高級ブランドが「あつ森」で服を提供する理由。コロナ後のファッション業、カギは若者の新しい価値観

世界中で大ヒット中の任天堂「あつまれ どうぶつの森」。アバターの世界の隆盛は、ファッションビジネスにとってどんな可能性をもたらすのか。情報番組のコメンテーターや、雑誌『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザーをつとめる編集者の軍地彩弓さんが寄稿した。
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マークジェイコブスが配布を開始したバーチャル服(同社Instagramアカウントより)

自粛生活もひと段落。この巣篭もり需要で話題となったのがニンテンドースイッチの専用ソフト「あつまれ、どうぶつの森」(以下あつ森)。

発売から6週間で、世界で1341万本(DL版とパッケージ版累計)を売り上げる大ヒット 。自身のアバターを作って動物たちと無人島ライフを楽しむソフトだが、ここで今話題になっているのがそのアバターファッションだ。

ファッション好きなユーザーがアバターに好きなブランドに似せた服を着せ始め、それに対応するようにラグジュアリーブランドの「ヴァレンティノ」や「マークジェイコブス」がアプリに最新ファッションアイテムの提供をはじめた。

リモートワーク、リモート飲み会、リモート授業など、会えないことが日常になったとき、ファッションはどう変化していくのか? 

バーチャル空間という新たな“場”の創出は、ファッション業界の未来に繋がっているかもしれない。

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新型コロナで大人気の「あつまれ どうぶつの森」
時事通信社

コロナが浮き彫りにした旧来型ファッションビジネスの限界

コロナ禍で、数ある業界の中でも「売り方」の変化を求められたのがファッション業界だ。

非常事態宣言下、各デパートは休業要請を受け、大打撃を受けた。日本百貨店協会が発表した4月の全国百貨店売上高は、既存店ベースで前年同月比72.8%減。統計が始まった1965(昭和40)年以降で最大の下げ率となった。ここ最近の売り上げを支えていたインバウンド収入が前年比98.5%の減少と、まさに大きな逆風が吹いた。

接客をして販売をするという業態の限界も、コロナ禍は浮き彫りにした。そしてこの渦中、業界大手のレナウンが破綻。

海外でもこの流れには歯止めが効かない。ニーマン・マーカス、J .CREWとアメリカでも大手百貨店、アパレルの倒産がドミノ倒しのように起きている。

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ニーマン・マーカス
Jeenah Moon / Reuters

長期休業による、テナント料、従業員の休業補償、余剰在庫による経費圧迫など、負のサイクルが重くのしかかっている。

ECの売り上げは好調に伸びているものの、EC比率10%をやっと超えるくらいの企業では、増額分は実店舗の落ち込みをカバーするに十分ではないのが現状である。

自粛明け以降、売り時を失った春夏在庫を当面秋以降まで売り、秋冬の生産数を減少させるなど、アパレルの苦肉の対策が始まっている。

かつてのようなファッションショーの開催も、デジタルショーへの移行を始めるブランドもあり、この夏以降、世界的にファッション業界は変化を余儀なくされているのが現状だ。

Zoom会議で映える服が「おしゃれ着」になった時代で…

以前のように売り場が戻ってきても、果たしてこれまでのような消費生活に戻るかと言えば、それは難しいと思える。

この自粛生活の中で、消費者の行動パターンが大きく変化したからだ。 この時期ファッションで売れていたのは、Zoom会議でも使えるトップスや、楽チンなスエットの上下、カットソーワンピやスニーカーなど、主役は部屋着となった。

Zoom会議でトップスだけおしゃれをする。Zoomで授業も飲み会も合コンだってできる。こうなると、パブリックは職場や学校ではなく、パソコンやスマホの中にある。「ハレとケ」で言えば、かつてのハレが職場や学校だったのに対して、今のハレはデジタル上。その上で家着=おしゃれ着となったのだ。

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home office setup for vblogging / online blogging e - learning with computer desktop PC, keyboard, computer mouse, monitor scree, Bluetooth speaker, DSLR camera with tripod beside window
chee gin tan via Getty Images

 

デジタル空間で「バーチャルな洋服」が売れる

ファッションの主戦場がリアル店舗からオンラインのEC店舗となったように、パブリックのあり方もデジタルスペースへと移行している。

冒頭の「あつ森」では好きな洋服を購入することができ、もちろんコーディネイトも楽しめる。最初のうちはファッション好きなユーザーがブランドの人気スタイルを真似してアバターに着せていたのが、次第に「ヴァレンティノ」や「マークジェイコブス」公認のファッションアイテムが登場した。リアル社会で店舗が休業し、新作も買いに行けない中で、ユーザーは最新ファッションをアバターに着せて手に入れることができる。これが瞬く間に世界中のインフルエンサーたちに広がった。

@animalcrossingfashionarchiveというInstagramのアカウントにはそんなデジタルファッショニスタたちのスタイリングが集まっている。

同時期、日本でも「ポケコロ」という着せ替えゲームアプリがファッションブランド KEITAMARUYAMAとコラボしてファッションアイテムを発売を開始した。

デザイナー、丸山敬太の世界観をそのままポケコロの世界に落とし込んだアイテムは、ファンタジーに溢れている。

過去のアーカイブのドレスや人気ルックがここで再現されて、ユーザーはガチャを回してアイテムを手に入れることができる。

その売り上げはコラボ発表から2週間で1300万円超えを記録。レアアイテムは「求めリスト」と呼ばれる、ユーザーの欲しいものリストの上位に入る。

ユーザーは自分のアプリ内のクローゼットに服をコレクションすることができる。ユーザー間でプレゼントもできる仕組みだ。

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KEITAMARUYAMAとポケコロのコラボ
提供写真

アバターに洋服を着せて楽しむ感覚って一体?

このポケコロユーザーにインタビューする機会があった。

月間10万円以上課金することもあるという30代半ばのヘビーユーザーに「10万円あったら、ブランドバッグも買えるのではないですか?」と聞くと「バッグは買ったときから、クローゼットのスペースを占有してしまうし、流行が終わればメルカリでも価値が落ちてしまうんです。その点、ポケコロのアイテムは場所を取らないし、価値が変わらないし、レアアイテムなら価値が上がるんです」との答え。

価値が高ければ、アプリ内で不定期で開催されるフリーマーケット(アプリ内通貨で売買)で、高価格で売れるそうだ。

これは筆者にとっては眼からうろこの体験だった。「リアル>デジタル」と思っていた世界が、いつの間にか「リアル<デジタル」へと移行している。

アバターが着る服は、ファッションビジネスの柱の一つになるのか?

服はデザインから、生地を調達し、縫製、納品、売り場といくつもの過程をとってユーザーの手に渡る。デジタルの世界では、生地も売り場もいらない。それでも、ユーザーの手に「デザイン」を届けることはできる。

デジタル上のこういったブランドの取り組みは、かなりハードルが高いように感じるが、このコラボを始めた丸山敬太氏は「ブランドの価値を毀損することはない」と話す。

むしろ、今ショーも開催されず、展示会や売り場の制限がされる中、新たなファン獲得の機会としてデジタル空間は有効な“場”であり、媒体となりうる。 何よりも今回のコラボのリアクションを追うと「リアルでは手が届かなかったブランドだけど、このコラボは嬉しい!」など、服だけの販売では届かなかったユーザーを獲得している。ブランド自体にとっても、顧客の年齢層が時代とともに上がり、若い世代へのリーチが難しいところに自社の世界観を伝えられるチャンスとなる。 

また「フォートナイト」というオンラインゲームでは、昨年、超人気DJマシュメロのライブをゲーム内で開催。同時接続数は世界中で1000万人を突破したとされる。

この時の限定Tシャツはゲーム上でも配布され、またリアルにも販売された。今年5月9日には同ゲームで登録ユーザー数3億5000万人を記念して、世界中のファンが参加できるバーチャル「パーティロイヤルライブ」を開催した。

 

今年もスティーブ・アオキなどの年収30億を稼ぐ超人気DJが参加。バーチャル空間でのイベント開催によって、リアルでは出会えない新たな熱狂を呼ぶ施策が次々と展開されている。

こうした仮想空間を利用したゲームだけでなく、Facebook社が仮想現実SNS「Horizon」の開発を進めている。誰しもがバーチャル空間でアバターを手に入れる時代がやってくる。

その時アバターは何を着るのか? 

ファッションビジネスの新たなチャンネルとして、こういったデジタル上でのファッションは一つのビジネスとして考えられる。

ファッションの“本質”は「コミュニケーション」

ファッションとは何か? 「フィジカル=物理的に服を売る」だけではない。こういう新たな販売チャンネルの可能性は、デザイナーにとっても事業を持続させるためにも必要なことである。

前述のデザイナー丸山氏は「ファッションはコミュニケーションの一つだと昔から思っていて、着ているものを通して会話のきっかけになったり話が膨らんだりすることがファッションの楽しさ。そういうことが逆にこのデジタルの世界の中では活発に行われていて、あらためてこういうところにファッションの本質みたいなところがつながっているんだなと思えた」とWWDのインタビューで語っている。

本質的なことを変えずに、ファッションの可能性はまだまだ広がっていく。

自粛明け後、一時的に消費は上がるかもしれない。だが、その後に待っているのは旧ビジネスモデルの崩壊の始まりである。その時に、デジタル世界でも服が売れる仕組みなど、本質的なことを失わずに現代に合わせた柔軟なことができる企業だけが生き残れる。 コロナという災禍をいかに新たなビジネスにつなげていけるか、経営者の度量が問われている。

(文:軍地彩弓/ 編集:水野綾子・南 麻理江)