家族が罪を犯したら、代わりに謝罪したり、責任を取ったりしなければならないのか。
2019年秋、そんなテーマで、日本初の加害者家族を支援する団体「WORLD OPEN HEART」代表阿部恭子さんに取材した。
その記事を読んだ読者から一本のメールが届いた。
「記事を読んで、どうしても我慢できなくなった」
切実な思いや自身の経験を寄せたのは、東北地方に住む女性。夫が強要未遂事件で逮捕(後に不起訴)され、女性も家族として謝罪や反省を強いられたり、迷惑行為の被害にあったりもした。
女性に話を聞きにいった。
突然の逮捕の知らせ
「夫さんを逮捕しました」
2017年初旬。女性の携帯にかかってきた見知らぬ番号の着信は、警察からだった。
あまりに突然の逮捕の知らせ。「いたずらではないか...」とすぐには信じられなかった。でもその夜、夫はなかなか帰ってこない。電話やLINEをしても一向に反応はない。
困惑していると、続けて夫の弁護人になった人物からも電話があった。何が起きているのか分からないまま、伝え聞いたことを自分や夫の両親や職場に報告した。慌ただしく時間が過ぎていった。
「警察から電話があった時、気が動転してしまって、夢でも見ているかのようでした。とにかくバタバタで、今やらなければいけないことをやるしかありませんでした」
夫の逮捕容疑は強要未遂(後に不起訴)。
知り合った女性に対して、脅迫する内容のメッセージを送るなどして、面会などを要求した疑いがかけられた。
女性は思い当たる節がなかった。事件のことはもちろん、夫が別の女性と不貞行為をしていたことも、その時に初めて知った。
「夫との関係がすごく悪かったわけでもないし、私も全然分からなかったんです。だから本当にびっくりしました。このことも知らなかったし、逮捕されたことも知って、何に驚いたらいいのか分からない感じでした」
逮捕の翌日。恐るおそる新聞を開くと、夫の逮捕を報じる記事が載っていた。
夫との面会
逮捕から2日後。夫の父と警察署で事情を聴かれた後、夫と面会した。泣きながら「ごめんなさい」と繰り返す夫の姿だけが記憶に残っているという。
「気が動転していてあまり覚えていません。実際に留置所から出て来たことにもショックでした。やっと現実として認識できたというか、顔を見て、『あーやっぱり、本当に本当にそうなんだな』と思いました」
被害女性との間に示談が成立し、夫は約20日の勾留後に不起訴(起訴猶予)処分で釈放された。
本人の口から説明を聞くと、夫に対する心境の変化があったという。
「はじめ警察から話を聞いた時、夫が『理解できないもの』になってしまいました。色々なことが分かるに連れて、だんだん『私に分かる夫』になっていきました。一度『遠いところにいるとんでもない人』になってしまったのが、近くなってきた感じでした」
一方で、事件を通じて、被害者を軽んじていた夫の行為や態度が透けて見えたという。そのことに対して夫に「嫌悪感」や「軽蔑」の気持ちが芽生えたと女性は明かす。
それでも、幼い子供がいることや、家族を成り立たせるために奔走する夫の姿を見て「結局、一緒に頑張っていこうかと思っています」と決めた。
「謝るしかない」家族へのプレッシャー
事件に関わっていなかった女性は、責任を問われる立場でも、本来責められる理由もないはずだ。
家族が逮捕されるという精神的ショックに加えて、不貞行為をされたという点で被害者でもある。
それでも、加害者の家族であることや事件を防げなかったという理由で、事件への反省や謝罪を強いられたという。
「警察で『家族も反省しなければいけない』。夫の行為を知らなかったことに対して『携帯を見ていたらこんな風にならなかったんじゃないの』と言われました。自分がされたら嫌だし、そんなの見ませんよ。気づかなかった私が悪いみたいですよね」
示談にあたり、妻の立場から被害者に反省文を書くよう弁護人に求められた。
「『とにかく悪かったということを書いて出してほしい』と言われて。詳細なやりとりも知らないですし、私は何もしていないのに『夫がこんなことをして申し訳ありませんでした』と書くしかありませんでした」
さらに、自分の家族からも事件のことを謝ってほしいと言われたという。
「自分は何もしていない」と頭の中で思っていても、そうした積み重ねや周囲からのプレッシャーで、謝罪するしかないと追い込まれていった。
「とにかく『申し訳ありません』と言わなければいけない。空気感だけじゃなくて、実際にそういうことが積み重なっていくと、謝っていくしかないんだと思いました」
「やめてしまったら、再就職は難しい」
逮捕されたことは、本人や家族のその後の人生に付いて回る。復職や社会復帰の妨げとなるケースも少なくなく、セカンドチャンスの機会が広く開かれてるとは言い難い。
女性の夫も、事件後に職場から退職するよう求められたという。
「何回か面談やメールのやり取りがありました。解雇要件に当たるものではなかったようで、とにかく自主退職しろという感じでした。不起訴とはいえやってしまったことに間違いはないので、これはちょっと厳しいなと思いました」
夫の上司から女性にも直接、夫の退職を促すような連絡があり「事件のことが周囲に広がっている」という言葉も言われたという。
「夫の職場の労働組合に相談してもらちがあきませんでした。でもやめて再就職は難しいと思ったので、ある程度やりあうしかないかなと思いました」
最後の手段として、労働審判を起こすことを決めた。求めた出勤停止処分の期間短縮は認められなかったが、職場復帰する方向で話し合うという結論に至ったという。
幸いだったのは、女性の職場や上司の理解があったこと。
「私の上司には、夫が逮捕されたことや『休むことが増えると思います』と連絡しました。翌週出勤した時に上司2人と面談した際に、私がこのことで退職を考えることがないように心配してくれました。『夫婦のことは口を出せないけど、子供のこともあるから仕事を続けて頑張って』と言われて、すごくありがたかったです」
女性も夫も、今もそれぞれ同じ職場で働き続けている。
平穏を取り戻しているように見えるが、逮捕のことが周囲に知れ渡ってしまわないかという不安がいつも頭をよぎる。報告したそれぞれの上司や関係者以外にも、噂や誰かから伝え聞いたり、新聞記事を見たりした人もいるかもしれない。
「今は仕事でうまくいっていますが、逮捕されたことが知られたら、その時点で夫の職場の人間関係が終わってしまう。すごく恐怖です。もし私の職場の人に伝われば、職場にいづらくなり、仕事もやりずらくなります」
その恐怖は、3年経った今でも抱え続けている。
新聞記事を貼り付けた“手紙”がまかれた
事件をめぐる迷惑行為の被害にもあった。
逮捕を報じた新聞記事のコピーを貼り付けた怪文書が、女性宅として報じられた住所周辺の家に郵送でまかれていたという。
警察からの電話で知らされ、女性は促されるまま被害届を出したが、今も容疑者は捕まっていない。
「新聞に載ったインパクトも大きかったのですが、これがまた利用され、何か気にくわないことがあった時にコピーがばら撒かれるのかなと思うと...」
「WORLD OPEN HEART」代表・阿部恭子さんも、メディアに報じられるかどうかで加害者家族の運命が変わると指摘している。
事件を正しく伝える必要がある一方で、報じられた加害者が誹謗中傷の対象になったり、必要以上の社会的制裁を受けるきっかけを与えたりすることもある。
女性は「記事がそうしたことに使われているということも認識してほしいです」と訴える。
相談できない。「吐き出す場が欲しかった」
加害者家族は社会から孤立している。その原因の一つは、家族が逮捕されたという負い目や、人に危害を加えたという理解を得られない内容から、相談できる相手がほとんどいないためだ。
『WORLD OPEN HEART』の阿部さんは、社会の支援先が少ないことや、同時に「家庭の問題を外に出して誰かに頼るという意識にしていかないと」という課題を挙げている。
女性も不安な気持ちをひとりで抱え込んできた。『WORLD OPEN HEART』といった支援団体の存在も知らなかった。
「友達などには相談できない。発散できる場や心情を理解してくれる人はいません。私が何かしたわけでなくても、危害を加えた側となると、助けてくれるところがあるというふうに考えもしなかったです」
また、打ち明けたいという気持ちがあるが、実際は「怖くて踏み出せない」と躊躇する。
「打ち明けることで何かデメリットが出ないか。天秤にかけた時に、不安な気持ちが勝ってしまう。一度噂が広まってしまうと、その中で生きていくのは難しい。もやもやした気持ちはずっと続いて、解消されることはないと思います」
女性から編集部の記事宛に寄せられたメールには、「どうしても話したかった」と行き場のない思いや葛藤がつづられていた。
「(記事に出てくる話が)自分のと(境遇が)似ていたので、きっと吐き出す場が欲しかったんです。第三者に対して、こういうことあったということを...」
女性にはまだ小さい子供がいる。事件のことを説明したほうがいいのか。そうするなら、いつのタイミングがいいのか。悩みは尽きない。
「話すことで、子供が『自分も同じようになるのではないか』と思ってしまうのではないかと考えると、怖いです。周りの人や他の家族などひょんなところから知るよりは、伝えたほうがいいのかなと思ったりもします。今すぐにというわけではないですが、伝えるタイミングもそうです。それがこれからの課題です」
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