3食を「楽に食べ回す」ために、スープをおすすめしたい。有賀薫さんが目指す、料理のサスティナビリティ

新連載「私のコロナシフト、生き方をこう変えた」。第3回目は、スープ作家の有賀薫さん。新型コロナウイルスの影響で変わった生活、これからの生き方について語ります。
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新型コロナウイルスの脅威は、世界各地の人々に影響を及ぼし、私たちの日常を激変させた。この連載では、ビジネスやカルチャーの様々な分野で活躍する人たちが、コロナによってどのような行動変容・意識変容に直面しているのか、リアルな日常を聞き取っていく。第3回目は、スープ作家の有賀薫さん。(インタビューは4月22日にオンラインで実施。写真は本人提供、または画面撮影によるもの)

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有賀薫さん。2011年から8年間、約3000日にわたって、朝のスープ作りを日々更新している。
本人提供

有賀薫(ありが かおる)
スープ作家。2011年より8年、3000日にわたって朝のスープを作り続けている。雑誌、テレビ、ラジオ、ネットでおいしさに最短距離で届くシンプルレシピや、家庭料理の考え方などを発信中。

著書『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社・第5回料理レシピ本大賞入賞)。『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)など。 

 有賀薫さんのコロナシフト

  • 料理教室やイベントが中止⇨自宅のキッチンからライブ配信 
  • “作る人に無理がないか”が最重要。料理を毎日楽に続けていく
  • 朝食後、家族との時間の過ごし方に変化

 

iPhoneでスープの仕込みを生配信

――外出自粛で自炊の機会が増えたという人の投稿がSNSで目立ちます。スープ作家として活動する有賀薫さんもオンラインイベントやライブ配信に出演するなど、積極的な発信をなさっていますね。

そうですね。食の分野は、今回のコロナの影響をかなり早い時期から受けていて、2月下旬頃からイベントの中止が相次いでいました。「これはちょっと大変なことになるな」と思った半面、「ずっとやってみたかったけれど、できていなかったことに挑戦しよう」という気持ちも芽生えてきたんです。

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料理教室やトークショーなどのイベントは当面できなくなった
本人提供

つい2日前も、料理家の樋口直哉さんと山口祐加さんと3人でオンラインイベントを開催したのですが、とても楽しかったし、新鮮な試みでした。それぞれの料理家が自宅のキッチンから料理をしながら映像を配信するというもの。視聴している皆さんもご自宅のキッチンで同時に手を動かすこともできるという点で、新しいですよね。

他にも、私が夜中にひたすらモヤシのヒゲを取るようなスープの仕込みの様子をライブ配信してみたり(笑)。案外、たくさんの方が観てくださっているようです。

――図らずも、新しいチャレンジの機会が増えていらっしゃるのですね。

もともと私は新しいチャレンジに対して興味が向くタイプ。それに、フリーランスの人って、大なり小なり、「これからどんな時代になるか。それに対して自分はどう動いていくか」って、常に考えるクセがついていると思います。

私も動画の配信はいつかはやってみたいと思いながらも、「まだ十分な準備が整っていない」と二の足を踏んでいたんです。それが、今回のコロナのピンチを機に、「画質は荒いし、しゃべりのトレーニングもしていないけれど、えいや!」と踏み出してみました。なんとか走りながらの試行錯誤をやってみているという感じですね。

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自宅からiPhoneを使ってライブ配信にも挑戦している
本人提供

料理は“作る人に無理がないか”が最重要

 ――これまで以上にお忙しくなっているのでは? 生活のリズムに変化はありましたか?

毎週のようにスケジュールに入っていた撮影の仕事がなくなって、夜に飲みに行くこともなくなったので、時間にはずいぶんゆとりができている感覚がありますね。

とはいえ配信やレシピ開発のために日中はずっと料理をしていますし、もともと在宅仕事には慣れているので、私自身の生活の変化といえば、来客がなくなったのと、食材の買い出し以外の外出がなくなったくらい。

一番大きな変化としては、毎日出勤していた夫が在宅ワークに切り替わって、ずっと家にいること。息子はもう大学生で、東京を離れて1人暮らしをしているので、夫と過ごす時間が格段に増えました。

はじめのうちはリズムの違いに戸惑う時もありましたが、慣れてくると、これはこれで快適。よく考えてみれば、歳を取ればいつかは訪れる夫婦2人のライフスタイルが前倒しになっただけのこと。「2人で3食分だと、食材をちょうどよく使い切れるのね」と食べ回しのイメージを再確認する機会にもなっています。

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IHヒーターつきのミングルを使った焼き物と具だくさんの味噌汁。「3食を楽に食べまわす」のを意識している
本人提供

 ――在宅ワークや休校で、「家族の食事を毎日作るのがつらい」という声も聞こえてきます。

家族全員の食事を3食用意というのは、ふつう盆と正月ぐらいなので、それが1カ月以上続くのは本当に大変だと思います。外食に逃げることもできないわけですし。
その点、スープはおすすめです。冷蔵庫にある残り物を組み合わせてできちゃうし、失敗が少ないから初心者にもやさしい。朝多めに作っておけば、昼食の準備がとても楽になりますよね。

私はもともと家で作っていたスープが高じて仕事になっていったので、料理修行をしたことがありません。料理に関しては、本当に普通の主婦と同じなのです。レストランの厨房に立った経験もなければ、調理学校で学んだこともない、1人の生活者としての料理家。だからこそ、大事にしているのが、毎日の料理を少しでも楽に途切れなくやっていける「継続性」、つまりサステナビリティですね。料理は「食べたい」から始めると、高度なレシピに挑戦することになりがちで、いつの間にかハードルが上がってしまう。“作る人に無理がないか”が最重要だと思っているんです。在宅時間が長く、自炊が増えたという人には「力を抜いて!」と伝えたいですね。この非常事態を言い訳にして「うちの食事はスープがメインです」と決めちゃってもいいのでは?

――“スープ宣言のススメ”の提案ですね。

そう! “スープ宣言”しましょうよ。そうやって無理なく毎日の食事作りを続けられるサイクルが身についたら、それはコロナが収束した後もずっと活用できる生活技術になるはず。

私たちの暮らしはこの数カ月で大きく変わったように思えます。でも同時に気づかされたのは、実は“根っこ”の部分はそれほど変わっていないということです。食事はその根幹の最たるもので、その普遍性は今とても揺らぎがちな私たちの心を支えてくれているなと感じます。外食や中食が利用できなくなったら、みんなが家で料理を熱心にはじめたというのは、その表れだと思います。

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朝食にはパンとスープを
本人提供

じんわりと楽しい時間を大切に

――「食」や「料理」の価値を再発見されているのですね。有賀さんが発信していきたいメッセージにも変化が?

ネットの料理情報は増えていますが、在宅をきっかけに家で料理を始めてみようと思う方がなかなか情報を選べないという状況があります。ですので、情報を整理してガイドする役割も求められている気がします。私もつい最近、noteで「ひとり暮らしに寄り添う料理本5選」という記事を投稿したところです。

それと、近頃意識しているのは「自然体で、明るく」ということ。コロナの感染拡大が始まった頃は、「大変な時期だから、何か役立つ情報を発信しなければ」と少し肩に力が入っていたような気がして、でも、ある時、「元気が出るメッセージを受け取れるほうが嬉しいかも」と気づいて、私自身が日常の料理を楽しむ様子を素直に発信するアプローチに切り替えたんです。それが例えば、夜中にモヤシのヒゲをとるライブ配信だったりするのですが(笑)。でもね、本当にじんわりと楽しい時間なんですよ。

ちなみに、「元気が出るメッセージがいい」と気づいたのは、在宅の空いた時間に音楽を聴く機会が増えたから。嵐やOfficial髭男dismのポップソングを聴いて、「明るい歌っていいな」って。

 

コロナ後も残していきたい習慣

――なるほど。在宅時間に以前よりも増えた習慣は他にもありますか?

増えたのは夫との会話(笑)。会話というより、夫が一方的に話しているのを私が聞いているのですけれど。普段は会社でしている会話を家でしているのでしょうね。「この人、こんなに話す人だったのね」と思うくらい、よく話してくれますよ。

わが家もそうですが、家族ってずっと一緒にいるようでいて、こういうことでもない限り、ゆっくり話をする習慣は案外少ないのではないかと思いました。

朝食後に、食卓でテレビニュースを見ながらちょっとしたことを話す。できればコロナ後も残していきたい習慣です。

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ある日の夕食。食卓で会話する習慣は、今後も残していきたい
本人提供

――ステイホーム期間をストレスフリーに過ごすためのコツを教えてください。

ズボラな私でも、なかなかいいなと思っているのが「掃除」の習慣です。感染予防の点からも、住空間を清潔に保ちたいという気持ちが強くなったこともあって、最近は雑巾掛けをこまめにしているんです。床をさっぱりと拭きあげると、心もさっぱりしますし、ちょっと体も動かせて一石二鳥。お掃除ロボットはあまり使わなくなりました。 

家の中を整えておくと、自宅からの配信やビデオチャットにもすぐ対応できますしね。

――コロナ収束後に始めてみたいことはありますか。

自粛期間が明けても食の分野のリアルイベント再開は最後の最後になると覚悟しているので、ライブ配信は、引き続き挑戦していきたいですね。

また、今回のコロナの影響で打撃を受けた生産者もたくさんいらっしゃいます。私ができる範囲で、支援につながる活動があれば喜んでやっていきたいです。いずれ自由に動けるようになったら、地方の産地に自ら赴いて、そこから食材の魅力ごと発信できるような活動もしてみたいなと思っています。

(*編集部注:この取材後、有賀さんは「牛乳をたくさん使うスープレシピ」など廃棄ロス解消につながる発信を積極的にしています) 

 

(取材・文:宮本恵理子 編集:若田悠希)