「いつか親が認知症になったらどうしよう」
そのような不安を持つ人も多いのではないだろうか。
総務省の人口推計によると、日本の人口の28.4%は65歳以上の高齢者。認知症は多くの人が身近に感じるリスクとなっている。
そこでハフポスト日本版ではTwitterアンケートを実施。
「あなたは、親がいつか認知症になるのでは、と不安になったことがありますか?」という質問に対し、「不安になったことがある」または「少し不安になったことがある」という回答が92%。9割超の人が不安を感じているという結果となった。
多くの人が思うのは、「認知症に対する不安はある。でも、診断を受ける前にできることはあるのか」ということではないだろうか。
そんな疑問を、認知症及び認知症予防の啓発に長年取り組むエーザイ株式会社の内藤景介執行役に聞いてみた。
「高齢者の人口割合が世界最高」 課題先進国となった日本
──以下のグラフを見てもわかるように、日本では超高齢化社会を迎えています。これは日本だけでなく世界的な現象でしょうか。
日本では、2012年の時点で認知症の人の数は約462万人といわれています(※1)。2025年には650~700万人に増え、65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症になると予測されています(※2)。
※1:「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」(平成23年度~平成24年度厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業)
※2:「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業)」
出典:「イーローゴ・ネット」
内藤景介執行役(以下、内藤):地球規模の人口高齢化、グローバル・エイジングが加速しつつあり、中国では60歳以上の人口が2億人を超えています。
高齢者の人口割合では日本が世界最高であり、課題先進国と言われています。不安を感じるかもしれませんが、今の70歳は以前の70歳とは違います。多くの高齢者が長生きをして元気に暮らす国として、高齢化への世界的なソリューションを示せる可能性もあります。
知ることが、不安を取り除く第一歩
──ハフポストでアンケートを実施したところ、認知症の予防法について「あまり知らない」と答えた人が36%、「全く知らない」と答えた人が40%。合わせて8割弱となり、不安に思う人が多くいる一方、対策については知らない人が多いという現状が浮き彫りになりました。
内藤:認知症については周りからネガティブに思われることが多く、本人も家族も公にしたくないという気持ちを持ちやすい。それが正しい知識が広まらない原因の一つになっています。ですが、知識を持たないことで対応が遅れ、早期発見のメリットを享受できなくなる可能性もあります。
かつて「痴呆症」と言われていた症状は、現在「認知症」と呼ばれるようになりました。名称の変化だけでなく、膨大なデータが蓄積され研究も進んでいます。
「加齢によるものだから仕方がない」とあきらめる前に、まずは認知症について知っていただきたいと思います。
アルツハイマー型認知症には薬物療法のほか、非薬物療法もあります。例えば、過去に好きだった歌を振り返ることで自己認識の回復をはかり、本人も周りも快適に暮らせる時間を長くする治療法などです。
「あなたにできることは、たくさんあります。」
認知症の方と家族に向けてのサイト「イーローゴ・ネット」に、こんな言葉があります。認知症と診断されたからといって突然何もできなくなるわけではありませんし、回復する認知症もあることを多くの方に知っていただきたいと考えています。
聞くこと。否定しないこと。小学校で「認知症教室」を開く取り組み
──でも、実際に家族の認知症に直面しないと、認知症や脳に対して意識を持てないかもしれません。
内藤:実は、私にも認知症と診断された家族はいません。ですが、エーザイではヒューマンヘルスケア(hhc)理念に基づき、全社員が業務時間の1%を患者さんと過ごしています。近隣の介護施設で介護士の方のお手伝いをさせていただくことがありますが、そのなかで、よく伺うのは「傾聴」が大事ということです。
認知症のタイプは本当に様々で、短時間の会話では全く症状を感じさせない方もいれば、30秒で話がループしてしまう方もいます。前述のイーローゴ・ネットにも、認知症の患者さん、また認知症ではないか?と不安を持つ方からの体験談が寄せられています。
「洗濯物がうまくたためない。こんなはずじゃなかった」
「目の前で、いきなりいわれるといけません。同じ質問でも、手紙やメールであれば答えることができます」
など、それぞれ不安な思いを抱えながら日々暮らしていることが伝わってきます。
──まず耳を傾けることで、安心感を持ってもらうんですね。
内藤:はい。小学校を訪問して、不定期に「認知症教室」を開くという活動も行っています。そこで使われているテキストでは、小学生の男の子が、認知症のおばあちゃんから財布を盗んだ疑いをかけられてしまいます。いわゆる「物盗られ妄想」ですね。
男の子は最初ショックを受けますが、「もしかしたら僕の部屋にあるかもしれないから、いっしょに探してみよう」と、おばあちゃんの話を受け入れます。「傾聴」し、頭ごなしに否定しない。それによっておばあちゃんも落ち着きを取り戻すというお話です。
認知症について知ることで、男の子のおばあちゃんに抱いた不満は優しさに変わりました。子どもたちから「私もそんな風に接してあげようと思いました」などの素直な感想をたくさんもらっています。
体重を計るように、自分の脳の状態を知る
──認知症の予防について、今どんなことがすすめられていますか?
内藤:WHOがまとめたガイドラインでは、「運動・食事・禁煙・社会的な交流」などが推奨されています。
「脳年齢」という言葉も広まり、脳の能力診断なども増えてきています。今後はそれがさらに進化し、BMI(肥満度を表す指標)を計るように自分の脳の状態を継続するデータとして保持できるようになると思います。
エーザイではオーストラリアの企業Cogstateと提携し、認知機能のヘルスチェックツール“のうKNOW”を開発しました。
これは、トランプゲームのような簡単なテストで「脳の反応度」「注意力」「視覚学習」「記憶力」等のブレインパフォーマンス(脳の健康度)を自ら確認することができるデジタルツール。約15分でセルフチェックが可能です。
医師の診断を代替するものではないですが、自分で気軽にチェックすることで、受診のきっかけにつながることもあるでしょう。
このようなツールを使っていただくことで、毎日体重を計るような気軽さで脳の健康についてもケアする時代になると考えています。
私たちは、“easiit”という脳の健康度を管理・可視化するブレインパフォーマンスアプリを開発中で、“のうKNOW“のデータも、このアプリに連携されていく予定です。 easiitを通じて家族で認知症にそなえ、予防・早めのケアもスムーズに。そんな未来をイメージしています。
──デジタルツールは、高齢者も使いこなせるでしょうか。
内藤:高齢者のスマホ使用率はすでに半数を超えていて、今後も増えていくことが考えられます。
IoTやスマートスピーカーなど、声で操作することで、高齢者にも操作しやすいデジタルツールも増えていますよね。家族と遠く離れていて直接会話ができなくても、新しい技術をコミュニケーションに活用するシーンが今よりも増えていくでしょう。
また、高齢者自身がデジタルツールを使いこなし他の世代と共通の話題を持つことは、認知症の予防として推奨されている「社会的な交流」にもつながります。
認知症に不安を持つ人ができることは「今」もある
──今後、認知症の環境はどのように変わるでしょうか。
内藤:超高齢化社会と同時にデータの解析などを含めた技術の開発も進み、パラダイムシフトが訪れようとしています。
20年前に世界初の認知症治療薬を開発した企業として、認知症の方と共生できる社会のプラットフォームを実現していきたいと考えています。それには薬だけではなく、周りの人々の意識なども含め、総合的なアプローチが必要です。
これまでは脳の状態についてのデータがあっても、その情報があまり活用されていませんでした。認知症によるもの忘れが「老化によるもの忘れ」と混同され、「よくあること」と見過ごされてしまうことも。
これからは親世代も子世代もブレインパフォーマンスを意識することが当たり前となり、次のアクションやケアに移ることができるようになると思います。認知症に不安を持つみなさんができることは今もありますし、より増えていくでしょう。
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「親が認知症になるかもしれないという不安はあるけれど、特に何もできないし…」と、考えること自体を避けてしまいがちな人は多いだろう。
しかし、正しい知識を持ち、デジタルツールで簡単に脳の健康状態を記録することができるようになれば、予防にもつながるはずだ。 私たちにできることはたくさんある。 まずは、知ることから始めてみてはどうだろう。
(撮影:小原聡太 取材&文:樋口かおる)