菅義偉氏が「自助・共助・公助の国づくり」と発言。菅氏個人への批判が『的外れ』な理由

総裁選への立候補を表明した菅義偉氏。ニュース番組で、「どんな国にしたいか」と問われた時の回答に、批判が上がっている。どこが問題だったのか?識者に聞いてみた。
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自民党総裁選への出馬を表明し、記者会見する菅義偉官房長官=9月2日、衆院議員会館
時事通信社

「自助・共助・公助。この国づくりを行なっていきたいと思います」

菅義偉官房長官が総裁選への立候補を正式に表明した9月2日、NHKのニュース番組に出演した際の、こんな発言が「自己責任?」「責任逃れ」などと批判を浴びている。

発言のどこが問題なのか?識者に聞いた。

 

■どんな文脈だった?

発言があったのは、NHKのニュース番組「ニュースウォッチ9」。以下のようなやり取りがあった。

アナウンサー:「まず、菅さんが自民党総裁になったら『どんな国にしたいか』書いていただきました」

菅氏:(<自助・共助・公助>と書いたフリップを持ち)「自助・共助・公助。この国づくりを行っていきたいと思います」

アナウンサー:「具体的にどういうことでしょうか?」

菅氏:「まず自分でできることは自分でやる、自分でできなくなったらまずは家族とかあるいは地域で支えてもらう、そしてそれでもダメであればそれは必ず国が責任を持って守ってくれる。そうした信頼のある国づくりというものを行っていきたいと思います」

「自助・共助・公助」のワードに関する言及はこれだけだった。

 

■防災の用語として広まった

「自助・共助・公助」の概念は、阪神淡路大震災を契機に、特に防災の分野で一般に広まった。

茨城県つくば市の公式サイトによると、自助とは、「自分自身や家族の命と財産を守るために、自分や家族で防災に取り組むこと」。自分と家族は自分たち自身で守るとの考えの下、災害に備えて対応する。

これに対し、共助とは、災害時に、まず自分自身や家族の安全を確保した後で、近所や地域の人たちと助け合うことを指す。

公助は、国や地方自治体、消防、警察、自衛隊などによる公的な支援を指す。

大規模災害時には、迅速に提供できる「公助」に限界があることから、身を守るためには自助や共助が重要な意味を持つ。平常時から自助・共助を意識し、備えておくことが大切だとする文脈で、これらの概念が広く用いられてきた。

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自助・共助・公助それぞれの考え方と関連性を示す図
茨木市洪水・内水ハザードマップより

これについて、千葉商科大学の田中信一郎准教授(公共政策)は、菅氏が番組で掲げたワードに言及し「防災の文脈と、(菅氏が発言した)国家方針や社会政策の文脈とでは、意味が真逆になります」と指摘する。

どういうことなのか?

 

■尊厳までは守りません、という“切り捨て”の論理

「災害が発生した直後には、まず命の危険にある人の救助を最優先として、限られた公的支援を投入しなければいけません。その間に、自分や家族の命を各々で守った上で、近所や地域のコミュニティーで助け合う。そうすることで、一人でも多くの人の命と暮らしを助けようとする考えが、防災の文脈で使われる<自助・共助・公助>なのです

「これが国家方針の文脈で語られるときには、『自分のことは自分で守る。それができなければ地域コミュニティーで助け合う。それもできなければ国が最低限は助ける』という意味になります。裏を返せば、自分のことを自分で守れなければ切り捨てられても仕方ない、という新自由主義的な発想です。国は最低限のことはするけれど、生活の質や尊厳までは守りません、という“切り捨ての論理”になるのです」 

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千葉商科大の田中信一郎・准教授
本人提供

一方で、田中氏は「だからといって、菅さん個人を批判するのは『的外れ』だと思います」と付け加える。なぜなのか?

 

■菅氏個人ではなく『自民党の総意』だった

自民党は立党55年の2010年に、党の綱領を改定した。綱領の「党の政策の基本的考え」には、以下のような文言が盛り込まれている。

<自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組みを充実する>

さらに、「我が党は誇りと活力ある日本像を目指す」として、「家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、自立し、共助する国民」とも明記している。

田中氏は、自民党綱領のこれらの記述に触れ「<自助・共助・公助>の考え方は菅さん独自のものでもなんでもなく、自民党の総意。菅さんは、ただ自民党としての国家方針を素直に、極めて忠実に述べただけなのです。党員は綱領に賛同することが前提ですから、他の総裁選の候補者である石破さんも岸田さんも、同じ考えでなければそれは国民を騙していることになります」

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立党55年に公表された自民党の綱領
自民党公式サイト

■『対抗軸』にある綱領案とは?

こうした自民党の政策方針と対抗軸にあるのが、立憲民主党と国民民主党が両党の合流に向け、代表者間で8月に合意した綱領案だ。

この綱領案には、次のような記述がある。

<私たちは、一人ひとりが個人として尊重され、多様な価値観 や生き方を認め、互いに支え合いつつ、すべての人に居場所と出番のある共生社会を構築します>

田中氏はこの内容について「全ての国民を、個人として尊重する。そのための仕組みを、公助で整える、という公助ありきの発想で、自民党の基本姿勢とは正反対の考え方なのです」

菅氏の「自助・共助・公助」発言に、ネットでは「責任逃れだ」「自己責任の押しつけ」などと批判が噴出。Twitterで「自助・共助・公助」のワードが一時トレンドに入るなど、話題を呼んだ。

田中氏は、こうした反応を、「自民党の綱領が示す国家方針が国民に知られていないことの表れ」とみる。「総裁選が、自民党や野党がどんな政策理念を掲げている政党なのかを改めて知るきっかけになればいいと思います」