「日本よりも安心」の声も上がる中国式・新型コロナ対策。徹底的に感染ルートを把握する「統治のテクノロジー」の実態

匠新・田中年一CEO「“国を守る”というあり方において、パラダイムシフトが起きる可能性もあると思います」

新型コロナウイルスの封じ込めでは、感染した人がどのような経路を辿り、どんな人たちと濃厚接触をしてきたかを把握することが重要視されてきた。

感染経路の分からないケースがすでに発生している日本では、政府が、感染者との接触を自動で把握できるスマホアプリを活用できないか検討を始めた

だが、個人情報保護の観点から、抵抗する声もある。これに対し中国では、共産党による統治を維持するために整備されたテクノロジーが、濃厚接触者の把握に活躍している。

こうした実態に詳しい匠新(ジャンシン)の田中年一CEOは「中国の国民も政府のやり方には半信半疑なところや反発もあったが、今回の件で政府のやり方が国民の支持を得た」と指摘している。

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取材は東京と上海をZoomでつないで行われた。

■政府が集めた情報を「3色」に

匠新は日本と中国の企業を繋げ、ビジネスを加速させる事業などを手がける。

中国で感染経路を把握するために使われたテクノロジーについて調べている、厳開(げん・かい)マネージャーによると、主にスマホの位置情報を利用した追跡が行われてきたという。

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匠新コーポレートイノベーション事業部・厳開マネージャー(Zoomの取材画面)

 「中国人が主に4G回線を使うとき、どの基地局に接続したかがわかります。その情報をもとに、武漢市のある湖北省などに立ち入った経歴がないか調べることができます」(厳開さん)

都市間の移動も詳しく把握できる。中国では飛行機や高速鉄道(新幹線)のチケットを買うには身分証と紐づける必要があるため、全て捕捉可能。高速道路も、出入り口で車の検査を行うため、どこからどこへ移動したかが丸わかりだという。

こうした情報を地方政府などが吸い上げ運用するのが、スマホアプリに表示される「健康コード」だ。

自治体によって多少の異なりはあるものの、基本的には、個人の移動履歴などをもとに「赤・黄・緑」の三色に色分けする。直近で感染リスクの高い場所(武漢市など)に立ち寄ったり、海外から戻ったりした人を地域により「赤色」などと区分するという。

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雲南省の健康コード
雲南省消防当局のウェイボーより

「ショッピングモールやオフィスビルに入る時などに、自分の色を提示する必要がありました。緑色でないとほとんどのところに入れません。政府が吸い上げたデータを使って色分けしているので、嘘はつけない仕組みになっています」と厳開さんは解説する。

街中の移動もキャッチされる。中国では顔認証機能付きの監視カメラが張り巡らされているほか、タクシー配車アプリからデータを取得すれば、いつ、どこから、どの車両に乗車したかまでが分かるようになっている。

一部の都市の地下鉄では、QRコードをスキャンするシステムも登場した。

例えば、上海市の地下鉄では、乗るときに車内に貼り付けてあるQRコードをスマホで読み取る。こうすれば、自分の乗車履歴や車両の位置などを記録できるのだ。

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上海市の地下鉄に貼られたQRコード
上海地下鉄の公式ウェイボーより

「スマホの位置情報などでは細かいデータは追えないので必要になります。あくまで強制ではなく、私の見る限り上海ではスキャンしている人は半分くらいでした。ただ都市によって危機感は違うと思います。このシステムは中国でも多くの都市で導入されたようです」

そのほか、一部の地域ではAIを活用して自動的に電話をかけ、発熱していないかなどを聞き取るシステムもあったという。

■日本より「安心」

こうした、人々の生活を網羅するシステムは、新型コロナ対策で急遽作られたものではない。元々は共産党が治安維持のために作り上げてきたものだ。

共産党が警戒する人物や団体の動向を把握するのはもちろん、中国で社会問題化されていた、子どもの誘拐事件を解決する用途などにも役立ってきた。

厳開さん自身も「元々は統治のためのデータベースでした。情報の収集、分析、クラウド管理などはそこに由来します」としながらも「政府が(個人情報を)使うことに、違和感は特にありません」と実感を話す。

匠新の田中年一CEOも、新型コロナの感染拡大以降、上海市に滞在する時間が長い。「中国式」の感染経路追跡については「中国は、こうでもしないと中国でいられない部分がある。受け入れるのが当たり前という土壌になっている」と解説する。

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匠新・田中年一CEO(Zoomの取材画面)

その上で自身も「(中国式は)安心です。冗談抜きにです。日本人の駐在員にも、中国にいる方が安心だと話す人もいます」と明かす。

実際に、個人情報を活用することで濃厚接触者を割り出そうとする動きは、中国の外でも広がっている。日本政府は専用のアプリをインストールすると、接触した人を割り出せるようになる技術の導入を検討する。

さらに、GoogleとAppleは周辺のスマホを検知し、同意の上でその情報をクラウドに送信する仕組みを作ろうとしている。中国式と違うのは、あくまで本人の同意を必要とする点だ。

田中さんは「全員の情報が得られればものすごい効果を発揮することは中国で証明されています。ただ同意する人は半分といかないのではないか。その場合、不完全なデータでどの程度効力が得られるかは検証が必要でしょう」と見ている。

田中さんは、新型コロナをきっかけに、個人情報を含むデータ管理のあり方が変わっていく可能性もあると指摘している。

「中国の国民も、政府のやり方には半信半疑なところや反発もありましたが、今回の件で政府のやり方が国民の支持を得た、ということはあったと思います。

他の国でも同じような議論が始まるのではないでしょうか。

国は、武力で備えるだけでなく、情報やデータを統制することが必要だという認識が高まったのではないか。“国を守る”というあり方において、パラダイムシフトが起きる可能性もあると思います」