図書館が“民主主義”と“生命”を守る最後の砦に。『パブリック 図書館の奇跡』が問う公共のあり方とは

格差社会の中で行き場を失った人々の生命を守る最後の砦にもなっている公共図書館。その現実を描き上げた本作で監督・脚本・主演を務めたエミリオ・エステベス氏に話を聞いた。
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映画『パブリック 図書館の奇跡』で監督・脚本・主演を務めたエミリオ・エステベス氏(写真中央)
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「図書館は民主主義を守る最後の砦だ」

公開中の映画『パブリック 図書館の奇跡』にこんな台詞が出てくる。本作は民主主義と公共とは何かを考える上で最良のサンプルとなる作品だ。 

監督と主演を務めたのは、80年代に青春スターとして活躍したエミリオ・エステベス。監督としても多くのキャリアを積んできた彼が11年温めた企画だ。

 

図書館は誰も拒まない 

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映画『パブリック 図書館の奇跡』より
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舞台となるのは、オハイオ州シンシナティの公共図書館。エミリオ・エステベス演じる主人公のスチュワートは、司書として日夜図書館で起きるトラブルの対応に追われている。

彼を最も悩ませているのは、ホームレスの存在だ。毎朝、朝一番にやってきては、閉館まで居座る彼らへの対処と、他の利用者への配慮のバランスはなかなか答えが出ない。

そんなある日、シンシナティが大寒波に襲われ、一人のホームレスが凍死、暖を取る場所を持たないホームレスたちは寒さから身を守るため、図書館を占拠する。警察が出動し、メディアが取り上げ大きな騒ぎになる中、スチュワートは彼らの生命を守るために行動を起こす。

公共図書館は誰も拒まない。それはホームレスも例外ではない。そんな図書館を作家トニ・モリスン(※)は「民主主義の柱」だと言った。本作は、図書館が格差社会の中で行き場を失った人々の生命を守る最後の砦にすらなっている現実を描き、物語を通して「公共」とは何かを観客に問う。 

本作の監督・脚本・主演を務めたエミリオ・エステベスに本作と民主主義のあり方について話を聞いた。

※アメリカの黒人女性として初めてノーベル文学賞を受賞した作家。

 

アメリカの図書館はホームレス問題の最前線

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映画『パブリック 図書館の奇跡』より
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本作がアメリカで公開されたのは2018年。脚本は2007年には完成しており、キャスティングも始めていたが、2008年のリーマン・ショックから始まる世界的不況により資金難に陥り、一度頓挫したそうだ。

しかし、エステベス監督はその時点で映画を作らなくて逆に良かったと語る。

「この映画は現実的な問題に向き合う必要がありました。アメリカでは社会的弱者を巡る状況は刻一刻と変化していますから、その変化に対応するように脚本を柔軟に変化させたんです」

 図書館のような公共施設にとって、リーマン・ショック後にどのような変化があったのだろうか。それはホームレス利用者の増加だ。

ロイターの2014年の記事によると、ホームレスの図書館利用は2011年には2007年と比較して47%も上昇しており、図書館がホームレス問題の最前線になっていると伝えている。

ホームレスが図書館を占拠するというアイデアを荒唐無稽だと感じる人もいるかもしれない。だが、シェルターがいっぱいになり、行き場のない多くのホームレスが図書館を利用しているというのは事実であり、このアイデアはそんな現実を反映しているのだ。 

 

就職セミナーに学習支援…多岐にわたる図書館の役割 

図書館を単なる無料貸本屋だと考えている人は多いだろう。しかし、今日のアメリカの公共図書館の業務は実に多岐に渡っている。

昨年公開されたドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』について、ニューヨーク公共図書館(NYPL)の渉外担当役員キャリー・ウェルチさんに取材した際、その提供サービスの幅広さに驚かされた。  

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映画『パブリック 図書館の奇跡』より
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NYPLでは就職セミナーにキャリア相談、起業家支援から語学学習支援、ダンス教室からネット端末の貸出し、医療情報の発信、歴史的資料の収集はもちろんのこと、著名人の講演、ピアノコンサートからロボット工作セミナー、舞台の撮影など、さらに就職面接のためスーツが必要な人にネクタイの貸出まで行っているという。 

本作でも、驚くような図書館員の業務がさりげなく紹介されている。閉館後の図書館でスタッフに向けて、オピオイド(※)過剰摂取者の蘇生法についての研修日程のアナウンスが流れる。これは実際にアメリカの図書館で行われているそうだ。

※痛み止めに使われる医療用麻薬で、アメリカではオピオイド乱用が深刻な社会問題となっている。 

「オピオイド過剰摂取者への対応研修は、実際にアメリカの図書館で実施されているんです。我々が撮影に使わせてもらったシンシナティの図書館でも、その症状の人を図書館員が対応して救ったという事例があるんです」

図書館員は司書であり、情報や本についてのプロではあっても、人名救助のプロフェッショナルではない。そんな彼ら・彼女らが人々の生命を守る活動まで行わねばならない現実を本作は反映しているが、そのような現実に対してエステべス監督はどう思っているのだろうか。

「状況は複雑です。例えば警察も心の病を抱えた人やホームレスなどへの対応が必要で、それらは本来の警官の業務ではない場合もあります。図書館でも同じことが起きているわけです。本当なら専門のソーシャルワーカーが対応した方が良いのですが、対応しなければいけない現実があるのです。

近年ではソーシャルワーカーを常駐させる図書館もあり、様々な試みが始まっているのですが、まだまだそういうところは少ないようです」

前述のロイターの記事では、サンフランシスコやワシントン、フィラデルフィアの図書館がソーシャルワーカーを雇用していること、またフィラデルフィア中央図書館にはホームレスがスタッフを務めるカフェがあり、ノースカロライナ州のグリーンズボロの図書館では散髪に血圧測定、食事の提供から職業カウンセリングまで提供していると伝えている。

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映画『パブリック 図書館の奇跡』より
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しかし、ホームレスが図書館に集うことでクレームも多い。本作でも図書館のネット端末でずっと出会い系サイトを眺めたり、トイレに長時間居座るホームレスが描写されるが、誰もが利用できる施設だからこそ、利用者同士の利便性を阻害することもある。図書館員は他の利用者への迷惑防止と、あまねく人々へのアクセスの保証のバランスを取るために、日々難しい選択を迫られている。

ホームレスと公共図書館の関係について、必ずアメリカで参照されると言われる有名な事件がある。「クライマー事件」と呼ばれるその事件は本作でも言及されるが、ニュージャージー州モリスタウンの図書館で、ホームレスのクライマー氏が悪臭を理由に退館を何度も命じられたことに対して図書館と警察を提訴した事件だ。 

結果、クライマー氏は多額の和解金を得る結果になり、この事件は全米の図書館のホームレスに対する行動指針となっているようだ。

 

民主主義を巡る2つの立場

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映画『パブリック 図書館の奇跡』より
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劇中で主人公スチュワートの上司、アンダーソン館長がトニ・モリソンと同じことを言う。「図書館は民主主義の最後の砦だ」と。

情報へ自由にアクセスできることが民主主義を守ることに繋がる。しかし、今日の図書館は、情報だけでなく格差社会で困窮する人々の生命をも守らねばならい状況に直面しているのだ。

その館長と対立する存在として検察官デイヴィスが登場し、占拠という「犯罪」を犯すホームレスたちに催涙弾を使うことを検討する。デイヴィスもまた「私の仕事は法と民主主義を守ることだ」と言う。ここでは民主主義を巡る2つの考えがぶつかり合っている。

「デイヴィスは法や秩序を守ることが民主主義と考え、アンダーソン館長は人や情報への自由を守ることが民主主義だと考えています。それぞれに思い描く民主主義の形があるわけですね。しかし、デイヴィスは、民主主義という概念を武器化してしまっていると思います」

デイヴィスは選挙に出馬予定で、アピールにうってつけな手柄を欲しがっているおり、なるべく早く事態を収拾し、犯罪者はすぐにでも一掃したいのだ。彼はある意味、自らの野望のために民主主義という言葉を用いて、武力介入を行おうとする。

このキャラクターのあり方もまた、今日のアメリカの現実を反映していると言えるかもしれない。

 

「公共」とは何なのか

本作の原題は「The Public」。シンプルなタイトルに込めた真意をエステベス監督はこう語る。

「図書館というのは突き詰めれば建物に過ぎません。しかし、それが守っているものは図書館だけの問題ではないのです。

図書館が象徴しているものは、我々みんなの権利です。それは集会の権利であり、情報へのアクセスの自由であり、発言する自由なんです」

『パブリック 図書館の奇跡』は図書館とホームレスの関係を通して「公共」とは何かを問いかける。公共が守るものは法か、それとも人か。格差が拡大し続ける日本社会にとっても重大な問題を本作は投げかける。 

(取材・文:杉本穂高/編集:毛谷村真木