5年で利用者6億人超“中国の奇跡”を日本で再現したい。最大の武器はネットで味わえる「デパ地下の楽しさ」

KAUCHEは9月上旬にリリースされた。「シェア買い」という概念を武器に「世界で一番楽しい買い物体験」を目指す。

その成長物語を「奇跡」と呼ぶものもいる。

複数の人が手を挙げれば、より安くものが買える「共同購入」というシステムを武器に、わずか数年で6億人を超えるユーザーを手に入れた中国企業のことだ。

このモデルを日本で再現しようとする経営者がいる。中国の事例を研究しながらも、完全にコピーはしない。新型コロナで人の往来が止まった今、安さや効率では代替できない買い物の「デパ地下のような楽しさ」を日本のネット空間にもたらそうとしている。

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門奈剣平さん
Fumiya Takahashi

■“カウシェしようよ”

「いや、どうも。先に入ってくれれば良かったのに」

待ち合わせの時間を過ぎて数分、門奈剣平さんはカフェに小走りで現れた。汗ばんだ顔からは多忙さと高揚感、そして充実感がにじんでいる。Tシャツの胸にもある「KAUCHE(カウシェ)」を取材数日前にローンチしたばかり。門奈さんはその会社のCEOだ。

「KAUCHE」はEC、つまりネット通販アプリだ。水や野菜、スイーツなど食料品を幅広く提供しているが、最大の特徴は“シェア買い”と銘打った購入方法にある。

欲しい商品を見つけたら、TwitterやLINEで商品のリンクを家族や友人にシェアする。自分を含めて複数人が購入すると決めたらシェア買いは成立。通常よりも安い価格で買える、というものだ。割引率には差があるが最大で55%オフとなる。

買う側からすれば、他の賛同者がいれば安く商品が手に入る。売る側からすれば、値引きは必要なものの、一度に複数の注文が入る事になる。双方向にメリットがある考え方だ。

「想定以上の反響で、チームとしては感無量です。Twitterのハッシュタグで“これをカウシェしようよ”という投稿があったりして、新しい言葉になりそうな感じもする」と手応えを感じている。

■数年で巨人を倒した奇跡

これは、中国でここ数年急速に注目を集めている“共同購入”という手法がベースにある。火付け役は通販プラットフォームの「拼多多(pinduoduo/ピンドゥオドゥオ)」だ。

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拼多多のロゴ picture taken July 17, 2018. REUTERS/Florence Lo/Illustration
Reuters Staff / Reuters

拼多多は2015年創業。この時、中国ではアリババ系の「タオバオ」や「京東(ジンドン)」などの大手通販プラットフォームがすでに確固たる地位を築いていた。日本で言えばAmazonや楽天のような大物だ。

だが、超後発の拼多多は猛追を見せる。2016年には利用者が1億人を突破。2018年7月にはアメリカ・ナスダックに上場すると、巨人の一角だった京東を追い抜き、2020年6月時点で6億8000万人のユーザーを抱える。わずか数年で巨大なライバルを打ち負かした成長劇は、しばしば中国メディアから「奇跡」とも称される。

この拼多多の武器こそ共同購入だった。実際の中国の利用者からは「すぐ壊れるものも多い」という評判も聞くが、SNSで仲間を集めれば大幅に安くなるシステムは人気を集めた。

「着想は“拼多多の日本版”です」と門奈さんはKAUCHEをそう位置付ける。もともと門奈さんは日本と中国のダブルで、15歳まで上海で育った。中国語は母語。言葉や現地の習慣に通じていることも武器に拼多多の研究を重ねた。

「日本には楽天などがあって、もうこれ以上(参入する余地は)ないかなと思っていました。あくまで中国で多少盛り上がっている程度だと...」と見ていたが、新型コロナの流行で、日本で広まる可能性は強まったと考えている。

「遠方に家族が住んでいたり、仲の良い友人と住む場所が離れていたり。そういうことも多いと思います。だけど気持ちは近くにいたいし、同じ趣味を持っていることもある。KAUCHEで一緒に買い物をして、別々の場所で食べるという経験ができればいい」

例えばある食材を見つけたとき、それが好きだった友人の顔が浮かぶ。一緒に自分も買うから2人で食べよう、という会話がそこから生まれるかもしれない。

「オフラインを想像してみてください。百貨店やデパ地下だったり、コストコやアウトレットとか...。そこの場所に誰かと一緒に行く楽しさだったり、滞在する時間の楽しさとかがある。決して買い物をするからいく、だけじゃない。いかに安く、効率が良く、早く届くという機能的な良さから、僕たちはエモーショナルな部分に仕掛けていきたい」

拼多多をモデルと公言しながらも、完全にはコピーしない。日用品などがメインの本家に対し、KAUCHEは食料品を扱う。新型コロナの影響で、食べられずに捨てられる食材が増加していると考えたからだ。

■グルーポンの教訓は?

ただ課題はある。例えば、複数人が手を挙げれば安くなるのなら、ネットの掲示板などで募集しても成り立つ。顔も名前も知らない人と、特に会話もなく淡々と“シェア買い”することもできそうだ。

「広い意味ではコミュニケーションは増えているので、それでも良いのかなと思います。実際にTwitterでも“相乗りしよう”というツイートがあり、僕たちが想像しないコミュニケーションが生まれています。色々な捉え方がされて、違う使い方をする人がいる。すごく幸せな気持ちになりました」 

また、共同購入といえばアメリカ発祥の「グルーポン」を思い出す人もいるはずだ。

グルーポンといえば、サイト経由で販売されたおせちの中身が見本と大幅に異なっていた騒動が話題になり、そのビジネスモデルにも疑問が呈された。KAUCHEはその二の舞を避ける必要がある。

「グルーポンにもすごく良かった点はあります。教訓としては、事業者に価値を還元することだと思います。(シェア買いをSNSなどで呼びかけることで)注文のほかに認知の拡大にも繋がります。良い商品を作ればKAUCHEで売れて、口コミが広がって、また買われる。そんなサイクルを作ることを意識しています」

■値引きの“イカサマ”防げるか

中国で急速に広まった共同購入。それを「シェア買い」と改めて日本での拡散を狙う戦略だが、新しい買い物のあり方を根付かせるのは簡単ではなさそうだ。

だが門奈さんの考え方は違う。

「すでに存在していると思うんです。LINEで“新商品出た”とか“夜中のノリで買っちゃった”とか、リモートでのコミュニケーションはすでにあって、それによって買い物をするようになっているんです。その作業をより便利にするためにKAUCHEが存在するという順番です」

また、中国では値引きを嫌がった出店者が、元の価格を吊り上げてから割引をして安く見せかけるという悪質なケースが報告されている。門奈さんたちも厳しいチェック体制を敷いているというが、今後は出店者を増やし、買える商品を充実させながらトラブルを防いでいくのが課題になりそうだ。

 「1日で4ケタのダウンロードや利用がある。3人や5人のシェア買いが成立するケースもあって、お祭り感がわいわい出ています」と話す表情には充実感が漂う。すでに巨大な先駆者がいるのは日本も中国も同じ。隣国で起きた快挙の再現なるか、挑戦は始まったばかりだ。