SNSの違法な中傷、放置で最大60億円の制裁金も。規制強めるドイツ法は理想のモデル?専門家に聞いた

木村花さんの訃報を受け、SNSの誹謗中傷の対策に向けた動きが進んでいる。違法な書き込みへの規制を強化したドイツは良い手本なのか?慶應大の鈴木秀美教授に尋ねた。
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ドイツの連邦憲法裁判所。親しみやすいようにガラス張りの造りになっている
鈴木教授提供

人気リアリティー番組に出演していたプロレスラー木村花さんが5月、亡くなった。木村さんは、番組内容などを巡ってSNSで激しい誹謗中傷を受けていた。

木村さんの訃報を受け、自民党はネット上の誹謗・中傷対策を検討するプロジェクトチーム(PT)を発足。NHKなどによると、PTは6月16日、総務相に提言を提出。提言には、表現の自由に配慮した上で、発信者情報の開示要件の緩和や投稿記録の保存期間の延長などを盛り込んだ。さらに、侮辱罪の厳罰化を法務相に求めた。

書き込みの規制強化は、「憲法が保障する『表現の自由』を脅かす」との懸念と常に隣り合わせにある。ドイツでは、難民らへのヘイトスピーチの深刻化を背景に、ネットの書き込みの規制を厳しくする法律が2017年に成立。国際的にもSNS対策の先行事例として知られる。ネット上の誹謗中傷をどう防ぐか。規制強化の議論が加速する日本は、ドイツの経験から何を学べるか。慶應大メディア・コミュニケーション研究所の鈴木秀美教授(メディア法)に尋ねた。

 

■事業者に多額の制裁金

ドイツでは17年、SNS上のヘイトスピーチなど、現行法で禁止された表現の削除をSNS事業者に義務付ける法律「SNSでの法執行を改善するための法律」(SNS対策法)が成立。翌18年1月から、本格運用が始まった。

対象となる事業者は、ドイツ国内に200万人以上のユーザーが登録しているプラットフォームで、Twitter、Facebook、YouTubeなど約10社だ。

SNS対策法とは、どんな内容なのか?

鈴木教授によると、同法はSNS事業者に対する

1違法内容の削除義務

2苦情対応の手続きを整備する義務

3半年ごとに、苦情対応の状況の報告義務

4義務に違反した場合の過料(制裁金)

を盛り込んでいる。

削除義務の対象になるのは、刑法が禁止する違法情報。具体的には、違法組織のマーク使用/国家を重大な危険に晒す暴力行為の指導/国全体を陥れるデマ/ヘイトスピーチ/侮辱/誹謗・中傷――などだ。

SNS事業者は、利用者から違法情報の苦情を受けた時、違法性を判断し、明らかに違法な場合は24時間以内に削除するか、ドイツ国内からのアクセスを制限しなければならない。明らかに違法とは言えない場合も、7日以内に違法性を判断し、違法であれば削除またはアクセス制限をしなければならない、と定める。

SNS対策法の監督は、ドイツの連邦司法庁が担う。司法庁は、効果的な苦情処理を全く、あるいは適切に行わない法人の事業者に対して、最大5000万ユーロ(約60億円)の過料を科すことができる。

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オンライン取材に応じる鈴木秀美教授
HuffPost Japan

■なぜ規制強化?

ドイツ政府が、SNSの違法な書き込みに対する規制を強化した背景に何があったのか?

鈴木教授は「ヘイトスピーチの深刻化」を最大の理由に挙げる。

ヘイトスピーチとは、特定の人種や民族、宗教を信仰する人などに対して、差別や暴力をあおったり、侮辱したりする憎悪表現のこと。日本には、ヘイトスピーチに対して一部の自治体で罰金を科す条例があるものの、刑事罰を科す法律はない。

一方、ドイツでは、ヘイトスピーチ は「民衆扇動罪」として刑事罰の対象となっている。印刷物や放送、ネットで行われたヘイトスピーチは、3年以下の自由刑(受刑者の移動の自由を制限する刑罰)または罰金が科される。

「2015年には、シリアなどから多くの難民がドイツに逃げ込みました。この頃から、難民や難民支援者に対して『ドイツから出ていけ』と言ったり、『難民の住居に火をつけろ』といった暴力をあおったりするヘイトスピーチがSNSで目立つようになりました」

「政府は当初、こうした違法なヘイトスピーチを問題視しながらも、SNS事業者の自主的な対応での解決を目指しました。ですが、違法な投稿が放置され続ける中で、事業者側の責任を問う世論はどんどん高まりました。さらに当時は連邦議会選挙を控えていて、16年のアメリカ大統領選でフェイクニュースが問題になったことが追い風になり、法による規制強化の流れにつながったのです」

 

■「過剰な削除」への批判、訴訟も

ただ、SNS対策法は成立当初から、ドイツ憲法が保障する「表現の自由」を脅かし、ネット空間での自由な書き込みを萎縮させるとして、野党や市民団体から批判が絶えなかった。

「この法律は、SNS事業者が適切に苦情処理をしないことに対して制裁金を科します。制裁金の上限が極めて高額なため、『細かい処理を面倒に感じる事業者は、制裁金の支払いを逃れるため書き込みを過剰に削除する』という懸念が広がりました。また、SNS事業者に違法性の判断をさせる仕組みであり、本来それは捜査機関や裁判所がするべきで、民間の事業者に負わせるのは筋が違うとの指摘もありました」

法律の本格運用から、まもなく2年半。規制強化は成果を上げたのか?また、事業者による過剰な削除は実際に起こったのか?

「Twitterや YouTubeなどの事業者の報告書によると、削除された書き込みのほとんどを、名誉毀損かヘイトスピーチが占めています。SNS対策法によってSNS上の違法な投稿は確かに減り、一定の効果を上げています。

心配されていたほど過剰な削除は今のところ起こっていないようです。SNS事業者にとっては、ユーザーの書いたものをどんどん消していたらサービスの魅力が損なわれてしまうというデメリットがはたらいた面もあると考えられます」

「一方で、投稿を違法に消されたとして、事業者を相手取った訴訟も起きています。SNS対策法に批判的な政治家や市民運動家が、表現の自由を規制するSNS対策法そのものが違憲だと訴える裁判も始まっています」

SNS事業者と監督庁の間でも、制裁金を巡る争いが生じている。

連邦司法庁は2019年7月、Facebookの報告書が「実際の苦情件数より少なくカウントされている」などとして、200万ユーロ(約2億4千万円)を科すと発表した。Facebookは異議を申し立て、現在司法庁が対応を検討している。

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ドイツのマルチメディア自主規制機関「FSM」のウェブサイト
FSM公式サイト

■モデルケースか、悪い手本か?

ドイツのSNS対策法は、ロシアやマレーシアなど他国でモデルケースとして参考とされている。鈴木教授はこうした流れに対し、「模倣は慎重にするべき」と待ったをかける。

「ドイツには、連邦憲法裁判所という憲法問題を専門に扱う裁判所があります。民主主義社会にとっての表現の自由を極めて重視し、過剰な表現規制に対する歯止めの役割を果たしています。

例えば、集会での発言などを理由に刑事裁判で有罪判決を受けた人が、もう一度憲法裁判所で表現の自由のために闘うことができる仕組みがあります。件数自体は少ないですが、刑事裁判の有罪判決が、憲法裁判所では表現の自由の観点から覆された判例もあります」

「社会の変化に合わせて取り締まりを強化する議会と、議会が作った法律が過剰な表現規制となっていないかをチェックする憲法裁判所。この両輪があるから『規制はするけど表現の自由は守る』というバランスが取れるのです。こうしたドイツの仕組みを度外視し、他国がSNS対策法だけを切り取って規制強化を進めるのは危ういと考えます」

 

■「匿名で表現する自由」は守られるべき

自民党PTは、SNSの中傷を抑止する法規制に関する提言を政府に提出した。発信者情報の開示要件の緩和や、悪質事案の厳罰化などを盛り込んだ。

鈴木教授は、「誹謗中傷の被害者救済は大事なこと。発信者特定の開示手続きの簡素化は進めるべき」とする反面、ドイツのようなSNS事業者に対する罰則規定や刑法の厳罰化には否定的だ。

「私たち一人一人に、匿名で表現する自由があります。特に弱い立場に置かれ、実名を明らかにして発言すると不利益や嫌がらせを受ける恐れがある人は、名前を隠しているから安心して不正を訴え、批判の声を上げられる。だからこそ、ネット上の表現が大きく制限されるような規制にならないよう最大限の配慮が必要です。もともと同調圧力が働きやすい日本では、SNS事業者への罰則新設は馴染まず、刑事罰の強化もすべきではありません」

 

■規制強化の前にできることは

木村花さんの訃報を受けて、国内でも業界のネットワークが動き出した。

一般社団法人「ソーシャルメディア利用環境整備機構」(SMJA)は5月26日、「ソーシャルメディア上の名誉毀損や侮辱等を意図したコンテンツの投稿行為等に対する緊急声明」を発表。禁止行為を把握した場合、サービスの利用停止などの措置を徹底するほか、捜査機関への情報提供の協力といった取り組みをすると公表した。

鈴木教授は、「人を罵る表現を投稿できなくする機能を導入したり、投稿前に思いとどまらせる警告が出る仕組みを取り入れたり。国が法律で取り締まるより、事業者側が自主規制を進めていく方が望ましいと考えます」と強調する。

「ドイツには、子どもにとって有害なネットの情報や違法な書き込みを判定しアクセス制限や削除を行う自主規制機関が20年以上活動しています。今年6月からは、SNS事業者が違法情報か否かの判断に迷ったとき、この機関に相談し、機関が事業者の代わりに判定できるようになりました。

こうした企業外部の組織があると、個別の対応事例が蓄積されるメリットがあります。自主的に削除の是非やアクセス制限を判断する、業界横断的な機関の取り組みは、日本でも参考になるのではないでしょうか」