藤井聡太棋聖は、新型コロナ自粛でまた“進化”した。将棋記者が見た「セオリーに反した」戦略

将棋の藤井聡太棋聖(18)が初タイトルを獲得した。デビュー以来、新人離れしたハイレベルな将棋で好成績を挙げてきたが、今回の棋聖戦では「勝負師」としての進化も見せた。
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最年少でタイトルを獲得し、記者会見する藤井聡太棋聖=2020年7月16日、大阪市福島区の関西将棋会館
時事通信社

将棋の藤井聡太棋聖(18)が初タイトルを獲得した。17歳11カ月での獲得は、従来の記録を30年ぶりに更新する史上最年少記録。八つのタイトルのうち三つを保持していた渡辺明二冠(36)=棋王・王将=を破る、文句なしの勝利だった。

藤井棋聖は2016年12月にデビューして以来、新人離れしたハイレベルな将棋で好成績を挙げてきたが、今回の棋聖戦では「勝負師」としての進化も見せた。 

7月16日、大阪市の関西将棋会館で第91期棋聖戦五番勝負の第4局が行われた。午後7時11分、渡辺が「負けました」と告げて頭を下げ、藤井の初タイトル獲得が決まった。藤井は渡辺以上に長く、深々と頭を下げた。

 

喜んでいることはモニター越しにうかがえたが…

対局後、別室で記者会見が行われた。報道陣の密集を避けるため、新聞やテレビ局のカメラのみ同室を許された。

「最年少記録に関しては、自分自身、あまり意識することはなかったのですが、獲得できたことは非常にうれしい結果だなと感じています」

史上最年少でのプロ入り(14歳2カ月)を始め、藤井は数々の記録を作ってきたが、自身は「新記録かどうか」ということについて普段から関心を示さない。タイトル獲得を喜んでいることは別室のモニター越しにうかがえたが、気持ちが高ぶっている様子はなかった。

将棋界には名人、竜王など八つのタイトルがある。挑戦権を手にするには、予選を突破し、トップ棋士との競争を勝ち抜かなければならない。藤井は今回の棋聖戦で1次予選のトーナメントから9連勝し、挑戦者決定戦では永瀬拓矢二冠(27)=叡王・王座=を破って、初めてタイトル戦の舞台に立った。

相手の渡辺は、ここ数年安定して実力を発揮しているトップ棋士だ。昨年度は、豊島将之名人・竜王(30)から棋聖を奪取し、A級順位戦では9戦全勝を果たして名人挑戦権を獲得している。藤井にとって最大の壁とも言える存在だったが、終わってみれば3勝1敗で圧倒する結果となった。

藤井の師匠の杉本昌隆八段(51)は、両者の戦いをどう見たか。尋ねてみると、「技術的には互角だと思うが、経験は渡辺二冠が上。それがどう出るか」と考えていたという。プロになってまだ4年弱の藤井は、なぜ勝てたのか。

 

大舞台では「エース」を登板させるのが自然に思えるが、藤井は違った

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史上最年少でタイトルを獲得し、記念撮影に応じる藤井聡太新棋聖(右)と師匠の杉本昌隆八段=2020年7月16日、大阪市福島区の関西将棋会館
時事通信社

五番勝負の第1局は6月8日に行われた。先に指す「先手」を引き当てた藤井の作戦は「矢倉」だった。この選択に、「おやっ?」と思った人も多かったのではないだろうか。

将棋は、先手の誘導で戦型が決まることが多い。矢倉は長く指されてきた主流戦法の一つだが、藤井はデビュー以来、先手の時はほぼ、序盤から角を交換して戦う「角換わり」を選んできた。初めての大舞台では「エース」を登板させるのが自然に思えるが、藤井は違った。渡辺も「ちょっと意表をつかれた」という。対局は大熱戦になったが、最後は藤井が157手で勝利を収めた。

6月28日の第2局。今度は先手の渡辺が矢倉を採用したが、午前中の段階で藤井が意外な手を指した。「△5四金」。これが、藤井が事前に研究していた一手だった。

この手は、自陣にいる金を繰り出して、中央で起こっている戦いに戦力を加える狙いだ。だが、金という駒は通常、玉の周りで守りを固める役目を担うことが多い。

サッカーで言えば、ディフェンダーが守りそっちのけで攻撃に参加してしまうようなものだ。杉本は、五番勝負全体を通じて、この手が最も印象に残ったという。「狙いはわかるが、強くなると逆に指せなくなる手。仮に思いついても、『やっぱりやめておこう』と考える。子供の方が指す手かもしれない」

 

この手が「人工知能が6億手読んで、発見できる手」として話題になる好手だった

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第91期棋聖戦五番勝負の第4局のパブリックビューイング会場=2020年7月16日、愛知県瀬戸市
時事通信社

セオリーに反するように見えたこの大胆な構想が、功を奏す。戦いが佳境に入った局面で、今度は「△3一銀」という守りの手も飛び出した。持ち駒の銀を、守りにしか働かない場所に使うのはもったいないように思えたが、この手が「人工知能が6億手読んで、ようやく発見できる手」として話題になる好手だった。終盤は藤井が一方的に攻めて勝利。開幕2連勝で、シリーズの流れを完全につかんだ。

タイトル戦は五番勝負と七番勝負があり、前者は先に3勝、後者は先に4勝した側が勝ちとなる。トーナメントのような一発勝負とは違う、互いの駆け引きが繰り広げられる。「相手の意表をつくために、いろいろな作戦を用意しておこう」「第1局で戦った感触から考えると、相手はこういう指し方が苦手なのではないか」。タイトルを取るには、戦法に対する知識や手を読む力だけでなく、こうした戦略も欠かせない。

棋士がその内容をつまびらかに語ることはない。ただ、第1局での藤井の戦型選択は、そうした思考の一端が垣間見えたものだと言えるだろう。第2局の「△5四金」も、結果的に相手の読みの裏をかくことになった。渡辺は第4局の後、ブログに「負け方がどれも想像を超えてるので、もうなんなんだろうね、という感じです」と記した。対局者だからこそ感じる藤井の強さがあったに違いない。

 

新型コロナ自粛期間を経て、また一皮むけた感がある

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第61期王位戦挑戦者決定戦で永瀬拓矢二冠に勝利し、記者会見する藤井聡太七段(当時)=2020年6月23日、東京都渋谷区の将棋会館
時事通信社

「公式戦29連勝」という前人未到の記録を打ち立てるなど、藤井は元々トップクラスに迫る実力があった。その後もレベルアップを続けてきたが、今春の新型コロナウイルス感染拡大に伴う自粛期間を経て、また一皮むけた感がある。対局がない代わりに、じっくりと研究に打ち込むことができたからだ。6月4日に棋聖戦の挑戦権を獲得した際の記者会見では、こう語った。

「(対局がない間)自分の将棋にしっかり向き合うことができたのかなと感じています」

藤井は普段の研究にAIを取り入れている。人間とは異なる価値観を助けにしながら、自らの将棋を深めるだけでなく、幅も広げたのだろう。今回の五番勝負で見せた勝負術の背景には、そうした進化があったように思える。

開幕から連敗を喫した渡辺だったが、第3局で見せた立ち直りはさすがだった。藤井の研究を上回り、時間を使うペースにも気を配りながらリードを保って逃げ切った。前述のブログには、こんな言葉もあった。

「(今後の藤井との勝負に向けて)自分の長所を生かして対抗できる策を見つけるしかないと思いますが(それが上手くいったのが第3局)、勝ちパターンがそれしかないのでは厳しいので、次の機会までに考えます」

敗れたとはいえ、渡辺がこの敗戦をどう次に生かすかも注目される。

藤井は現在、第61期王位戦七番勝負で木村一基王位(47)に挑戦中で、2勝0敗とリードしている。王位も獲得すれば、「高校生で二冠」「高校生で八段昇段」という偉業を成し遂げることになるが、昨年史上最年長で初タイトルを獲得した木村もここから巻き返してくるだろう。18歳の戦いは続く。