん」のような存在であり続けるのか、関係性が変わるのか、最終回では分からなかった。

ナギサさんは、完璧に家事をこなし、自分の悩みに寄り添って優しく見守ってくれる。給料が発生する「家政夫」であったナギサさんと結婚したあともメイがそれを無償で求めようとするのは、「愛情の搾取」にはならないのだろうか。

「お母さんになりたかった」と、劇中ナギサさんは何度か口にする。そして、メイと出会ったことで、その夢は叶った。

それでも、メイが、ナギサさんにかつて求めていたことを、「好き」という気持ちを盾に無償で得ようとするような姿に、雇い主に対して、「結婚すれば、給料を払わずに私をただで使える」という疑念をもった、『逃げ恥』のみくりの言葉を思い出してしまった。

『逃げ恥』で切り分けようとしていた家事労働と給料、パートナーに対する愛情がまた、一緒くたになってしまってはいないだろうか。序盤では、人の役に立つ「ビジネス」として成立していた家事が、再び「家庭」の中に納められ、無償労働になってしまったのではないか、と筆者は少し疑問に思った。

 

「恋愛」じゃないハッピーエンドはなかったのか

近年のTBSの火曜ドラマ枠は、「恋愛ドラマ」の良作を生み続けている。

『逃げ恥』にはじまり、『初めて恋をした日に読む話』『わたし、定時で帰ります。』『G線上のあなたと私』『恋はつづくよどこまでも』。恋愛だけを描くのではなく、その中に働き方や家族との関係、ジェンダーの問題など、社会の動きと関連するテーマを取り入れた作品も多い。今後も『おカネの切れ目が恋のはじまり』『この恋あたためますか』と恋愛ドラマが続く。 

『わたナギ』は、序盤ではあまり恋愛の要素が感じられず、当時原作漫画を読んでいなかった筆者としては、田所とのラブコメがありつつ、メイを中心に「働き方」や「自立」を描いたドラマになるだろうと予想していた。

しかし、その予想に反して、妹と母親の不仲というメイの家族の問題が、ナギサさんの活躍により解決され、またメイがナギサさんの過去の傷を知ったことで、2人の距離が縮まっていくことになった。

後半ではメイが周囲の男性からアプローチを受けることで、「恋愛ドラマ」としての側面が強く出ていった。それ故に、それまでの、働き方やワークライフバランスといったテーマが薄まっていったように感じられた。

メイとナギサさんの関係には、性別にも年齢にもとらわれない絆があったように見えた。だからこそ、「恋愛」にも「家族」にもあてはまらない、既存の価値観にこだわらない関係を築くというハッピーエンドもあったかもしれない、と想像してしまう。

 

9月8日に放送される特別編では、結婚して1カ月後の様子が描かれる。予告編では、ナギサさんが「最低限自分のことは自分でやってください」とメイに叱責するシーンもある。

メイとナギサさんが結婚後、「夫婦」としてどんな関係を築くのか。一歩踏み込んだ描写にも、期待したい。