自分らしく、ありのままで――。
近年よく耳にするフレーズだ。無理なく生きていけるならそのほうがいい。しかし、同時にそう簡単にできるなら苦労はしない。
そもそも自分らしさとは何なのか。自分が一体、何が好きで嫌いなのかもよくわからない人は多いのではないだろうか。
とりわけ恋愛や結婚に関しては、世の中の“普通”に違和感を覚えながら、自分なりの道に振り切ることもできず、やじろべえのように揺れ続けている人は筆者だけではないだろう。
そんな人たちに勇気をくれる本が、文筆家の能町みね子さんの『結婚の奴』(平凡社)だ。
同書には、恋愛を介さない「結婚」のかたちを求めて、ゲイの「夫(仮)」と恋愛でも友情でもない「生活」をつくるまでが綴られている。
能町さんに、改めて「結婚」の経緯や、本の延長線上に続く現在の生活、自分らしい生き方の組み立て方などについて話を聞いた。
結婚を「奴」化してやろうと思った
――あらためて、今の「結婚(仮)」と表現する生活に至るまでの経緯を聞かせていただけますか?
一人暮らしを約20年していましたが、最後の5年間くらいは嫌になっていました。でも、一人暮らしが嫌となると、一般的な選択肢としてはルームシェアか結婚しかない。ルームシェアは気軽に解消できてしまう印象があったので、もう少し確固たるものがほしいとなったら、結婚だなと。
ただ、恋愛結婚は向いていないと思ったので、「恋愛を抜きした結婚はどんなものになるだろう」と結論ありきで逆算して考えてみたら、相手は私の恋愛対象にならない女性かゲイの人がいいだろうというところに行き着いた。
私が絶対に恋愛感情を持たず、向こうも私に対して恋愛感情を持たずに何となく気の合いそうな人を考えたときに思い浮かんだのが現・夫(仮)のサムソン高橋さんで、ちょっと当たりをつけてみたら、そしたら意外といけちゃったという感じです。
――結婚相手としてしっくりきたポイントやエピソードはありますか?
あるときを境にパッと変わったわけではないんですけど、印象的だったのは「同居お試し期間」として初めて家に行ったときですね。お互いに15分間くらいスマホを見ながら黙っていた時間があって(笑)。
――15分も⁉ 長い付き合いの友人でも気まずくなることもありそうです。
向こうも気まずそうでもないし、私も「この人の機嫌が悪くなったらどうしよう」などと心配することもなかったんですよね。それで、「この人大丈夫だな」と思いました。
――ふたりの間に恋愛感情はなく、実際の生活はルームシェアに近しいかたちですよね。あえて「結婚」と呼んでいる理由はありますか?
あえて「結婚を前提に交際している」と触れ回っていたとき、恋愛関係にないと知っていても「おめでとう」と言われたんですよ。ルームシェアだったら「おめでとう」とは言わないのに。「これってめでたいのかな?」と自分でも思っていましたが、結婚と呼んだほうが世間的には認められやすいなら、逆に利用してやろうという感じもありましたね。ルームシェアという言葉からは仮の状態というニュアンスが感じられるので。
結婚の「奴」化、こいつを使っていくみたいな。
同じ家に住むという点だけを見れば、結婚もルームシェアも実質的には変わらないと思います。違うのは「タイトル」だけで、本人たちがどちらの要素を求めているかによると思うんですけど、私はあえて、仰々しいタイトルをつけたいなと思った。
夫婦円満の秘訣は、恋愛感情がないこと
――実際に結婚(仮)をされてみて、生活に変化はありましたか?
それはもう、劇的に変わりましたね。一日のスケジュールが前倒しになって、仕事の効率が上がりました。
一人暮らしのときは寝る時間が4時過ぎ、起きる時間が早くても10時くらい。それからダラダラして、13時くらいに朝ごはん兼ランチを食べて喫茶店に行って、そこからようやく仕事をする。22時くらいまでズルズル仕事をして、ご飯を食べてまた仕事する感じでした。
でも、人と一緒に暮らしていると、あまりにも何もしないでいることに心理的にも抵抗が出てくるんですよね。朝ごはんも向こうがつくってくれるタイミングで食べなきゃ悪いなと思って、夜は1時には寝て、朝ごはんの時間に合わせて起きるようになりました。
――料理の担当は、サムソンさんですか?
私は一度も料理したことがないですね。2年半ほど一緒に暮らしている中で、「料理しようか?」と言ったこともない。我ながらひどいと思うんですけど、料理がそもそも好きじゃないので。好きじゃないのに無理して自炊しようとして何度も挫折してきたので、もういいかなと。
でも、任せきりにしているおかげで、食事も健康的になってきている気がします。
――一緒に暮らし始めた2年半前と比べて、何か変化はありましたか?
猫と住み始めたことによる変化はあったかもしれません。
私が子どもやペットを可愛がるイメージはあまりないと思うんですけど、猫なで声で「にゃんにゃんさん」って呼んだり、猫の歌をつくって歌ったりしちゃう。家に帰ると玄関まで迎えに来てくれるので、猫のために帰らないと、と思うくらい。
――変な聞き方かもしれませんが、サムソンさんが猫に嫉妬するようなことはないのでしょうか?
私たちの間に恋愛感情がないので、そういう心配はないですね。
ただ、私が猫を可愛がるのを気持ち悪いという文句はちょいちょい言われます。私が猫に話しかけて歌ったりしていると「あ~、やめて~」と言うし、「猫ばばあ」と呼んでくる。猫に対してもときどき邪魔そうにしているので、そこには溝が少しあるかもしれません。
――とはいえ、仲が良さそうですね(笑)。世間では「コロナ離婚」など、コロナの影響で一緒に過ごす時間が増えて不仲になる夫婦もいるようですが、お二人は心配なさそうです。
不仲にはならないですね。コロナの自粛期間と猫が家に来たタイミングが重なって、家にいる時間は長くなったのですが、基本的に2階と3階で分かれて住んでいて、ご飯を食べるとき以外はそんなに長く一緒にいるわけでもないので。
細かい不満はいろいろあるんですけど、顔を合わせたくないとか、今日は喋りたくないと思うような日も今まで一度もなかったですね。
――夫婦円満の秘訣はどんなところにあると思いますか?
やっぱり恋愛感情がないからだと思います。私が恋愛をするときに嫌なのは、自分が相手の気持ちを考えすぎてしまうことなんですね。「相手に好かれてうれしい」以上に「嫌われていないかな、どうしよう」のほうが圧倒的に上回ってしまう。
でも、サムソンさんに対しては恋愛感情がなく、相手に嫌われていないか考えずに済むので、一緒に暮らしていてもストレスが少ないんだと思います。
余談ですけど、サムソンさんと結婚を前提に付き合い始めて、恋愛感情なしで恋愛っぽいことをするのは楽しいと気づいたんですよね。「自分は本当は嫌われているんじゃないか」というのを一切考えずに“恋愛プレイ”するのは面白い。
実際の恋愛と恋愛プレイは切り離せることも発見でした。
「あなたはあなたでいいんだよ」なんて無責任に言えない
――能町さんの結婚は、いわゆる“普通”の結婚とは違いますよね。自分に合った選択とはいえ、スタンダードから離れることは勇気がいることだと思うのですが、葛藤はなかったのでしょうか。
めちゃくちゃ葛藤してきましたよ。子どもの頃は、当たり前に恋愛をして、小学校、中学校、高校、大学へと進学して、就職して、結婚して、子どもを作って、という道を辿るものと思っていましたし。
成長するにつれ、自分が素で思っている感じとはどうも違うなとジワジワ感じるようになってきたのですが、それでも最初は(周囲に)合わせていましたね。
――自分に合ったかたちを見つけた能町さんも、そうした葛藤を経ていると思うと、ホッとする人が多そうです。
最初から「自分はこれでいいんだ」と思える人って多くないんじゃないですか。周囲に合わせられない中で、自分はこれでいいと納得できるまで、妥協点を探していくことになっちゃうんじゃないかな。
だから「あなたはあなたでいいんだよ」とは、私なら無責任に言わないと思う(笑)。他人の目を気にしてしまうのはどうしようもないんだから、妥協点を探すことくらい許してよって。
――漫画『ときめかない日記』の中でも「なんでこんなことしてるんだっけ?」と思いながら恋人をつくらなくてはと奮闘する女性が登場しますよね。そうした固定観念はどこで拾ってきてしまうんでしょう?
親が悪いとは思わないんですけど、父親が働いて母が家事をする家で育つとか、幼少期の環境は大きいと思います。親に限らず「女の子だからこうしなさい」というような大人は今でもたくさんいますよね。
私の場合はさらに、男として育っていたので「女になったからには女らしくしなきゃ」という揺り戻しがあった気もします。そういう“呪縛”は、自分自身でひとつずつ問い直さないと解いていきづらい。
――現在は法律婚されていませんよね。今後、その可能性はありますか?
今のところは考えられないですね。向こうが「私に介護させたくない」と乗り気ではないので。面倒を見なければいいだけなのにとは思ったのですが、私も意地でも法律婚しなければいけない理由もないので、いいかなと。
私も戸籍上は女ですし、2年も住んでいるので内縁関係が認められそうな気がする。そうなると、法律婚へのこだわりも、結婚している人へのルサンチマンもなくなりました。
――自分に合うかたちを模索していくために、どんなアクションをするといいですか?
自分がやりたくないことに気づくべきなのかなと。たとえば、私は嫌な気分になったときに、どうして嫌な気分になったのか理由を考えるようにしています。そうすると、意外にも些細なきっかけであることも多い。
恋愛や結婚とかに関しても、「なんか嫌だ」と思ったときに何が嫌のスイッチになっているのかと具体的に考えて、「じゃあ、これをやめてみるといいんだ」みたいな感じで試行錯誤をしていたと思います。
もちろん気づいたからと言って、いきなり実行に移すのは難しいので、トライ&エラーの繰り返し。時間はかかるし、地道で骨の折れる作業だけど、自分に合ったかたちを探していくのは楽しくもありますよね。
(取材・文:佐々木ののか 写真:川しまゆうこ 編集:笹川かおり)