「料理上手」はそもそも目指さなくていい。
すべてを作らなくてもいい。
コンビニで買うことだって「自炊」だ。
フードライターの白央篤司さんは新刊『たまごかけご飯だって、立派な自炊です。』のまえがきで次のように提案している。
4月7日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、7都府県に緊急事態宣言が発令された。その後も、独自の緊急事態宣言を出す自治体が相次いでいる。
外出を控えるということは、外食の機会も減るということ。当然、「おうちごはん」の回数が急増する。
在宅ワーク、学校の休校や保育園の休園などに伴い、自分や家族の三食を用意する日々が続いて負担になっている人も多いだろう。気軽に外で食べられない一人暮らしの自炊だって大変だ。
家での「食事」の負担が、かつてないほど大きいものになっている。
そんな今だからこそ、「自炊」をゆるやかに捉え直してみてはどうだろう? 日々の食事作りへのハードルをぐっと下げる現代の「自炊力」について、白央さんに話を聞いた。
コンビニでたまごを買うことも「自炊」
――ロングセラーとなっている『自炊力』、新刊『たまごかけご飯だって、立派な自炊です。』ともに、「料理に興味がない人、できればやりたくない人」に向けて書かれた本です。料理本ながら、なぜこのターゲットを読者層に?
あくまで僕の感覚なんですけど、「料理が好きであんまり苦にならない人」って、世の中の10%ぐらいなんじゃないかと思ってるんです。
Instagramを見てると、料理好きってこんなにいるのかと感じてしまいますが、でも彼らだって1週間のうちの数回、気合を入れて作ったものだけアップしているのかもしれない。
頑張って作って、彩りよくきれいに盛り付けて……。そんなふうに食に時間をかけられる人ってそんなにいないはずです。
ウェブの仕事をするようになってから、「毎日の料理が面倒」「家事としての料理がつらい」という声を多く聞いてきました。多くの人は「もっと楽になりたいけど、どうしたらいいかわからない」と思っているのではないでしょうか。
忙しくて疲れていて、料理を作る時間も、気力もない人が世の中には大勢います。フードライターとして活動していく中で、そういう人たちにこそ届けるべき情報があるんじゃないかな、と考えるようになりました。
――白央さんは「自炊」をどう捉えていますか。
僕は、自分で何かを選んで、買うことだって「自炊」だと思っています。
コンビニで買った温玉を、インスタントラーメンにのっける。ご飯にたまごと醤油をかけて食べる。それだって立派に自炊です。
全部をイチから作らなくていいし、冷凍食品やインスタント食品、味つけが一発で決まるような調味料なども、どんどん活用していいと思う。
何の食品を買ってどう組み合わせるか、出来合いのものにちょっと何かを足す……そういうことができる力だって、僕は充分に「自炊力」だと思っています。
毎日料理をしている人は、すでに「料理上手」
――料理をおいしく作る調理スキルと、「自炊力」は別物なんですね。
はい。逆に、長年料理をしている人のほうが、自分を楽にするアイテムを知らなかったりしますよ。
今は冷凍食品も昔よりずっとおいしくなっていますし、冷凍野菜は便利この上ない。
『自炊力』で冷凍野菜を紹介したら、料理雑誌の編集をしている複数の人が試してみてくれて。「こんなに使い勝手のいいものだったのか」と驚いていました。
――「冷凍食品」ってプロも驚くアイテムなんですね。
冷凍のインゲンやブロッコリーは、レンジでチンしてマヨネーズであえるだけでも一品になります。保存できる期間が長いのは嬉しい。冷凍庫に「下ごしらえ不要ですぐ使えるもの」が入っているだけで安心感があります。
自炊を無理なく続けるためには、「毎日やろうと思わない」ことも大事。今日作れなかったら明日にしよう、明日作れないなら明後日にしよう。それくらいのゆるい気持ちのほうが、しんどくならない。
どうにも自炊って、ハードル高く考えている人が多いんです。おいしく、丁寧に、見栄えよく、経済的に、無駄を出さずきちんと使いまわして……といくつも自分にハードルを課して、「それらができてない私は、料理下手」とめげてしまっている人、いませんか。そんなことない。
自分が好きな料理を1品でも作れたら、もうあなたは料理上手ですよ。
たまごかけご飯から自炊を始めよう
――『たまごかけご飯だって、立派な自炊です。』では、「たまご」をキーワードに自炊力をつけるさまざまな提案が詰め込まれていますね。
自炊はしない、料理に興味はないという人だって、毎日何かしら食べているわけですよね。でもそこに何かをプラスするだけで食事の満足度が上がったり、楽しくなったり、栄養バランスがよくなったりしますよ、という情報をまとめたガイドブックのつもりで作った本です。
――「たまご」を軸にした理由は?
値段が安定していて手頃なこと、いろいろな料理に応用できること、多くの栄養素がバランスよく含まれていること、などの理由からです。
「目玉焼きをのせればたいていのことはどうにかなる」というのは作家の井上荒野さんの名言なんですが、まさにそのとおり。
ちょっと内容的にさびしい料理、味がいまいち決まってないような料理でも、たまご1つ添えるだけで食事としての満足度ってグンと上がるんです。楽しさとかワクワク感、という言葉で置き換えてもいいけど。なるたけ簡単に、日々の食の質をアップさせる上でたまごってとても便利なんですね。
本書を作っていく中で気を付けたのは、「(読者に)失敗体験を与えない」こと。料理に苦手意識を持っている人が、いざやってみたときに「ほら、やっぱり俺にはできない」「私には料理向いてないんだ」と思ってほしくないから。
日々、みんな何かしらで傷ついて、疲れているじゃないですか。仕事でもプライベートでも。だからこの本を読んでいる間くらいは、安寧でいてほしい。そもそも「料理なんてできればしたくない。でも生きていく上では、やらなきゃ」って人達へのガイドのつもりですし。
――食材も「コンビニで買える◯◯」など厳選して紹介していますね。
人間ってだいたい自分の知っているものしか買わないんです。料理上手な人でも、スーパーの棚でいつも買っているものしか見えていない。無理もないですよね。コンビニもスーパーも、あれだけたくさんものが並んでいますから。
だから何を、どんな風に選ぶか、というところから本書では紹介しています。たまごの選び方から始まって、買ってきたら冷蔵庫に入れるところまで。調理する上で作る人をラクにするアイテムなどもいろいろと。
何か作ったら、その次は「加える力」をつけていきます。例えば、ご飯を炊いたら、たまごかけご飯にする。炒りたまごを作れるようになったら、そこに冷凍野菜をプラスする。何かを「加える」を覚えるだけなら、失敗もありません。
日々の料理が楽になる自分ルールを
――日々の料理をもっとラクにするにはどんな工夫ができると思いますか。
「やる/やらない」を自分なりに決めることではないでしょうか。
掃除だって洗濯だって、家事ってやろうと思ったら終わりがない部分ありませんか。家仕事における「やる/やらない」の線引き、みなさん無意識のうちにしてるわけですよ。
だから料理も「揚げ物、うちではやらない」「それらは買ってくるもの」というようなラインをある程度決めていくと、気持ちがラクになると思います。その線引きをするのは自分しかできないから、決断は必要ですけどね。
私の場合、気になる料理は一度ぐらいは作ってみて、「ああ、そりゃおいしいけど、面倒だから我が家の料理には入れなくていいや」みたいな風に、振り分けています。
――では、「一切自炊はしない」という選択肢もありだと思いますか?
もちろんありです。私は料理が好きだからやってますけど、近所においしくて、値段的にも納得できるお惣菜店やお弁当屋さんがあれば絶対に料理する回数は減ると思ってますよ。
日々の料理をするようになったのは、フリーランスになってからです。節約と体調管理が目的でした。やっぱり、野菜を多く摂ると体調がいいんですよ、私の場合ですけどね。
基本的に健康上の問題がなければ「好きに食べる」でいいと思っていますが、将来的なリスクを下げる意味でも食生活を意識するのは大事だと思う。
なぜ料理の腕に自信が持てないのか?
――日常的に料理をしていても、「料理の腕に自信がない」という人は多い気がします。とくに女性の場合は顕著な気がします。
無意識に、自分を誰かと比べてしまうということはないでしょうか。
そりゃあ、世の中に料理上手はいます。上をみたらキリがない。「私の生活、私の料理はこれでいい」というのを持てないと、いつまでも「私なんてダメで」となってしまいます。
また、かつては「男が外で働き、女は家を守り」というのが当然の時代がありました。夫のために料理を作り、子どもの栄養を考えて……と、炊事が自分の生活のための能力ではなく、誰かのためのスキルだった時代。裁縫やら掃除、家計管理と並んで、炊事も「誰かに選ばれるために」身に着けていたわけです。そういう時代の悪影響もまだあると思っていて。
「私はおいしいと思うけど、夫は、子どもはどうだろう……」と考えてしまうのは、ある意味当然でもありますが、自分をつらくする一因にもなります。
自分がいいと思う味、自分がいいと思う料理スタイルに共感してくれる、それを喜んでくれる人が共に歩める人ではないでしょうか。
毎食無理しない、気楽な日も作ろう
――新型コロナウイルスの感染拡大により緊急事態宣言が発令され、家で家族と過ごす時間が長くなっています(2020年4月現在)。家事の分担を見直す機会にもなりうると思いますが、白央さんはパートナーの方とどんな風に役割分担されていますか。
料理全般と平日の洗濯は僕、パートナーが掃除全般と週末・休日の洗濯です。
今は専業主夫の男性、家事をメインでやっている男性も増えてきていますよね。また、料理には興味ないとはっきり表す女性も増えている印象です。そこに恥ずかしさを感じる必要、ないんですもん。そもそも性差でどうこうする話じゃないですからね。
「料理すること」と、「家事として毎日料理すること」って全然違うんです。こればっかりはやってみないと分からない。大変なんです。私は料理大好きで自信もありましたが、共同生活始まって3か月ぐらいでとてもつらくなって、ちょっと精神的に不安定になった時期もありました。
自粛生活が続き、家庭で料理担当されている方、つらくなっている人はかなり多いと思う。心から「おつかれさまです」と言いたい。そしてどうか、家族同士ねぎらいあってほしいですね。
――大変な家事を、続けるために心がけることは何でしょうか。
僕の考えとしては、「ちゃんとしすぎない」こと。
「ああ、きょうどうにも作る気が起こらない。総菜パンですますから!」なんて堂々と言っちゃう。疲れたときは「無理!」と示す。そういう姿を見せる日もあっていい。
「ちゃんとできなくて、ごめんね」と家族に謝ったり、恥じたりすることないですよ。そうするとね、逆に子どもたちも「そうか、ごはんは毎日ちゃんと作らなきゃいけないのか」と思っちゃうかもしれない。
子どもたちが将来的に誰かと暮らしたとき、肉体的・精神的につらくて家事が難しくなってる状態の人に「だらしないな、うちの親は毎日ちゃんと作ってたよ」なんていう子になったら、どうでしょうか。って、私は子どもいませんけれども(笑)。
誰かと共同生活を続けていくのなら、自分をよく見せようとしないほうがいいですよね。無理をしすぎず、ほどよいところですり合わせていく。それができる相手とのほうが、長くいい関係を築いていけると思うんです。
〈白央さんの新刊『たまごかけご飯だって、立派な自炊です。たまごで養う自炊力』好評発売中〉
(取材・文:阿部花恵 編集:笹川かおり)