日本でお笑い大賞、お笑いグランプリなどの受賞番組に、女性の司会者がひとりで起用されることはありますか。デンマークのコメディ大賞を決める番組は14年前から放送されているそうですが、女性の司会者はこれまでたったひとりだったそうです。そして今年、やっと2人目の女性司会者が舞台に上がりましたが、彼女が収録中にしたある爆弾発言をめぐって、デンマークではまた#MeToo がひそかに再燃しています。
司会者の女性の名前は、ソフィ・リンデ (Sofie Linde)。デンマークの女優・コメディアンで、現在はデンマークのX Factor の司会など、様々なバラエティショーに登場している女性です。デンマーク国営放送局の子ども番組の司会者としてデビューした彼女の存在感はとても大きく、テレビっ子ならだれでも知っているほど。そんな彼女が突然、コメディアワードショーで観客に向かって話し始めたのは、こんなことでした。
わたしはね、メディア業界に入って12年になります。それで…、正直なこと言うとね、ってやっぱり正直じゃないといけないですから…、わたしは、すごく権力があって、すごく汚い男性たちと出会ってきました。
(会場は静まりかえる)
そう、あ、ねぇ、みんな聞いて!わたし、別にこの場の雰囲気を壊そうとしてるんじゃないから!具体的な話をしようっていうんじゃないからね!
(沈黙ののち、拍手)
ひとつ、話をさせてくださいね。
その話というのは、わたしが18の時のことです。DR(デンマーク国営放送局)に入ってすぐの頃です。すっごく美人でしたよ、ほんっとに。今みたいに妊娠もしてないし。
DRに入ってすぐで、クリスマス食事会(忘年会のようなイベント)に参加したんです。すっごく楽しみだったの。そうしたら、テレビ業界のある超有名人がやってきてですね、わたしの腕をつかんで、「もし俺とオーラルセックスしなかったら、お前のキャリアなんかぶっつぶす。それでお前は終わりだ」って言ったんです。
(会場からは“What!?” という叫び声と、微妙な笑い声の反応)
(ソフィーはカメラ目線に切り替えて)
あなたは今、きっとわたしを見てると思います。自分の話だって、わかってますよね。そして、わたしがNoと言ったことも。…っていうねぇー。
(会場から拍手)
でもさ…、その後、上手くいってんだよねーっ!そうじゃない!?
(会場からは拍手喝采)
この様子はこちらから動画で見ることができます。
この発言が収録後にネット上で広まったことから、彼女への称賛、批判、テレビ局への問い合わせ、犯人探しなど様々な反応が起こりました。
ソフィのこの発言には、まずその勇気を讃える声が多く上がりました。「よく言った!これは皆で取り組まないといけないこと!」「今まで以上にファンになった!」「12年も言えないぐらいの圧力があったってことだよね」など、称賛の声は男性からも女性からも聞かれました。
番組の中で、ソフィはだれが実際にこれを言ったのかを明らかにしませんでした。テレビ局からはすぐ問い合わせがありましたが、ソフィは改めて、番組内で明らかにした以上にこの件について具体的にするつもりはないと言ったそうです。
ソフィがメディア界の大物の名前を明らかにしないことに対する批判はもちろんありました。それは特に同業者の男性からで、「もう犯人探しはじまってんの?」「今までも、これからもずっとその態度でやってるやつがいるのに名前出さないって、そんなやつほんとにいんのか?って逆に思えてくるわ。むしろ自己主張したい女が勝手に言ってるって感じさえする。名前出してくれよ」「12年も前の話を今頃するってなんで?」などの発言。
また女性からは、ソフィが堂々とNoと言ったと語ることへの批判も寄せられます。「自分はNoと言ったし、それで上手くいったって言ってるけど、だれでも同じようにできるわけじゃない」「18歳の女の子にそれをすれば良いだけって話にしちゃだめ」などと、セクハラを拒否をしたと堂々と語ることが、逆に他の女性へのプレッシャーになっているという意見もありました。
自分を丸裸にする
こういった出来事を明らかにするには、それだけでもとても勇気がいるものですが、同時に自分を捨てるほどの覚悟がいるのかもしれません。
女性問題研究所 Kvinfo の代表、ヘンリエッテ・ラウアセン は、デンマークの状況をこのように説明しています。
#MeToo がツイッター上で起こって以来、様々なことがありましたが、ソフィ・リンデのようにセクハラを受けてそれを拒否すると、そのために受ける影響は今でもあります。拒否するというのは自分をさらけ出し、丸裸にするような状態です。話が通じない相手と見なされたり、仲間内に入れてもらえなかったり、楽しい場を壊す人として認定されるのです。
デンマークの大学でも、セクハラを訴えた人が職を失ったということが実際にありました。ですから、個人的な行為としてセクハラを拒否するというのは、非常に大きな犠牲が伴う行為なのです。Kvinfos direktør: Kvinder som Sofie Linde risikerer social udstødelse
ポジティブに受け入れられなかった#MeToo
2017年10月に世界中で#MeToo が叫ばれて以来、デンマークの人々はこのテーマについて非常に関心があったそうです。ある研究によると、デンマークは世界で6番目にこのテーマに関する記事を読んだ人が多かったとのこと。ただ人々が反応した記事は、アメリカのゴシップ記事が多かったそうで、これは#MeToo を社会問題として受け止めたスウェーデンとは大きく異なるのだとか。また別の調査では、#MeToo について、デンマークでは70%以上がネガティブな反応だったのだそうです。
当のソフィ・リンデがこの発言をした背景には、デンマークで#MeToo がほぼ終わったことのようになっていると感じていたからだとか。そして、このエピソードは、彼女が経験した唯一の脅しで、DRは良い職場だったとしながらも、「ヒュッゲ・セクシズム」つまり、ジョークとして流すことが暗黙の了解とされるようなセクハラが、そこにはずっとあったと語ります。
#MeToo は、なんかぐちゃぐちゃになって終わった感がありますね。なぜか突然、それが男性にとってどう感じることなのかっていう話になったり、セクハラをどうすべきかではなくて、何をされたかが問題になったり。なぜこれほど多くの女性が、自分たちの体験を語らなきゃいけなかったのか、そこに耳を傾けることや、こういう状況をどうしたら変えていけるかっていう話し合いを避けてきたんだと思うんです。
もちろん、統計とかフェミニズムがどうとかってことを話すこともできたとは思いますよ。でも今の状況を動かすには、自分を起点にして話をしないといけないと思ったの。だから必要以上に個人的な話になっちゃったんですよね。
こういう女性問題に疑問を呈したらバッシングはありますね。ちょっときついなとは思うし、だからこれを避けてきた人たちがどれほど多かったかってこともすぐにわかりました。わたしだって、今になって、30歳になってですよ、やっとこういうことを言える場が来たんです。これができるようになるには、大人になってないとできないんですよね。2歳児の母として、毎朝パウパトロールの曲で起こされてますからね、けっこう冷静ですよ。
Sofie Linde: Derfor stod jeg frem med historie om sexchikane
更なる暴露も
ちなみにソフィはこのセクハラ事件以外にも、自分の契約金がX-Factorで有名な審査員、トーマス・ブラックマンの半分ももらえなかったというエピソードも披露しています。
男と女の差はないっていう遊びをね、しつづけることもできますよ。でもそれってほんとじゃないし。女性の中では一番給料が高いって言われてもね。小人の中で一番背が高いって言われるようなもんで。
これに対し、テレビ局側は完全に否定しているものの、賃金格差の問題もデンマークの男女差を表す一例としては目新しいことではなく、また人々があまりオープンに語ろうとはしない問題でもあります。10年以上続くコメディ・アワードの記念すべき2人目の女性司会者として、ソフィは舞台上で自らをさらけ出しながらタブーを語り、人々を混乱の渦へと巻き込んでいったのでした。
(2020年8月30日さわひろあやさんnote掲載記事「セクハラと給与の話はまだデンマークでタブーなのか」より転載)